2007/11/26
種の起源三十八 平成19年11月26日
気が付いたらもう空が明るんできている。今になって思い出した。昨日の朝ファミレスで軽く食べてから、わたしたちは何一つ口に入れていなかったのだ。が、誰一人おなかが空いたとは言わない。食べていないことなど意識になかったのだ。
機械の後ろに付いていた少し大きめの赤いランプが点滅を始め、小さなブザーがなった。腕時計を見ていた松田さんが、低い声でつぶやいた。
「さあ、そろそろですよ」
別に低い声でなくてもいいのだが、どこで何を話してもタックに聞かれるような気がしているのだろう。もちろん、その心配が、こんな山の中の茂みでも、無いとは言い切れないのだ。
周三さんに背中を押されて、わたしたちは機械から離れた。茂みの中に隠された車は、少し離れると全く見えない。
松田さんの言葉から五、六分たった頃、大きな爆発音がして車のあったところから盛大な火花が散り、すぐ燃えさかる炎と、続いて猛烈な煙が立ち上った。間髪を入れず、遠い地面の下で鈍い爆発音が微かに聞こえ、ついで、気のせいか地面が揺れたようだ。
全員、すぐその場を離れた。あっと言う間に警察や消防がくるはずだ。
案の定すぐにたくさんのサイレンの音が近づいてくる。振り向くと、車のあった場所が暗闇の中に真っ赤になって燃えている。むせ返るような煙がわたしたちのところまで漂ってきている。大型の蓄電器,キャパシタが燃えているのだそうだ。
集まってくる野次馬やパトカーに見つからないように、わたしたちは走り続け、そしてかなり離れた閉まっている商店の軒下で立ち止まった。周三さんは盗んだ車の中にあった携帯電話を繋いだヨスケイのパソコンの電源を入れ、これも盗んだパスワードでインターネットに接続した。わたしたちの電話やパスワードが使えないのは分かり切っていたからだ。それから、ポケットから取り出したCDをセットする。
二十分ほどしてCDドライブが停止したのを確かめてから、周三さんはパソコンの電源を切り、そしてきっぱりと言った。
「よし、すぐ東京へ行こう。秋葉原だ」
わたしたちはまた一斉に走りその場を離れた。朝の五時になっていた。
電車の中で、周三さんが詳しい説明をわたしにした。
「君の話がヒントになったんだ。高圧高電流をタックに流し込んでやれば、瞬間的にバックアップ電源も焼け切れたし大型の電池が爆発して、ハードの本体も焼けて粉々になったはずだ。大丈夫、電源回路は松田さんが良く知っているし、絶対にこれで壊れた。
さっき、ネット上に僕のガン細胞を流し込んだ。今頃、もうその効き目が出ているはずだよ。それを確かめに、秋葉原のパソコン屋に行くんだ」
ヨスケイが感極まったような声を上げた。ただし、なにを言ったのかは、翻訳機を通しての機械的な一本調子の言葉を聞くまで分からないが、少なくともヨスケイが感極まったのはその顔から分かる。
「おお、少年。おお、私の神。素晴らしい。真実を述べると私はシューゾーがそのソフトウェアを完成させるのは非常に難しく、ほとんど不可能であると推察していました。なぜならば、タックは非常に複雑かつ膨大な大きさのプログラムなので、それを破壊するプログラムも非常に複雑かつ膨大なプログラムであると確信していましたからです。
シューゾー、どのようにして癌細胞プログラムを完成しましたか」
「ああ、確かに君の言うとおり、最初は絶望的な気持ちだったんだ。一人でやるにはあまりに大きすぎるプログラムだと思っていたからね。
まあ、彼女の為に少し分かりやすく説明するけど、コンピューターのプログラムは結局ぜんぶゼロか一の二進数を単位とした数字で作られている。言い換えれば、電流が流れた状態か流れていない状態かを数字で表したものだ。それ以外はコンピューターは読み込めないからだ。でも、それだと人間が理解するにはあまりに不便でとても複雑なプログラムなんか書けないからね。
昔は、本当にスィッチを入れたり切ったりしながらプログラムを作ってたんだ。その分かり難さを改善して、最初は数字の羅列を英語の略語に置き換えてリストを作るようになった。ニーモニック、マシン語と言われる物だ。
これをプログラム言語と言って、それで、プログラムを見るとプログラムの働きが分かるようになったんだけど、まだまだわかりにくくてより人間の言葉に近いアセンブラなんて方法が出来て、それからベーシック、フォトラン、コボル、Cなんてプログラム言語が出来てきた。
今僕らがプログラムを組むときは、これらのようなより人間の言葉に近くなった物を使うんだけれど、もちろん、コンピューターからすれば無用の長物で、コンピューターが使うのはあくまでオンとオフからなる電気信号でしかない。当然、タックが自己増殖で作るプログラムは人間の分かるプログラム言語なんか使わない。
だから、膨大なタックの本体を見ようとしてもプログラム言語じゃないから内容が分からないし、分からなければそれを壊すガン細胞プログラムも作れるわけがない。
それで、本当は焦燥感で気がくるいそうになってたんだ」
固唾をのんで見守るみんなの前で周三さんは言葉を切り、目の下に隈の出来た憔悴しきってがりがりに痩せた顔をほころばせた。
「その先は?」
松田さんに促されて周三さんはまた口を開く。
「とにかくタックの残骸に残っていたソフトの本体のごく一部だけれど、ダンプリストで出力してみたんだ。あ、ダンプリストというのは、さっき言った二進法の数字を十六進数に変換して四桁ごとに区切って出来たリストのことだ。
そしてそれを眺めていたら、ぼやっと見える物があった。つまり、数百文字が同じ順序で、それがまたいくつは決まった組み合わせで出てくる部分が頻繁にある。しかもその部分はどうも本体に近い部分に固まってあるらしく、あとから付け加えられたソフトにはその組み合わせの一部分が決まった位置に入っている。
これは何度も何度もダンプリストを眺めて漠然と気がついたことなんだ。
それで、検索プログラムを応急に組んで、ソフトの本体を分析した。二十四時間ぶっ続けで四、五日やったところで、きまったパターンで数万文字から数十万文字の繰り返しが決まった法則で出てくることを知った。
僕はこれをソフトの本体の遺伝子じゃないかと思ったんだ。もちろん生物の遺伝子とは似ても似つかない、あくまで概念的な比喩だけれど。
で、僕はその繰り返しに遭ったらそれを一部入れ替えるソフトを作ってみた。それをごく一部抜き出したタックのプログラムに入れてみたんだ。ヨスケイのノートパソコンが役だってくれたよ。
投稿者: takaojisan
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