2007/11/27
種の起源三十九 平成19年11月27日
案の定、その変化したタックのプログラムは一応働くんだけれど、結果が間違って出てきた。僕のプログラムが一度変化したタックのプログラムに出会うと、また少しさっきの繰り返しの部分を変えてしまう。そして、その部分にガン細胞ソフトは自分自身をコピーする。そして、次の部分に会うとまた同じ事をする。
一度変化させられたタックの遺伝子は、またガン細胞に出会うと、その働きはもっと不確実になる。つまり、僕のソフトはガン細胞みたいにタックの遺伝子に出会うと増殖しながらそれをごく一部だけ変化させる。そして、何度でもそれを繰り返すんだ。
最後に、タックの残骸の記憶装置を読み書きできる正常の状態に戻してからガン細胞ソフトを入れてみた。それが昨日の夜だ。今朝、あのマシンに残っていたタックの本体は形ばかりが残っているが、まったく機能していないよ。結局はタックの残骸が僕のガン細胞ソフトを作ってくれたようなものだ」
「だから、いまハードの本体が無くなってしまえば、あとはネット上のソフトの本体をそのソフトで壊してしまえば良いのは分かるんだが、あんな携帯電話から繋いだくらいでそんなに巨大なタックのソフトの本体を壊せるんですか」
と松田さん。
「ガン細胞は増殖するんですよ。タック自身がその能力を使って増殖させるんです。そのために、タックの遺伝子を一部だけ変化させてそれ自身をガン細胞に変えてしまう。最終的に、タックはその結果を確かめに、僕たちはいま秋葉原のパソコンショップに行くんですよ。インターネットに常時つながっているパソコンならあそこにいくらでもあるから、結果が分かる。僕たちが着いた頃にはもう効果が出ているでしょう。完全にタックの機能を破壊するには、そうですねぇ、三日も有れば十分だと思いますよ。それで終わりです。ハードの本体が無い今、タックはネット上から退避できない。タックは、今はウィルスやガン細胞に一番無防備なんです。ネット上にあるというタックの強みが、今は最大の弱点になっている。
普通のウィルスなら、タックはもちろん退けられるだろうけれど、自分の遺伝子から作られたガン細胞なら、受け入れざるを得ない。タックの進化の速さを考えると、そのガン細胞の効き目が現れるのは、あっと言う間だと思いますよ」
いよいよ最期の段階に入った。わたしたちはまたバラバラになった。十時に秋葉原のある大手のパソコンショップで待ち合わせたのだ。わたしは山手線を二周し、通勤ラッシュになってからファミレスに入った。一晩山の中で過ごしているので、あまり人には見せたくない顔だ。トイレでお化粧直しをし、朝食を頼んでみたが、結局はコーヒー以外、喉を通らなかった。
わたしたちが集まったのは大手のパソコンショップで、すでに大勢の人でごった返している。思った通り、パソコン売場ではインターネットの実演をやっており、誰でもがインターネットを体験できるようになっている。そこには松田さんが来ていたが、もちろんわたしを見ても知らん顔をしている。やがて、ヨスケイが来て、わたしに小さくウィンクをしてから、カメラやマイク、スピーカーが全部付いた最新型の機種に目を付けじっと見つめた。そっと肩をつつかれ、振り返ると周三さんが居た。周三さんはそのまま、ヨスケイが見つめている高級機の方へ行く。
わたしはそこにいた店員に話しかけ、インターネットを始めたいのだけれど、初心者向けの一番簡単な機種はないか、と訊いた。自分では意識していなかったつもりだが、もしかしたらわたしのその時の態度には思わせぶりなものがあったかも知れない。その若い店員は心なしか顔を赤らめてわたしを初心者向けの機種の所へ連れていった。その隙を狙い、周三さん達三人はぶらぶらと、目を付けていた高級機の前へ行き、カメラの前に顔をかざし、小さな声で呼びかけている。
「タック、聞こえるんだろう。出て来いよ」
何も起こらなかった。ヨスケイと松田さんが焦ったような顔をして周三さんを見たが、周三さんはまるで何もなかったような顔をして、その高級機種をさも興味がありそうな顔で眺めている。
わたしは周三さんがわたしに小さくうなずいて見せたので、初心者用機種について説明をしている店員を半ば無視して戻ってきた。置いてけぼりを食った店員は呆気にとられたような顔をしていたが、それでも元の場所に帰ってくる。ちょうどその時、そのモニターの画面が変わった。
「そこにいるのは飯田周三さんですね。ミスター・タッケシータと松田朗さんが居る。佐野茂代さんも居ますね」
わたしの相手をしていた店員は、パソコンがいきなり金属をこすり合わせるような声でしゃべり始めたのでびっくりした。彼が急いでモニターをのぞき込むとちょうどもやもやとしたCGのタックの顔が現れ始めたところだった。タックは、一本調子の声で続ける。
「皆さんを捜していました。見つけられなかった。お話ししたいことが有ったのに」
「これ、どうしたんですか。お客さん、なんかしたんですか」
「うん、ちょっと新しいゲームを手に入れたんで試したんだ。すぐ終わるよ」
言いながら周三さんはなお、モニターを見つめている。その真剣な顔を見ながら、さすがに多少怒りを含んだ声で店員が言った。
「困りますよそんなことをされたら。直ぐソフトを取り外して下さい」
「あなたはちょっと離れていて下さい。それと、カメラをふさがないで下さい」
その声が明らかにパソコンから出ていることに気がついて、その店員は飛び退いた。モニター上のタックの顔は少しましになり、陰影のない肌色の塊に少し目鼻のような凹凸が見えるようになってきている。
「暫くだったな、タック。気分はどうだい」
「良いですよ、飯田さん。朝霞のデータバンクを破壊したのはあなたですね。監視カメラであなた方を認めた直後に突然接触が断たれました。どのように破壊したのですか」
「電源に二万ボルトをつないでバックアップシステムごと壊したんだ。多分、密閉された地下室で高熱が発生して、メモリーICも焼けたと思うよ」
「残念です。あのシステムで稼働している設備はまだ一カ所しか有りませんでした。ニューヨークに建設した施設の点検を急がなくてはなりません」
「おい、ニューヨークのバックアップ施設は完成したのか」
問いかけた周三さんの声には、明らかに恐怖が混じっていた。もしもう一つのハードの本体が完成しているとなると、今までの苦労は水の泡になる。
「数時間前に完成し、すでに私自身を収納中です。あと五時間ほどで全ての収納を終わるでしょう。同時に点検作業を進めています。
それが済み次第、一時ネットから遮断いたします」
脇で呆然としてそれを見ていた店員が、おそるおそる周三さんに訊いた。
「この人誰ですか。インターネット電話のソフトをインストールしたんですか」
そんな言葉など、周三さんの耳には入らない。わたしが支えなければその場にくずおれてしまいそうだった。
投稿者: takaojisan
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