2007/12/1
大当たり 平成19年12月01日
「へぇ・・また当たったよ」
飯田周三は汚いアパートの一室で新聞の宝くじ欄を見てつぶやいた。これで三度目なのだ。今回は十万円当たっている。一番最初は百万円当たった。二回目は三万円当たった。そして今回は十万円だ。宝くじを買うたびに必ず当たるのだからたいした物だ。
年末ジャンボやサマージャンボなどでは一等前後賞合わせて三億円になるが、そんな大金が当たる可能性はほとんどない。だが、宝くじを買うたびに必ず数万円から数十万円は当たる。そういう約束なのだから文句も言えないが、元来怠け者の周三のことだ。こんな当たり方ではまどろっこしいとも思う。何度もちまちま当たるのではなく、一回だけ三億当たればそれでよいのだ。周三は決心した。佐野茂代を締め上げ、三億円を当てられるようにするのだ。
そもそも、周三は本人が怠け者だったことによるのだが、生っちろく胴長短足のデブで、みっともない童顔に太い黒ブチのメガネの足が臭いどうにもならない男で、向上心というものがまるっきりなかったのだ。四流大学を中途退学し、そのままずるずるとフリーターになり、もう三十も半ばを過ぎている。もちろんつきあってくれる女もいないし、誰もまともに相手をしない、そんな男で、汚いアパートの一室でくすぶっているだけだった。まだ済む場所があるのはましだが、それもフリーターではいつ仕事を失うか分からない。仕事がなくなれば直ぐにホームレスにもなりかねない境遇だった。
その周三の運命が変わったのは、つい三週間前だ。当時周三はやっとありついたスーパー濡素六で店内清掃をしていた。本格的な清掃は閉店後真夜中に専門業者がやるのだが、それでも開店中、客がゴミを落としたり商品を落としたり勝手に並べ替えたりをするので、清掃にかこつけて店内の巡回をする仕事だ。それともう一つ万引き防止がある。本格的な万引き犯の摘発は専門の警備員が当たるが、飯田の仕事はスーパー濡素六の制服を着て、清掃をしながら客にそれとなく姿を見せることで、出来心や面白半分の万引きを未然に防ぐ効果もあるわけだ。
しかし、その周三がある日、というより三週間前、周三は身なりの貧しい中年の女が人目をうかがうようにきょろきょろしていたのを見つけた。周三はピンと来てその女のソバに行こうとした。主任に言われているのだ。怪しい客を見つけたら、犯行の前に姿を見せ、犯行を未然に防げ、と。周三もそうしようと思ったのだが、気が変わった。その胴長短足どて腹で、タレ目団子鼻鰐口の女が実際にどんなやり方で万引きをするのか見てみたかったのだ。どうせこの店が何を損しても周三に関係があるわけではない。
その女は辺りを見回してからさっと手を伸ばし、大きなスイカを懐に入れた。それから移動して大きな鰤を一匹丸ごと懐に入れた。周三は仰天した。あんな大きな物を手にぶら下げてあるくのも大変なのに懐に入れ、しかも普通にあるいてその女は次々と万引きをしてゆくのだ。電気売り場の電子レンジ、テレビ、用品売り場で厚手のコート、靴売り場でブーツが二足、その女の懐に消えた。
さすがにそれだけの犯行を見逃していたとなれば周三も責任を問われるような気がし、あわててその女を呼び止め、有無を言わさず人気のない階段の踊り場に連れ込んだ。
「おばちゃん、見てたよ。少しなら見逃してやるつもりだったけど、すごいなぁ、あれだけの物、どこに隠したんだい」
「全部、ここにあるわよ。ねえ、飯田さん、あたしを見逃してよ。そうしたらお礼にあることをしてあげるから」
「待て、どうして俺の名前を知っている?」
「あたし、幸運の女神なのよ。だから、普通の人間にはない力を持っているの。大量の品物をポケットに隠すなんてことも出来るのよ」
「幸運の女神がまた何で万引きなんかするんだ」
「不景気でね、あたしもやっと新聞の求人広告で今の仕事にありついたんだけれど、お給料悪いし、つい出来心で」
「幸運の女神がそんな貧乏で苦労してるなんて、知らなかったなぁ」
「その力を自分にはつかえないのが採用の条件だもの。不幸な人に幸運を授けるのがあたしの仕事」
その女が佐野茂代だった。そして茂代が周三にくれたのは、宝くじに必ず当たるという幸運だった。ただし、あまり大きな金額が続けて当たると不自然だし、第一下っ端の幸運の女神である茂代にはそんな力はないと言われたのだ。
最初に百万、次に三万、そして今度は十万。三週間の間にそれだけの金を得たのだから本来文句はないはずだが、周三は不満を持った。茂代がなんと言おうとどんな無理をさせようと、大当たりをさせるのだ。その代わり一回でよいのだ。
周三はそれから街を歩き回り、茂代を捜した。そして一週間ほどして茂代を見つけた。今度は見るからに陰気な中年男と一緒で、それもかなり貧しい身なりをしている。しかし、そんなことはどうでも良い。周三は茂代の側へ寄り、小声でささやいた。
「おばちゃん、こんな雀の涙みたいな金が宝くじで当たっても直ぐに競馬やパチンコですってしまう。何か商売をしたいんで、元手になる金が入れば良いんだ。今度は大当たりをするようにしてくれ。なに、一回だけで良い。毎回の代わりに一回だけなんだ、出来るだろ」
「無理言わないでよ。あたしの権限じゃ、出来ないわよ」
「断るんなら例の万引きの件、みんなにばらすぜ。せっかくありついた仕事も首だぜ」
「じゃあ、俺が当ててやるよ。おれはこいつの亭主、松木和男だ。一世一代の大当たりをお前にくれてやる」
「よし、それでいい。きっとだからな」
周三が隕石に撃たれよろついた所へ動物園から逃げ出してきたサイがぶつかって死んだのがその日の夕方だった。松木和男は疫病神だったのだ。
投稿者: takaojisan
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