2007/12/3
二時間 平成19年12月03日
金貸しの佐野茂代が殺されたとの第一報が濡素六署刑事第一課に入ったのは午後九時丁度だった。直ぐに課員が集められ、課長の飯田周三警部が課員とともに現場に駆けつけたのは第一報から十分後だった。
現場は凄惨の一語に尽きた。このような現場を見慣れているはずの飯田も思わず顔を背けたほどで、若い刑事、竹下陽介などはもう外に走り出てげーげーやっている。何度も何度も刺されたあげくに頭を何かで砕かれ原形をとどめない有様だった。床も壁も血や脳味噌などが飛び散り、無数のゲソ痕が残されている。室内は完全に物色され、おそらく厳禁が持ち去られたようだ。なにしろ、この佐野茂代は銀行を信用せず、大量の現金をタンスに隠していると町内の回覧板に書かれたことがある。
「まあ、この婆さん、かなりあくどいやり方で商売をしていたからなぁ、恨みも買っていたろうよ。怨恨だな、これは」
「でも課長、室内がこれほど物色されているし、これはホシがタンスを開けているところへ婆さんが帰ってきて鉢合わせをして、やられたんじゃないでしょうか。物盗り、つまり居直り強盗だと思います」
巡査長の松田朗が言った。
「どうしてそう言いきれるんだ」
「開けたタンスの引き出しの中にまで血が飛び散ってますよ。婆さんがやられた時は引き出しが開いていたと言うことです」
「なるほど。じゃあ、物盗りで、居直り強盗だな。その腺で捜査を始めよう」
「ホシはどんな奴でしょうねぇ」
「婆さんをこれだけやるんだから残酷な、人殺しを何とも思ってない奴だろうよ」
「いや、むしろとうしろじゃないでしょうか。まず、こんなにゲソ痕を残しているし、方々に血液指紋を付けています。それに、婆さんが帰ってきたからと言って、殺す必要など無いし、ただ脅かして縛り上げるか、ぶん殴って気絶でもさせれば済むことです。第一、帰ってくるまでそれに気が付かないなんて、常習じゃないと思います。とっさに、無我夢中でやってしまったんでしょう。だから、これだけ刺したのに、その上炊飯器で何度も何度もぶん殴って頭を砕いている。こんなことをする暇に逃げれば良いんです。だから、こいつはとうしろで、ただ無我夢中でやっちまったんだと思いますよ。残酷だからじゃないでしょう」
「なるほど、じゃあ、とうしろのタタキだな。その腺で捜査を開始しよう」
「鑑識さんが、指紋やゲソ痕からマエを洗ってくれたか。もう十時になるんだが、竹下、聞いてきてくれ」
「さっき連絡がありました。該当者がないそうです」
「どうしてだ?」
「課長、とうしろだからマエがないんですよ」
「あ、そうだったな。捜査会議をしよう」
事件発生から一時間で捜査会議というのは常道なので、進展が無くともすることに決まっているのだ。
「今回は事件発生後二人目の殺しが無かったが、おかしいと思わないか?」
「課長、とうしろだからそんな殺しをする必要がないと言うことだと思います」
「あ、そうだな。で、とうしろで、ながしだとすると、ホシを絞るのは難しいな。あと一時間でホシをいつものように濡素六岬のがけの上に追いつめなければならないんだが」
「課長、いっそのこと、濡素六岬に土地勘のある奴を洗ってはどうでしょうか。二時間で事件を解決する場合、手段を選んではいられませんよ」
「そうだな、松田君。で、土地勘のある奴で、金に困っていて、茂代婆さんの所に金があることを知っていて、とうしろでマエのない奴で、誰か心当たりはないか」
課員達が方々に聞き込みに行き、松木和男が失業中で金に困っていて、佐野茂代が金貸しであることを知っていて、前科がないことが分かった。それが第一報から一時間半後だった。
「あ、それで決まりだ。直ぐに松木を引っ張ってこい」
「課長、奴は今濡素六岬に向かっています」
「よし、あと三十分ある。直ぐに俺たちも行こう。奴はがけの上で自殺をすることになっているから、それを俺たちが止めるんだ。それで二時間以内に収まる。
いつものように濡素六署刑事部第一課は時間内に事件を解決した。
投稿者: takaojisan
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