今回の国体は、いつもと想い入れが少し違った。
なぜなら、今国体は地元大分で開催され、
さらに今大会は、私を育ててくれた人、
いわゆる私の師と呼ぶ人が指揮をとる。
その人に恩を返せるとしたら、
後にも先にもこのタイミングしかないであろう。
なんとしても、結果を残し、
その結果を師に捧げる、
そんな想いで臨んだ大会だった。
〜以下は、先日行われた国民体育大会山岳競技に故郷大分代表として参加。
そのときの記録である。
三城監督・パートナームラクと相談して決めたことが一つあった。
それは、今国体はリード(ロープクライミング)に絞るということ。
6月に行われたジャパンカップが終わってからはルート(ロープクライミング)中心の
トレーニングに集中した。
7月からは月8程度行っていた岩を月1程度に減らしルートトレーニングに集中した。
その成果もあってか、9月頃には5.12代なら落ちないようになり5.13aも一本onsightすることができた。ボルダーもレスト日に少ししかしてない割に調子は良かった。
持久力が上がっているのであろう。
ただ、問題が一つ。
6月後半からフックのかきこみ強化を意識していたせいで膝を痛めてしまった。
9月の後半はあまりにひどくなり完全に1週間のレストを要された。
とはいえMOVEを選べば全くclimbingには影響しないので、
監督等にはだまって参加することを決めた。
10月2日(木)受付・選手現地入り
宿泊地 久住へ
今回のベースは久住ヒルズホテル
ロケーションは最高です。
夕方時間があったので夕陽を浴びに散歩。
岩と戯れたところで、陽も沈んできたので帰る。
10月3日(金) リード競技
ムラクも私もこの日のために頑張ってきた。
結果は15位。
結果だけを見ればよくやれたと思う。
ただ、私自身の内容といてははあまりよくなかった。
というのも、この15位はほぼパートナーのムラクが引き上げたといっても過言ではない。私自身、2つのmissをしてしまい、中途半端なところでfallしてしまった。
もっといけるという感覚の中で落ちてしまっただけに、
本当に後味が悪かった。
いつもなら結果をうまく吸収し次にいけるのだが、
今回だけは、全身が結果を拒絶しているような感覚に陥った。
この日にすべてかけていただけに。
その夜、本来なら闇の中でもがいていただろうけど、
そんな状況ではないことは、自身が一番わかっていた。
私が打たれれば、周りも崩れる。
私がしっかりせねば。
心は恐ろしいほど冷静で、
『今日のことはすべて終わった時に考えればいい』
そう思えていた。
でも、もしこの大会が個人の戦いだったなら、
私は開き直れてなかっただろう。
寝る前に考えていたのはひとつ。
『 boulderはおれの舞台だ。ひとつでも順位をあげる 』
私ががんばってひとつでも多く完登できれば、順位があがる。
私ががんばらねば、ムラクも出し切れない。
やってやるぞ。
10月4日(土) ボルダー競技
疲労は全くなし。膝も今のとこ無傷。オブザも完璧。
ムラクも、
完登のできそうな1課題目のアテンプトに気をつけると言っていた。
準備は万端。後は何本登れるかだ。
ただ、ひとつ気になるのは、2課題目で問題の膝を使うヒールMOVEが入るというところ。
やってやる。
壁の裏での選手最終待機場所。
周りを無視して、集中に入る。
心配したんだろう、ムラクや監督が話しかけてくれたが、
何を言われたか覚えていない。
集中、
壁と向き合えば自分ひとりでの戦い。
集中、
開始、本当に集中していた。
もうここからは、ひとつひとつ冷静にこなしていくことに集中。
記憶にない。
結果
私 2完登 3アテンプト
ムラク1完登 1アテンプト
私等は21番目の出番であったが、ここまでの暫定順位を聞いて驚いた。
暫定3位。
よくやったなぁ。
あわよくば決勝へ行ける、8位入賞、そんな順位であった。
競技がすべて終わって、最終結果が出る。
結果 9位。
決勝へは行けず。
監督もムラクも私も相当悔しがった。
あとひとつ・・・。
冷静に考えれば、日本のプロ達相手にここまでやったというだけでも上出来なのに。
決勝へ行けるという夢が見れた、それだけでも上出来なのに。
もの凄く悔しかった。
今国体、参加するまでは師への感謝の想いや責任感から、
『大分国体に貢献せねば』
その気持ちが強かったが、終わってみれば全く違う気持ちになっていた。
『 始まりは与えようとしていたのに、
終わりには与えられたことに気づく 』
今国体、参加して良かった
と、心から思う。
知人からの声援、地元の暖かさ、同志の現地での応援、TeamJOYのみんなの気持ち、
同じけが人まどかさんの頑張り、tassyとの国体対策セッション?、NOVUの想い、怪我の処置を真剣に考えてくれたATUのこと、ほんとに書ききれないほど沢山の想いがもの凄い力になった。
みんな本当にありがとう。
この国体できちっと責任果たして、国体から去ろうと考えていた。
でも、終わりには気持ちが変わっていた。
今回はすべてがうまくいき、9位という順位をとることができた。
普通に考えて、
もう2度とこの順位をとることはできないかもしれない。
でも、
だからこそ、知りたくなってしまった。
ムラクとどこまでやれるのかを。
今回、本能が知ってしまったのだろう。
実は可能性もわずかながらあることを。
もう決めました。
今年から来年にかけて、人工壁の調整をすることを。
もう一年、国体に出ることを。
ただし、来年はこれまでとは違う。
一年間調整して挑む。
それで見れたものが、
私にとっての競技climbingのすべてであろう。
何が見れるのだろうか。

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