伊勢崎線・日光線における10両編成運転は、東上線よりも約10年遅く1986(昭和61)年8月26日の杉戸高野台、南栗橋開設におけるダイヤ改正時から開始されました。しかし浅草駅が6両編成(1番線のみ8両編成対応)までしか入れないため南栗橋〜曳舟間の上り準急に限定され、折り返しの下りは回送で運転されていました。このため10連運転区間の準急停車駅では上りホームと下りホームで長さが違うという現象が見られました。
10連運転は、1990(平成2)年に業平橋の旧貨物ヤードにホームを新設して業平橋まで延長され、翌年には伊勢崎線館林からの10連運転も開始されました。また、その頃に半蔵門線を水天宮前から押上方面に延伸して伊勢崎線の準急を10両編成のまま直接都心まで乗り入れるという話が出て、「T型ワンハンドルで統一されている半蔵門線に東武が?」って言ってたことを思いだしました。
しかし、半蔵門線直通計画が具体化し、直通対応車両である30000系のデザインが発表されると「ついに東武もワンハンドルを採用するのか」と思い、実車の登場を心待ちにしていました。
そして、実車を間近で見た時に感じたのは、ワンハンドルだけでなく客室内の全面的な見直しやIGBT−VVVF制御の採用により今までの東武通勤車よりも大幅にレベルアップしていたことで、準急では30000系を狙って乗ることもよくありました。
この電車の特徴の一つとして、6両と4両に分割出来ることと10000系列との連結運転が可能なことが挙げられます。当時の伊勢崎線、日光線の運転形態や全般・重要部検査を担当する西新井工場の検査ピットが8両分までしか対応していなかったという事情もありますが、これまでの地下鉄乗り入れ用とは違って地下鉄乗り入れと東武線内だけの両方に対応出来るという設計は良かったと思います。
しかし、相互直通運転が開始されると常に10連での運転となり、6連や4連で運転することはほとんど無くなってしまったため中間の乗務員室がデッドスペースとなってしまい、乗り入れ先の東急田園都市線内で特に問題となってしまったため、10両固定の50050系を投入して30000系を東武線内用に転用することになりましたが、50050系の新造が10編成でストップしているため30000系も一部が引き続き乗り入れに活躍しています。
半蔵門線直通当初は、乗客の流れを見るためか区間準急と通勤準急でスタートし、主力は区間準急となっていましたが、現在は急行と準急に改められ、主力は急行となっています。10両編成の列車が主力になる時が伊勢崎線でも来ることになるとは全く予想出来ず、今でも驚いています。