通常の編成に黒海沿岸オデッサからの5両を新たに加えたその列車は、通常とほぼ同じ旅程、時間でシベリア鉄道終点にあたるウラジオストック中央駅に到着した。
ただ、戦車大隊を搬送する際にも使われる、大馬力のディーゼル機関車の重連をもう1編成くわえたその列車の姿の異様さは、さすがに馴れた者の眼でも瞠目させずにおかなかった。
そんな新奇な5両の最後尾にあたる瀟洒な作りの客車から降り立った人物に、アレフ=フェドロフは最敬礼をもって挨拶としたものである。
「お出迎えありがとうございます、アレフ=パブロビッチ。貴方のおかげで快適な旅になりました。」
流暢なロシア語が歌うような声音とともに紡ぎ出された。
「お褒めに預かり、光栄至極です。最大限の便宜を図れとのお言いつけを賜っておりましたので。何も道中ご不足がなかったならばと、そればかりを気に病んでおりました。」
アレフは40歳近い、顎鬚の強い顔を長身の背をかがめて伏せて見せた。
「ただ、ルーマニア北部に寄られるとお聞きしたときには、あと少しご到着が先になるかと思っておりまして。その、予定を繰り上げたからというご連絡をロンドンから受けましたときには、多少は驚きました。」
「兄はなかなか私の気ままにはさせようといたしません。今回もその件でご無理を言っていなければいいのですが。」
多少、うんざりした色をにじませながら、声の主、特別車の貴賓は答えた。
「これからの予定ですが、この港町に2日ほど逗留して、それから連絡があり次第、荷物ともども今度は船でヨコハマまで行くつもりでおりますの。これからは、ここにいるシエルたちもおりますので、どうかお気遣いなきように。」
客人たちはウラジオ市内の最近開店したばかりのEU資本のホテルの高級スイートの落ち着くことになっている。アレフたちの仕事もこの時点で宿の外周警護に限定される。そしてその内側を固めるものたちは。
「シエル、もうあの方々にお願いしないと。」
シエルという名の主人より長身なショートにきれいにカットしたブロンドの女性がスーツの胸からセルラーを出し、何言か、短めの言葉を小声で発した。完璧なドイツ語。
風が動いた、とアレフには感じられた。いや、幾星霜をへて身に染み付いたカン。彼と同種の者たちが一斉にその態勢を整えたとき伝わる一種言いようのない感覚。
周りを横目で見渡すと、それぞれ、なんら関係ない群集にまぎれているが、それぞれが持ち場を固めていることがわかる。
「その、驚きました。てっきり英語かと。」
ふふっと形の良い唇から笑みが漏れた。
「ロシア、東欧で一番耳慣れたのが、土地の言葉以上にヘッセンなまりのドイツ語ですのよ。」
もちろん、アレフとその同僚、上司たちが間抜けと言うわけではまんざらなかった。むしろ水準以上だといっていいだろう。
ちょうどその頃、モスクワの旧ジェルジンスキー広場前の古いビルの奥で秘匿回線を通して報告が到着していた。
『黒曜石と装飾一式、太陽を目指す』
と。