「で、そんなこと言いにわざわざオレを連れ出したのか。」
9月とはいえ、まだ残暑も残るというのに、黒のコートを着た男が陰気そうにつぶやいた。
「あ、それはないっしょ。もう特A級のウルトラネタっすよ。こういうのばらすってのは、やっぱりしかるべきシチュっていうかあ、いるじゃないすか。ドド、って衝撃を反響させる舞台っつうか、ドルビーサウンドっつうか。」
言いながら、相手のクリクリ毛の白人女は容器から中華ヌードルをゾゾっと音高らかにすすり上げた。
「あいつら黒曜石と呼ばれてるのか。」
「いや、それが〜、リーダーさんが黒曜石さんで、そのほかは装身具とかアクセサリーとか呼ばれちゃってるんですよお。」
黒の男は少し考え込んだ。
『黒曜石』をはじめて見出し、世に送り出したのは、紛れもなく自分だと確信していた。
あのとき、あの薄暗い地下室で、うつろな眼をして魔法陣を描きつづける「それ」は確かに彼女だった。そして…
「きいてるんすか?きいてますよね?」
「ああ、聞いてる。しかし、なんで東京ブランチにはこんなのしかおらんのかよ。」
ピッと空気が鳴って何かがぴちゃっと顔についた。よく中華ヌードルに入っているナルトとかいうやつだ。
「こっちも評判高いMr.グレイが評判どおりの『カンパニー1』の糞野郎ってことがわかって、大衝撃大感動なんすけど。」
そういいながら女は今度は春巻きを2本器用に箸でつまんで口を開けた放り込んだ。
バリバリムシャムシャ。しかし、黒いグレイはその悠長すぎる時間を断ち切ってしまった。
「もう少し、情報がいるな。少し早めに戻ってとっとと情報の確度を洗え。」
ここの中華は絶品なのに、とか女なめんなとか言いたい放題吐き散らす連絡要員を卓に残し、黒いグレイは静かに宵闇の中に出た。
黒曜石か。ネーミングの冴えは相変わらずだな、女王の靴紐係どもは。
新大陸生まれの黒のグレイにとっては、もっと直裁で旧大陸への悪意もこめて、見たままを正直にコード化して、初対面の直後に報告したものだった。
「魔女」と。
尖り帽子もひん曲がった鼻や尖ったあご、擦り切れた箒も見たわけではない。しかし、あれは魔女、魔法使いとしか他に形容する言葉が見当たらなかった。
まあ、最近は希代のテロリストが南仏のリゾートで美女に囲まれ、悠然とバカラでチップを積み上げたりする時代ではある。
「魔女」。この言葉を男は胸のうちで反芻した。
CIA管理官、グレイ氏に直接指令が局長から下っていた。かつて管理していた「魔女」がこの極東にやってくる。その援護と彼女の真の意図の追跡。あとう限り表の任務を優先して実施せよ。
相変わらず、アイビー出は小難しいレトリックを使いたがる。
表の任務、この国の軍事最高機密を白日にさらしてデータ収集に資すること。できうればそれは実戦場がふさわしい。
そして、それが使われると近い未来に想定される、本物の実戦そのものの阻止、それに伴う危険因子の早急な排除。
相変わらず指示代名詞だらけの文章。
だが、真の危機とは常に内部からやってくることをグレイは経験上から知っている。日本のDOD(防衛省)内部の不穏な状況をいち早く通告してきたのは今も卓せましと並べられた料理にかぶりついているバカ女であった。しかし、あれの脳みそは外見よりははるかに詰まっていることも男は承知している。
そして、われらが自由と正義の騎士団、JCS(統参本部)とDIAは直接行動による排除を要請してきている。
あの女が、また結構な歴史オタであることも彼は知っていた。最近は1945年8月の日本指導部という結構トリッキーな話題に踏み込んでくることが多い。
何かを本能的につかんだようだ。
潮風が頬をなぶった。船は明日の明け方、あの港の水路に姿を現す予定になっていた。魔女の来航、であった。