淡く彩色された大小の泡。
それが尽きずに生まれ、舞い、そしていずこかへ消えていく。
『やっぱり退屈。』
ミヅクの遺族中もっとも好奇心と貪欲さをもつ情報思念体は、仮想現実ながらもため息をついた。
今イメージングしている自が姿は、このところ比較的気に入っている、12歳前後の少女の姿。セミロングの髪が柔らかにたなびいている。
『にいさま、あんなこと言ってたけど、やっぱり、病院で半脳死の人の意識とかじゃ少し物足りないのよね。』
情報思念体は一定の周期で人の思念や、その他の情報を取り込まないと生存できない。かつてのカガリのように見さかい無しに、老若男女を食いまくるということは危険性が増した。人間のほうが追いついてきたのである。つまり、かつては狐憑きなどのことばで曖昧に定義され、その手も足も出ないことの言い訳にされていた、多くの現象が、ごく普通の技術的処置の対象になった。
精神疾患の検診治療技術の進歩により、例えば、統合失調、鬱などがかなりの確率で治癒する現在、実はそういった真性の疾患の陰に隠れた、彼ら情報思念体の脳内への介入、「喰らう」と称しているデータの乗っ取りも非常に危険を伴うようになった。ある種の薬剤投与などをされようものなら、患者脳内に潜入した彼らが閉じ込められ、粉砕される危険があったのだ。結果、今、カガリがやっているように、もはや治癒の難しい、言ってみればそんなに医者も手間をかける心配のない、例えば外傷による脳死患者等に脳内に入り込んで細々と露命をつなぐ羽目になった。
今、カガリがイメージングしている少女の姿かたちは、最近よくもぐりこむ、事故で一年近く植物状態にある少女のものだ。父親が裕福なおかげで、今でも個室に1人横臥している彼女にもぐりこむにあたり、カガリは珍しいことをした。
彼女のまだ稼動している意識にまず話しかけ、承諾を求めたのだ。
「あ、驚かなくてもいいのよ、ってか、やっぱり驚くよね、ごめんなさい。」
そんな語り口ではじめた説得に最初警戒と拒否の色をあらわにした彼女は、しかし、やがて自分から応じた。言われたことが正しくて、どうせこれから覚醒することが不可能なら、あなたと一緒になって永遠に近い生を生き、他の人の思念と触れ合うのも悪くない。
今、彼女は大病院の高価な、しかし、機能美以外はほとんど捨象された個室に、生命維持のためのたくさんの配線やチューブに絡め取られながら、しかし、生物としては生かされている。物足りないとは言いながら、カガリの中で彼女を「喰らう」ことへの多少に躊躇がある。しかし、それももうそれほど先延ばしは利きそうにない。
『らしくないわ。』
突然、哄笑が響いた。鈴が転がるような笑い声。
『あ、あなたは。』
『こんにちは、良いお日和ね、姉様。お久しぶり、と言うところかしらね。』
カガリの周囲の泡が一気にふくらみ、色彩が飛ぶ。
『帰ってきてたの。兄様には挨拶したの?してないでしょ、その調子じゃ。』
『あとでじっくりご挨拶に伺えますわ。あなたの大好きな石頭さんにもね。』
無数の泡影の中で暗系のドレスとマントをまとった15歳くらいの銀髪の少女の姿が半ばぼやけながら見えていた。陶器のように透き通った肌。しかし、その眼は人のものとは思えぬ紅玉色がくらく光っている。
カガリはますます硬くなりながら、聞いた。
『400年近く、いなくなってて、今頃どうしたのよ。』
『あらあら、一番仲むつまじかった妹との感激の再会というところよ。すこしは涙もあるくらいでしょうに。本当に貴女は昔から空気の読めない方。』
少し嘲笑のこもった声。
『宝物、お預かりに伺いました。』
『宝?』
『とぼけてもダメよ。私たち情報思念体の長年の夢、あらゆる情報思念の流れを見通せる魔眼の持ち主とそれをより高度に活性化する触媒。この国にまだいて、そばにいるんでしょ?あなたたちが。』
『あの二人…!』
『本来人が言う形を持たず、情報の網の中を遊泳しながら生きていかなければならない私たち。いま、どこにいるか、これからどうなるのか、それすら擦り切れた地図で山中を旅する人間たちのように定かでない私たち。いま、自分がいる世界を空を舞う鳥のような目で見下ろせたら、さぞいいでしょうね。愉快でしょうね。爽快でしょうね。』
『私は…』
『あらあら、兄様や石頭次兄といっしょにあの血筋を見守りながら、姉様がご存知ないわけないわ。知ってるのよ、隙あらばどちらか、できれば両方『喰らおう』となさってたこと。』
『お前…!』
『ふふ、今日はいいお話をお持ちしたのよ。どうかしら?私たち共同で2人を私のところにお迎えするというのは?どうせ、兄様は、あの魔眼を使う気もなさそうですし、石頭さんは触媒さんに入れ込みっぱなしで他に活用する融通もきかなそうだし。そうすれば世界も二人の思うにまま、というのも夢でなくてよ。』
『むかつくのよ。』『え?』
『むかつくのよ。いきなり現れて人の縄張りでそこに生えたものは自分のものっていうような奴って。取りたかったら頭を下げるか、実力で奪ってごらんよ。』
『決裂ですか、かくもあっさりと。』
カガリはその言葉の終わらぬうちから空間一杯に鋼色や蒼い氷のような大小無数の泡を展開していた。それを一つの塊にして、妹に向かって突進させた。飛散する泡。しかし、そこに少女の姿はなかった。
『昔から模擬戦やゲームでは一勝一敗って感じだったわね。でも今日は貴女の負けが一つ増えるわね。永遠に。』
空間中の泡という泡が砕けた、のみならず、それらが一斉に発火し紅蓮の炎と化していく。
カガリの絶叫がすべてを満たす。