今年のエトはネズミである。エトを漢字で書くと干支である。十二支ではない。
でも十二支をエトと読んでいる人は少なくない。エトをあえて漢字で書けば「兄弟」、つまり兄(え)、弟(と)である。
十二支と並んでよく使われるのが十干である。エトとは、この十干のことである。十干とは「甲乙丙丁庚辛壬癸戊己」で、読みは「きのえ・きのと、ひのえ・ひのと、かのえ・かのと、みずのえ・みずのと、つちのえ・つちのと」となる。お気づきかと思いますが、これは木・火・金・水・土の五行である。
十二支は方位に当てられるが、五行・十干も方位に当てられる。五行は木は東、火は南、金は西、水は北、土は中央という具合だ。
なので、大雑把に十干の方位を言えば、きのえ(甲)・きのと(乙)=木=卯=東の方、ひのえ(丙)・ひのと(丁)=火=午=南の方、かのえ(庚)・かのと(辛)=金=酉=西の方、みずのえ(壬)・みずのと(癸)=水=子=北の方、つちのえ(戊)・つちのと(己)=土=中央ということになる。厳密に言えば、十二支は方位を十二に分けるので、それぞれ三十度。十干・十二支を組み合わせると、24方位となり、木の方位は卯を中心にその両脇に甲・乙がそれぞれ配されることになる。
さて、十二支だが、これはもともと現在のような数の概念のないころ、ものを数えるのに使われた言葉である。数の概念がないといっても、複数のものが存在するわけだから、どうしても数えようとする。それが子・丑・寅・卯・辰・巳…と数えていたわけだ。辰といえば、今で言えば五というように、当時はすぐに理解したんだろう。
これが、西洋でも一ダーズが12という具合に12進法だったことが興味深い。
10進法は、インドで生まれた空の概念から、空=無となり、無=0ということで、セロの概念が出来たことから始まっている。
十二支は、現代のように教育の発達した時代ならいざしらず教育のない時代、この子(し)・丑(ちゅう)、寅…というのは覚えにくかったらしく、かわって身近な動物をあてて使われるようになったのが、日本でも使う、子・ねずみ=ね、丑・牛=うし、寅・虎=とら、卯・兎=う、辰・龍=たつ…となった次第。
でも不思議なことがある。身近な動物をあてたといっても、想像上の動物である龍が入っていることである。もひとつは猫がなぜ入ってないのか、なのである。これは今でもはっきりしない。
思うに、龍は想像上とはいえ、それだけ身近に感じられた存在だったのだろうか、と。
猫はすでに中国でも8000年前には居たというから身近であろうと思うけど、気まぐれさ、不気味さなどから敬遠されたのだろうか。でも虎のほうが怖い気もするのだが。
ところで、十二支と動物は覚えやすさのために使われたものであって、子にはねずみの意味はなく、丑には牛の。寅には虎、卯には兎…の意味はない。ところが占いでは動物がつかわれている。ねずみは、十干十二支の60干支では、甲子・丙子・戊子・庚子・壬子の五つがあり、それぞれ異なるねずみで、今年の戊子はカヤネズミだそうだ。
占いで方位を見る場合、きちっと磁石で見よ、といわれている。磁石の始まりは中国だが、今の磁石に整ったのは13、4世紀ころ。中国では紀元前3世紀ころにはじしゃくのもとになるものはあったらしい。でも十二支方位はそれ以前からあった。その時、基準となったのが北極星である。北極星を北辰というが、北辰の「辰」には基準といった意味がある。
最後に十干と十二支の組み合わせ。10と12なのだから120年ではなく、どうして60年なのだ、と最初は単純に思ったときがあった。そう思っている人は少なくないのでは。
でも良く考えてみれば、すぐに理解できる。陰陽道では陰陽で説明するが、ここでは分かりやすく、奇数・偶数でいうと、10という偶数と12という偶数の組み合せでは、常に偶数となり、奇数が存在しないということである。なので60なのである。

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