みなさま、こんばんわ(^o^)丿
桜咲く、春の4月になりましたね。
今日は4月10日の日曜日ですが、出社しておりました(^_^;)
本日は、なんとなく、残念・・・、という気持ちで過ごしておりました(-_-;)
それは、おそらく満開の桜を青空の下で、じっくりと見たかったなぁ、という思いからであります。
明日以降は全国的にも雨模様で風も吹くようで、おそらく桜の花も散ってしまうことでしょう(-_-)
昨日も出社でありましたが、たしか新宿御苑では総理を囲んで、満開の桜を見る会、があったそうな(-_-;)
ついつい僕も新宿御苑の花々を見たいと思いまして、先週の日曜日に家内と御苑に行きましたが、白目連が綺麗でしたが、まだまだ桜はつぼみのままでしたね(-_-;)
今朝は、しかたがないので、自宅の庭に咲いております我家の、満開の桜を眺め、デジタルカメラに収めました(^^ゞ
http://ym212152646.fc2web.com/sakura2005.html
味もそっけも無い我家の桜のお写真ですが、僕の今年のお花見です。
さて、先日、『父帰る』というDVDを観ました。
http://www.pauline.or.jp/osusume/osusume178.html
こちらのサイトはシスターの方たちがお勧め映画を解説されているもので僕もたまに見させてもらっています(^_^;)
そんなこともあり、新作レンタルが出ておりましたので借りました。
この映画に出ている、父と息子たちのドラマは観ていて、僕はあまりにも可哀想でなりませんでした。
ある意味で、辛い人生の、ひとつのある姿を、父は死に至る自らの行為を通じて、二人の息子たちに見せたのだ、と言えるかもしれません。
しかし、12年ものながきにわたって幼子をふくめ、家族を捨て、このお父さんはいったい何をどう生きてきたのでしょうか。
謎に満ちた父の人生を示唆する出来事はわずかしかありませんが、その内面の「精神性の貧しさ」は、家族や子供たちに対する深い思いやりのある行為からはかけ離れたものとなって、結果的に、子どもたちの苦悩を広げていきます。
しかしまた、息子たちは、父という存在を本当は待ち望んでいたはずなのですね。
そして、人生は、さらなる悲劇を作らずに父は子供たちと別離を迎え、湖に沈んでいくのです。
さて、ちょっぴり話題が重くなりましたが(^_^;)・・・・・
先日観た映画の中に『僕はラジオ』という秀作がありました。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=320595
http://www.coda21.net/eiga3mai/text_review/RADIO.htm
こちらのお父さんは・・・大変、立派なお父さんのコーチのお話です(^o^)丿
高校のアメ・フトのコーチを務めるジョーンズ(エド・ハリス)と、"ラジオ"という名前をつけた知的障害のある黒人青年との心暖まる信頼感の育みを通じて、高校生・学校・父兄、そして町の人々までもがこぞって黒人青年を支持し、ながきにわたって、"ラジオ"もその高校の特別コーチとしてがんばることができた、実話なのでありました。
コーチがなぜラジオとの心の交流ができたのか、これは僕たちの、生きる課題です。
僕たちの本音を、あらためて磨きなおさねばならないなぁ、と感じさせて頂いた映画といえます。
コーチが途中でも科白で言っておりますが、僕はラジオに教えているのではなく、ラジオに教わっているんだ(生き方を)、というコーチの言葉が大変印象的でした(^o^)丿