2018/5/28

なんだってよいの手引き  

自身の運動選手時代と
勇次郎と
彼のするサッカーという競技を通して感じることのひとつに
育成というものを大切にしているな
ということがある。

成長過程全般において
レベルや
いろんなカテゴリーに応じて
練習方法や試合経験
こまかく配慮されているな
ということが感心したのひとつだ。

とてもいいと思う。

おれは別段勇次郎がプロへいこうが
サッカーを辞めて突如
"おれちょっくらセカイのはてを眺めてくる"とのたまわって旅へでてしまおうが
まったく構わない。
自立したオトコとなってくれれば
なにをしているか、や
なにをなしとげたか、というところへは
ぽとんど頓着していない。

このサッカーを通してなにかを学ぶという
ニンゲン的姿勢が大事で
尊いとおもうのだ。

中学時代のクラブ
そしてこれから世話となる高校の監督も
その点ではかんがえが同じなのも
よかったと思っている。

話はすこしそれるけど
この春からの高校では
入学直後から
各人のレベルや組織プレーもこれからという状態で新人関東リーグに放り込まれ
チーム内外のツワモノらに
もみくちゃにされているようだ。

とてもよいと思う。
勝ち負けより
早めに交流させて、発奮やたがいの刺激を感じる場にすればいいのだとおもう。


そういえば
日大関学アメフト試合での悪質タックルが
連日のとりだたされているけれど
よくわからないけど、
"その大学のそのアメフト部" という狭いセカイでの
覇権や優劣が優先されてしまっていて、
この時代だけ勝てばいいとか
この瞬間だけ勝てばなんでもいいとか
そんなフンイキで
アメフトのタカラをみなで育てようぜといった育成のかんがえかたというものが
はたしてあんのか、
金や権力したアタマの固いジジイらの
執着にまきこまれて青少年がおかしなプレーしたり、ケガしたりとと、気持ちの底がぐったりする、やもすればおそろしげなハナシだなとおもう。


ダーティプレーも多少はありだともおもうけとさ
勝利へのおもいも一歩まちがうと
スポーツでなく
イかれたニンゲンのイかれた所業というか
なんだかな、としかおもえないのだ。
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