2018/7/17

父おもう故からあげ食う  

七月。
海の日の連休。

仕事がどうしてもぬけられないおれをのこし、
妻は勇次郎の試合へと
栃木へ出かけていった。

関東
一年生の公式リーグ戦。

このゲーム。勇次郎は
ベンチ登録からもはずれたようだった。

ひと月ほど前までは
一軍先発としてトレーニングを
こなしていたようだが、
このときは、二軍までおちていた。


「今回は、メンバーから外れたとおもう」

試合数日前。
勇次郎にしては
いつになく気弱な連絡だった。


「それでも出れなくても、夜ごはんいっしょできるだけでも嬉しいから」
そう妻は返事をし、
出かけていったのだった。



その日、
ベンチ外とはいえ、副キャプテンでもある勇次郎は、大会本部の手伝いにも忙しかったようで、
練習しているところ、応援しているところどこか、
「テントのなかで、まったく姿すら見ることができなかった」

と仙台へかえってきた妻はいった。



勇次郎や、
その周辺でおきているいろいろなことが、
なんとも気になっていたおれは、
「でもめしは食ったんだろ?
やつはどうだった?」
すこし前のめりに彼女にたずねた。


妻はすこし黙り込んでから
「…がんばってた」
とすこし しんみりと、言葉を選んで、そう答えた。


そして、
「なんかさ、今回は、勇次郎みてたら涙でそうになった。こんなのはじめてだ」
そんなふうにつづけた。


試合後は、
寮から抜けることのできる
わすかな自由時間で
晩めしを食いにいったらしい。


そこでの勇次郎は、あくまで気丈に、
あかるくふるまっていたようだ。
だからこそ、もどかしく
みている妻のほうが、
せつなくなってしまったらしい。



屈辱や敗北は、そこら中にたくさんころがっている。
そこから挑むこと。
挑みつづけること。
挑みつづけることに屈しないこと。


いまやつは、
かけがえのない体験をしている最中だ。
学んでほしい。
切に願う。


妻から送られてきた
その晩の勇次郎の写真。
その表情にひとつのあらわれを感じることができた。

清濁あわせのんだような。
すこしだけ大人にみえる勇次郎。


そして、
見守ることとは、
勇次郎の不安や弱さも抱えて、
だまってビールもしくはハイボールを、
のみほすことなのだろうか。


からあげなどとともに。

父おもう。










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