2019/7/11

初心者のための、、  音楽

お店のHP→ http://veganheavenhell.com/
にメールでのお問い合わせのフォームがあるのですが、
日々、色んなメールがきます。

先日は、
「お店(カフェ)の旗の位置が歩道にあるのはおかしい!
非常識すぎない?」

ああ、怒られちゃったわ。(しゅん。。)
ちゃんと直しましたよ。
すみませんでした。( ; ; )


先週はこんな依頼がきました。
「ドラム初心者のための記事を書いて頂きたい。」

こーゆーのは大歓迎。
書きました。
是非。

https://otomag.net/c/eobofcsv


3

2019/5/23

弥吉淳二 バースデイライブ。  音楽

クリックすると元のサイズで表示します


5月17日、昨年1月に亡くなった弥吉淳二のバースデイライブをやりに、その3日前からリハを兼ねて東京へ。
下北沢CLUB251にて、生前に奴に関わった人たちで誕生日を盛大に祝いました。
会場は満杯、チケットはソールドアウトでした。

出演バンドは、弥吉の後輩や奴がプロデュースしたバンドだったり飲み友達だったり。
自分が参加したStereo Criminalsは唯一、弥吉自身がやってたバンドとして出演。

と言っても、、ギターである本人は居ないので、
奴を慕っている『Wash?』というバンドのギタリスト奥村大くんを迎えてのライブ。
リハの時に初対面だったが意気投合し、俺はドラムを辞めて2年半ものブランクがあったにもかかわらず、
何も無かったかのようなグルーヴ感、バンドアンサンブル。
ベースの本田聡とは藤重政孝のツアー以来、20年振りだった。
やっぱり音楽はいい。楽し過ぎたよぉ〜。

しかし、みんなに愛されてたねー、奴は。
死んでもなお、本当に幸せな男だよ。



クリックすると元のサイズで表示します
おぉ、俺まだ叩けたよ!リハからもうすでに楽しい。
(photo by.星野聖子)

クリックすると元のサイズで表示します
左から..奥村大(Gt)まんじゅう(当時からのMg)まっちゃん(Vo)本田聡(Ba)おいら(Dr)。
(photo by.星野聖子)

クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
(photo by.o-mi)
クリックすると元のサイズで表示します
楽屋にて。(photo by.星野聖子)

クリックすると元のサイズで表示します
昔の話ばっかし!俺が裸族だった時の話ばっかし!
4
タグ: 弥吉淳二 Stereo

2019/5/7

弥吉淳二 追悼ライブ。  音楽

来週から、奴の追悼ライブの為、東京へ。
もう2年半の間ドラムを叩いていないので、少し前からお店にドラムセットを置き、
営業が終わってから練習してます。

前のようにうまく叩けないよ。
頭の中のドラムの感覚はそのままだが、それを叩く為の筋肉が、、全然無い。
鍛えるのは難しいのに、衰えるのはあっという間なんだね。
改めて聞き直してみると、あいつのギターって、、ものすごいな。
弱冠26歳。俺でさえ、まだ30だったんだね。
曲を復習してたら、あの時のエピソードやなんかを思い出してしまい、
あの、人懐っこい声が今でも耳に残ってて、あいつがもうこの世に居ないとは思えない。


Stereo Criminalsというバンド。95年にロンドンで1stアルバムを録った。
プロデュースは元ブームタウンラッツのジョニーフィンガーズ。2ndは東京で録ったが、
どちらの作品も自分のやった仕事の中で色濃く思い出に残っている。
今度は弥吉のギター抜きであの曲をやるのかぁ。

現在、カフェのマスター。 http://veganheavenhell.com/
皆に迷惑を掛けぬよう、頑張ります。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
3

2019/2/3

5月に。  音楽

昨日、情報が解禁になったのでお知らせを。

昨年亡くなったギタリスト、
弥吉淳二の追悼ライブを5月にやることになりました、。

僕はロンドンレコーディングの1st.から音源の全てに参加させて貰っている
Stereo Criminalsで、2年8ヶ月振りにドラム叩きます。

【We love YAYOSHI〜Forever Young〜】
●2019/5/17(金)下北沢CLUB251
OPEN 18:00 START 18:00
前売\3,000/当日\3,500 (共にD代\500別)

チケット一般発売2/23(土)
251店頭、ローソンチケット、イープラス
入場順:251店頭→プレイガイド
(問)CLUB251
03-5481-4141

出演:
○The SOS
○グン(Vo,Gグン Ba岩井英吉 Dr三原重夫)
○SO YOUNG(Vo高畠俊太郎 Ba上田健司 Dr高橋浩司)
○Stereo Criminals(Vo:松本邦彦/Gt:奥村大/Ba:本田聡/Dr:久嶋善朗)
○a flood of circle
○wash?
○古明地洋哉
他。
クリックすると元のサイズで表示します
6

2018/7/11

ラジオに出ますよ。  

あさって(7/13)
地元石川県のMROラジオ(AM局)の『おいね☆どいね』という番組で、
うちのカフェ→http://veganheavenhell.com/ が取材されます。

14時過ぎ〜生中継です。石川の方は是非。

その他の地域の方でも、今やスマホのアプリ『rajiko』で全国の放送局が聞けるので、
「エリアフリー」で『北陸•甲信越』を選んで、「タイムフリー」を選べば、
放送日から一週間以内ならば聞けるみたいです。

番組の冒頭でドラムを叩いてくれと言われ。。
少しだけ、久しぶりに叩こうかなと。

これ、どーゆー番組かは聞いたことがないので分からないんですが。
インタビューされるようです。


番組タイトルの「おいね.どいね」は、石川弁で、
「おいね」→「そうだよ」とか「そのとおり」
「どいね」→「どーゆーこと?」「なんだよ!それ!」
みたいな意味合いです。

こんな言葉はかれこれ32年ぐらい使ってなかったので、忘れてた。
東京は32年住み、この石川に住んでるのは今年22年目です。(20歳で東京行ったから)

来週は母校の中学で、2年生の道徳の授業に特別講師でお話させて頂く事になりました。
7年間、音楽学校の講師をやってたから、まぁ何とかなるでしょう、、か??



7

2018/5/18

書かずにはいられない。  音楽

昨日、大好きな西城秀樹さんが亡くなりました。
その壮絶な生き様に、自分の中の昭和の歌謡界のひとつの終焉を感じました。

あの、『絶唱』という歌い方を、幼い自分の心の中に焼き付けた秀樹さん。
あんな歌手はもう二度と出てこないと思います。

自分は、おこがましいながらも東京でテレビの歌番組に何度も出させて頂き、
松田聖子さんやチェッカーズやクリスタルキング、さだまさしさんや松坂慶子さん。

たくさんの昭和の歌手の方々と共演させて頂いたけれど、、
とうとう、西城秀樹さんにはお会い出来なかった。


小学校の頃、、
『傷だらけのローラ』を聴いて、子供心に「なんてすごい歌なんだ!」
俺はもう死ぬかもしれない。こんな世界観を知ってしまったら、
死んでしまっても仕方ないと思わせるその歌唱は、自分の中の刹那を呼び起こし、
それ以来、秀樹さんの歌うあの世界観が、たまらなく大好きでした。

悲しいです、、とてつもなく。



最近、中学の同級生がよくお店に来てくれます。
有り難いです。

一番不良だった川村ノブという男が(3日に一度来る!)
お店にレコードプレーヤー(アナログの)をプレゼントしてくれました。


今日は丸1日、秀樹へヴィーローテーションでした!


クリックすると元のサイズで表示します
9

2018/4/27

お店の記事が、、  ニュース

YAHOO!ニュースでも掲載されました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180424-00595942-hokkoku-l17



ビックリだなぁ。。 
有り難いです。


コレにおごらず、もっと頑張ります!
11

2018/4/3

春。  ニュース

先日、もうだいぶ経ってしまいましたが、
弥吉のお別れ会の為に、青山葬儀場へ。
一年半振りに東京に行きました。

奴は本当にたくさんの人に慕われてたんだね。
吉川晃司さんや、元EXILEの清木場俊介さん、奴の後輩たちの送辞の言葉。
会場には2000人以上の方々が参列されていました。

懐かしい面々と再開し、久しぶりにaikoさんとも話しました。


夏か秋ぐらいかもしれませんが、
下北沢で弥吉くんの追悼ライブをやることになりそうです。
ステレオクリミナルズの再結成です。
もう1年半ぐらいドラム叩いてないので、ちょっと馴らしておかないとです。


新作の春メニューが、続々と出来てきました。(もう今の仕事の話です)
日々、メニュー作りに格闘中です。

http://veganheavenhell.com/

9

2018/2/1

哀悼の意を込めて。親愛なる友へ。  

先日、良き友でもあり、同じ時間を過ごした大好きなギタリスト
弥吉淳二が他界してしまいました。

いまだ気持ちの整理がついていません。ふわふわして何にも手につかない状態です。
だからこれを書くのは、今というタイミングなのかどうかも分からないです。

明日になれば、また色んな事を思い出して、気持ちが移ろいでしまい、
たくさん考えてしまったら書けなくなるかも知れないと思い、
出来るかどうかわからないけど、今思う事をつれづれに書き綴ってみようと思いました。



俺が奴に初めて会ったのは30歳の時。方南町にあるスタジオ『タッツ』でした。
のちに加入する事になる、COBRAのボーカルのヨースコーがソロアルバムを出す事になり、
その為のオーディションでした。
ドラマーとして採用されれば、ロンドンレコーディングが待っている。

奴の第一印象は『人懐っこい男だなぁ』と思った。

ヨースコーは事務所の先輩で面識はあったが、初対面の弥吉とは1曲セッションをしただけで意気投合。
あいつはすかさず俺に「音デカいすねぇ!宜しくお願いします!」といい、
「もう俺、決定すか?」と、面食らった記憶がある。

その日をきっかけに、奴とはそれから色んなアーティストのライブやレコーディングの仕事をやった。
あいつは俺の中で、一番多く一緒に仕事をしたギタリストだった。


ロンドンでの生活は、自分の人生の中でかけがえの無い宝物です。
それはきっと、そこに奴が居た事、奴が居たからこその大事な思い出、経験だったと思います。
95年のことです。

翌年96年も2ndアルバムを録る為に渡英。
その時はあいつがやってたバンド「ステレオクリミナルズ」の1stアルバムのレコーディングも兼ねてだったので、
長期滞在の為にホテル住まいから引っ越しをし、ワーウィックアベニューという地区に家を借り、
しばらくメンバー全員で共同生活をしました。


ステレオクリミナルズの「プリプロ」というレコーディング本番前のアレンジを煮詰めるための作業を、
ロンドン在住のドラマー/プログラマーの屋敷豪太さんのスタジオでやった時の事。
プロデューサーのジョニーに紹介され、スタジオの食堂で、
あのポールウエラー(JAM/スタイルカウンシル)と、弥吉と俺とヨースコーの4人で
同じテーブルでチキンカレーを食べた事が、今思えばとんでもなく素敵な経験です。



アビーロードを見つけた話。
ある日、住んでた家の近くを弥吉と二人で散歩していたら、突然見たことのある風景が。

それは、ビートルズのアルバムジャケットにある、「アビーロード」でした。
まさか、自分たちがその近所に住んでたとはつゆ知らず。。
あの横断歩道をお互いに渡ってビデオカメラを回した(今コレを書きながらその時のビデオを見てる)


弥吉くんとはたくさんレコーディングしました。一緒にたくさんライブしました。
大阪パフォーマンスドールのあっくん(中村亜紀ちゃん)のライブの時は、
打ち上げになるとよく、あっくんと奴が「プラモデル」というお笑いコンビを組んで
即興で漫才をやってた。打ち合わせなしで阿吽の呼吸で。


あれは、もう見れないんだね。




彼女も亡くなってしまった人だけど、川村かおりちゃんのライブも一緒にやった。
藤重政孝のツアーでは北海道から九州まで全国を回った。

伊豆のキティスタジオでの合宿レコーディングの時は、
何十年に一度のしし座流星群を一緒に見た。流れ星が百個ぐらい動いてた。


奴はいつもひょうひょうとして、いつも笑ってたよ。悩んでる姿を見た事がない。
たかが音楽なんかに、真面目に取り組んでるつまんない俺に対して、
「うん!それで行きましょう!」って。

自分の音楽観や人生を、年上の俺に教えてくれた。
面白おかしく生きた男だった。



切ないよ。
身近な人間の死というものに慣れてない俺だから。
未だに現実を受け入れられないままでいます。


俺は奴の事をギタリストだと思ってるけど、俺にはよくわからんが、
あいつはプロデューサーとしてはどうなんだ?
「奴の弾くギターは最高だったけどね。」としか言えない。

アーティストのプロデュースもたくさんやってる。
或る日、奴が「ライフ レコーダーズ」というバンドのプロデュースをやった時、
「よしろーさん、1曲叩いて貰えないすか?」と言われ、今はなき、一口坂スタジオに呼ばれ、
「ツェッペリンのボンゾみたく、ドッカンドッカンやって下さいね」と。
俺はドラムのヘッド(皮)を全部ラディックのシルバードットに張り替えて本気で挑んだ事がある。

でも少しやり過ぎてしまい、「なんか、はみ出しちゃったかな」と思ったが、
「いや、それでいいんです。」


その曲は、イルカさんの「なごり雪」のカヴァーでした。


最後に一緒だったのは、レピッシュのマグミ、アンジーの岡やんとやった、
マグミ&モスキートでした。
昭和の歌謡曲を、クラッシュやビースティボーイズみたいなアレンジをしたバンド。

その後、とある事情でしばらく疎遠になってしまい、
去年の12月14日に、「元気か?」とメールをしたところ(何か虫の知らせだったのかな)
すぐ返事が帰ってきた。




最後のメールはこんなだったよ。

『大変ご無沙汰しています。アドレスは変わっていません、メールくださり、ありがとうございます。
カフェ!オープン!おめでとうございます!
第二の人生ですね、とても嬉しく思っています。

ずっとずっと、ヨシローさんの事、気にしていました…。
俺の人生において、ヨシローさんはとても大きく、かけがえのない人物です、
今の俺があるのもヨシローさんのおかげだと思っています。
またこうしてメールをいただけた事、心より感謝します。

(中略。)

どうかまた、昔のような御縁に戻れればと願います。
メール、ありがとうこざいます。

嬉しいです。感謝、感謝です。
人生、本当に色々ですね。

(中略。)

HP、拝見しました、素敵なお店ですね!
是非、伺いまたお会いできる日を楽しみにしています。
どうか、お身体にはくれぐれも気をつけて、頑張ってくださいね!』



馬鹿野郎〜!もう会えないじゃねえか!!

たぶんもう、死ぬことをわかってたんだろ。
奴はどんな気分で、どんな体の状態でこんなメールをくれたんだろう。
もう居ないのに、このメールだけが、今ここに残ってる。

ホントに可愛げがあって憎めない、優しい男だった。
「タバコをやめようと思ったことは一度もない」と豪語してた。
「せっかく生きてるんだから思ったことは全部やらな。いいも悪いもないやろ。」
と言ってた。




弥吉くん、人は死んだらどうなるの?
その答えは、自分が死ぬことでしか、分かり得ないけど。
今、俺は奴に一番聞きたい。

あいつは、俺らが知らない事を、
死んだら、、そしたらどうなるのかを、もう分かったんだなぁと思って。



最後に。
彼の名誉の為に。

ネットやなんかでは「椎名林檎の元旦那が」とか、ゴシップよろしく
色んな奴がくだらない誹謗中傷を書いてるが。
あいつは、あんたらが勝手に思ってるような奴じゃないからね。


クリックすると元のサイズで表示します

ロンドンの「パワーハウススタジオ」にて。
安らかに...なんてまだ言えないわ。きっとまた会えるよ。
45

2017/11/12

vegan cafe heaven's kitchen hell's bar  ニュース

このたび、、
地元 石川県でカフェをオープンしました。

東京を去り、この一年の間、食の修行をし、メニューを試行錯誤の日々。
建物の天井や壁も自分でペンキを塗り、DIYの日々でした。

あ〜しんどかった〜!!

第二の人生はカフェのマスターですよ。
お近くをお寄りの際は、、是非!!


http://veganheavenhell.com/


クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
15



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ