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やさしさと真実と誤解と

2011/4/24 | 投稿者: どき

やさしさ、と一言でいっても、様々な形があり、同じ行動をとったとしても、例えば、彼にはやさしさを感じさせ、彼女には不安を感じさせたりする等多々ある。
なので、やさしさというのは基本的に一対一のコミュニケーションなんだと思った。
真実から派生した誤解は意識によって分別されるのである。僕は誤解を招くことが多々あり、その都度、弁解という形となった補足をするはめになる。
というわけで、弁解したいことがある。いや、その話がしたいのではない。むしろしたくない。

僕は今日、ひとつのやさしさを受け取った。
ひとつの言葉の裏側にかくれた心情は僕の心にやさしさとなって、響くのだ。
僕の解釈がたとえ本人が意図した物とは違ったとしても、それは僕にとっての真実なのだ。
そしてその真実がやさしさと感じられたとしたら、それが僕にとっては全てなのだ。
仮にそこにお互いのずれが生じていたとしたならば、それは自分にとってある種の奇跡なんだと思う。
しかし、本当はそれを奇跡と感じてはいけない。
そこを追求してはいけない。
奇跡と感じた瞬間にその気持ちは奇跡という言葉で解釈してしまう。
その解釈はとても危険だ。
感じる事はすばらしい事で、その「感じた事」というのを言葉に置き換えたら、どんどん自分の中にある世界の言葉に置き換わり、言葉に置き換わるということは経験から発生した解釈をしてしまうということで、それはつまり、新しい感情の誕生を感じたままに残せなくなってしまうのだ。

感情というとちょっと違うけど、僕は今日、ひとつのやさしさを受け取った。
それだけでいいんだと思った。
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