先日レンタルの会員更新の時期が来たので年会費を払ってサービスの2本レンタル無料特典でマイケル・ムーアの『シッコ』と興味深そうな音楽映画『ヤング@ハート』を借りてきました。
早速『シッコ』を見ました。見始めた最初は懸念通り社会告発のための分かりやすい逆プロパガンダ映画の様相だなぁ、映画の完成度はキビシイかも?と思ったのですが、見ている内にだんだんと。。。余りにもアメリカの医療制度というか、民間医療保険業界の問題でしょうね。それが酷すぎるので。思わずのめりこんでしまいました。
ある意味アメリカ的なやり方というか、本当は深刻な問題なのにあえてポップミュージックなどをBGMに使いつつエンターティンメント要素を強めたドキュメントの体裁はあるのだけど、『ボウリング・フォー・コロンバイン』のような軽味?も皮肉な笑いも無いというか、持ちようがないというか。
端的に云ってシリアスです。
見せ場となる911の被災地で救助のボランティアを行った人たちがその後救助の後遺症の医療費や医療待遇に苦しみ、医療に関してはアメリカ市民より厚遇されているキューバのグアンタナモ基地までムーアと一緒に船に乗って押しかけるシーン。当然の如く基地では無視され、その後すぐキューバに上陸して、仮想敵国のはずのモンスター国家(?)キューバで手厚い医療を受ける。善意に生きる善良なアメリカ市民の人たちが「これって何?ふざけてる!」って状態になるのは見ていてしみじみと切なく、哀しい。
人間にとって一番大事なものが逆立ちしてますよアメリカさん、と思わずつぶやきたくなる。。。何のための、誰のための社会なのか。。。まして自国の市民の被災に実際に動いた人たちのその後の身体的後遺症なのに。
おそらく他国との比較に関しては多少乱暴な面もあるのだろうとは思う。アメリカの医療と比較される形で映画で紹介されている国はカナダ、イギリス、フランス。制度の細かな使い勝手では医療費は無料、無料の話ばかりで3割負担の日本の健康保険制度もこの映画を見る限りカナダ、イギリス、フランスに比べれば肩無しな感じです。おそらくその通りのところもあり、同時に多少現実とは違うところもあるはず。マイケル・ムーアもそこは承知の上であえてそのようなドキュメンタリーに仕上げた面もあるのではないだろうか。彼が追求するのは「わかりやすさ」のはずだし、「わかりやすい」からといって「嘘」はついていないはずだ。おそらく制度の細部を端折っているだけで。それだけアメリカの医療制度が現実的に果たしている機能においても、その精神においてもおかしい、というところから映画の動機は始まっているであろうがゆえに。
ムーアのマジックにあえて乗っかって見た場合、アメリカの国民は長い間ある種の先入観を持たされて来ているのではないかと思う。それはとてもとても深い部分において。そしてその先入観はこの21世紀の現代社会にマッチするものなのか?という根本的な疑問を起こさせる。医療制度という生活実感レベルの、かつドラマ性が薄い分野でそこまで考えさせるムーアの視点はたいしたもの。
仮に国家が国家として生産力が世界的1レベルであることを誇りたいとしても、国の生産の総和に寄与するのに一番力になっているのはミクロ単位の国民のはずだ。
というか、それ以前に国民のための国家なのか?国家のための国民なのか?という根源的な問い。その答えを持っている国だったり政治なのか、ということに話は尽きる。これはわが国についても同じ問いが発生する場面。その意味では地続きの問いを呼び起こします。
日本も「財政」問題で社会保障費における自己負担はじりじりあがっているけれど、それをどう見るかというときも「国」という上から見ていくのか「社会」というお互い様の水平目線で見るのかで随分と様相が変わると思います。もしも上からの負担と給付なら(実際は普通の人たちの負担と給付だけど)、その負担と給付額だって、その時代時代で恣意的に変えられるだろう。マジョリティが犠牲になるその寸前まで。
その答えが最近ムーアが来日したときのインタビューでも強調していたけれど「資本主義でも社会主義でもない。大事なのは民主主義なんだ。民主主義が基本にない資本主義は危険だ」というところに尽きるのだと思う。ムーアの、母国アメリカに対する怒りをも超えてしまうような哀しみの源は、この「民主主義」の精神の危機と、善良な人たちの善良なるがゆえの犠牲に対する歯噛みするような思いなのではないだろうか。そしてこれもわが国にも通ずる話なんじゃないかと思う。
「資本主義でも社会主義でもなく、民主主義の精神が大事」ということは英国の労働党議員、T・ベン氏の発言から影響を受けていると思うのだけど、この人の発言がこの映画では重みがあると思うのです。映画の内容から浮き上がって発言だけを書き抜くと唐突で極端な印象も与えてしまうけれど、映画の中で語られるこの方の発言は重みがあります。彼の話を書き抜いて見ます。
「国家支配の方法は2つある。恐怖を与えることと、士気をくじくこと。
教育と健康と自信を持つ国民は扱いにくい。
ある種の人々は思っているよ。
”教育と健康と自信は与えたくない” ”手に負えなくなる”と。」
「教育と健康と自信」。確かにこの3つが揃えば人は元気になれる。社会の矛盾とも戦える士気が生まれるだろうし、仕事においても自分で自分をコントロールすることが出来るだろう。
それこそ、教育者は、「教育と健康と自信」が大事だと云うだろうけれど、現実の世の中は健康も教育も自信も根こそぎ奪ってしまおうという声が無いわけではない。
まさにこの世の不条理か、あるいは単に人間同士のつなひきというか、おしくらまんじゅうが続いているというべきか。
いずれにしてもアメリカさん。国の末永い平和を志向するなら、あるいは繁栄を志向するならまずは一人ひとりの人間が生きることにおける不安な状態を放置しないことだと思います。別に難しいことではない。すでに医療・教育においては互助精神で成功した先進国は沢山あるし、今でもそれで国が破綻したという話は聞きません。もちろん、社会保障制度を維持するために戦争をする国もありません。
そして、でも自国のことを告発する勇気を持つ人が出てくるのもアメリカなんですね。『デモクラシー・ナウ!』のような独立系TV局もそうですが。
これは自分の国、日本のことでもどこかで通じることであって。資本主義がどこを起源にしているのか、民主主義を基盤にしない資本主義はどこに向かうのか、生活のベースが安定しない競争社会が如何に社会にとってデンジャラスなものか。親切に教えてくれるような映画でした。医療の事情は違うけれど、医療から見えるその背景の思想は日本も反面教師として見習わないと、ということでしょうね。
PS.
高名な
町山智浩さんのムーア最新作の批評も面白いです。なるほど、こういう観点もあるのか、と。