NHKハイビジョンで放映した「立川談志10時間スペシャル」たっぷりと堪能させていただきました。
言葉にならない。とんでもないものを観てしまった。
言葉にならないものを紹介しようとすることがすでに無理や嘘があるし、いかがわしいものだけど、まとまりもないこの感情をとりとめもなく。。。
もし、この世に「天才」といえる人がいるのなら。この立川談志師匠がそれ。そのものです。
時に狂気にも異端にも見えながらも、だからこそというべきか、古来よりの謂い回し「天才とナニナニは紙一重」という言葉の定義はおそらく正しい、という気も致します。ですが談志さんのように哲学的・論理的なずんずん突き詰める人にとってはそんな外野の気楽な調子など屁にもならねぇというところでしょう。
嗚呼、考えてみれば、僕のいわゆる落語というか、この世の職業笑いの世界最大の最初のインパクトは談志さんがプロデュースした「笑点」だったんだと思い出しました。モロ年齢がバレますが(苦笑)、ただその幼時にインパクトを与えた人はあっという間にその番組から消えてしまった次第。年寄ってから「笑点」だけはご勘弁、となったのはその原体験もありますね。いまは歌丸さんが中心になったため、少し活気が出てきたようですが。
長大なドキュメントも含め、落語の大ネタその他を含めたこの10時間の世界全体が天才の足跡で、軌跡(奇跡)のごく一部なのでしょう。
奇跡。そう、同時代にこんな凄い落語家が居てくれたというそれそのことが奇跡だと思いました。
そして僕はしみじみと、あたり前のことだけど何にも分かっちゃいなかったと気づかされた。
談志師匠って、落語を語りながら、語っているところのその語りそのものを批評するような落語をする類い稀な人と言う、普通の人が考える認識程度はあったけれど、談志の頭の中にだけ住む「談志基準」に本人が苛まれ、懊悩し、苦悶しながら、観客にも果敢に自分が納得する水準さえを要求して、そんな孤高の世界に住んでいながら、そして老いとも向き合いながら、それでも高座の上で格闘を続けているなんてことはちっとも知らなかった。世間知らずの際たるものですな。
そんな天才ゆえの業世界のまさに稀有なドキュメンタリーをたかが3倍速録画したビデオのテレビ画面を通してみていても「ざわっ」とする。怖くて、重くて、そして爆笑する。天然体の存在噺家。存在天才。
談志さんの落語を説明するなんてもうその道のツウ人でさえ至難なことだろうに、ど素人が説明なんか出来るわけないんだけど、とにかく過去より伝わってきた落語を基本に語りながら、それが批評と観念的なもの、そして非常に醒めたものと、落語の中の登場人物にぞくぞくするほど没入しながら、突如またも醒めた批評精神が顔を出したりしながら。渾然一体となって落語ストーリーの中で何もかもが交じり合う。
談志落語はエンターティンメントどころか、我々の常識、否それどころか意識そのものにさえ攻撃してくるようだ。ここまで来ると落語という形を借りた、立川談志という存在そのものがバーッと眼前に剥き出しで表現される何ものかのようだ。
談志さん自身が分析する「落語は人間の業の肯定」というのは、いわばフロイト流の人間の無意識、夢の世界の幻想世界、エスの解放、それが話芸になってカタルシスを呼ぶ。大事なのはただ業を語るのではなくて、強烈な「語る談志」を見ている談志。これまたフロイトを持ち出すと、超自我(スーパー・エゴ)が圧倒的に強い人なのではないか。そんなどでかいココロがこの稀有な落語家を産み落としてくれたのかなァ。本人にとっては本当に辛いことと思うのですが。
甲本ヒロトもコメントしていました。「まだナマの談志を見ていないなら勿体無い。絶対見たほうがいい」という言葉を聴き、前に務めていたビルの上のホールで毎年やっていた「談志独演会」を今まで何で横着して、見ようとしないできたのかなー、と激しく後悔した次第です。まだ来てくれるかなぁ。
でも、やっぱり、正直、天才って、危険だし、怖い。怖いし、辛そう。天才って辛いよね。基準が自分だけ何だもの。自分が駄目だといっているかぎり、むくわれどころがないんだもんなぁ。
江戸っ子らしいドライな調子に加えて、論理的ながらも攻撃的で激しく、テンションの高い談志さんだから、落語も攻撃的な印象があるけれど、知らなかった。無知でした。
談志さんは人情落語の大ネタが大変素晴らしい人なのだということを。
「芝浜」という落語での冒頭での女房の言葉。「考えや屈託があるのは良く分かっているよ。でも暮らしもあるからねぇ。。。」その言葉のニュアンスの何とも云えぬリアリティ。
その台詞は生きた談志の実感なのか、話芸なのかもわからない。
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嗚呼、とにかく天才を語ろうという無茶なことをすると、こんなとんでもなくムチャクチャな文章になるということです。
とにかく「ライブ・アーティストの舞台裏」という視点で見てもとんでもなくリアル。機会があれば、そしてお笑いが嫌いでなければ、かつまた談志ノーマークだった人は。何等かのかたちでこの10時間のOA版をどっかで入手してみる価値は十分アリですぞ。
スペシャルでも放映した松岡正剛氏との対談より。談志師匠のキャラクター形成に関して結構興味深い内容だと思います。対談の前半、約10分。時間のある人はどうぞ。