朝、小淵沢からやって来たC56牽引の八ヶ岳高原号は客車を側線に置くと機関車だけ単機で中込へ向かってしまいました。そして午後まで何もすることも出来ず、ひたすら待っていると午後に中込からC56が単機でやって来ました。側線の客車に連結すると下り本線に据え付けして新宿へと向かっていきました。 70,06,28 野辺山 C56159号機 オリンパスペン ネオパンSS スキャナー : Nikon COOLSCAN WED 写真再掲
50年前の06月に母方の祖父に連れられて生れて初めての蒸気機関車の撮影のため小海線へ出掛けています。
この時の事は国鉄時代に掲載されておりますので詳細は割愛しますがとにかく50年前との隔世を感じる旅行でした。まだ中央線の夜行列車はマヌ34暖房車を牽き連れてEF13牽引でしたし、目的地の野辺山駅周辺は駅前のお土産物屋一軒だけで今の様に洒落た喫茶店もある野辺山とは隔世を感じずにはいられません。
当時の中央線は急行が主体の輸送体系で特急”あずさ”は一日3本だけの時代でした。さすがに普通列車は70系と115系が主体で電車化は進んでいましたが新宿―松本・長野間の列車は客車組成の列車で冬場は飯田町客車区に配置されていた暖房車が連結されて他の線との違いが見られました。
首都圏から野辺山駅へはかなりの所要時間が必要で夜行列車かあるいは前泊しないと早朝の野辺山駅には辿り着けませんでしたが、今なら自宅から野辺山まで最短で120分程度、一般道を活用したとしても240分程度で到達出来ます。本当に便利になったものです。
午後の列車を待っていると遠くから気動車のタイフォーンが聞こえ、カメラを構えていると普通列車がやって来ました。 70,06,28 野辺山 オリンパスペン ネオパンSS スキャナー : Nikon COOLSCAN WED