2008/2/26

焼きが回ったか?  
トコロテンの譬喩は難解である。何を言わんとしているのか見えてこないが、ともかく顕正会から大量の会員が流出しているのは事実であろう。それがトコロテンの押し出される様子に似ているとでも言うのだろうか?
しかし、最近の若い人には実感できない話だろう。今やトコロテンは、その大半がパック詰めされた出来合いのものだからである。もしかしたら、わたくしもテレビか何かでしか見たことがないかもしれない。細長い箱状の筒があって、そこに寒天のかたまりを入れるのである。片側は網目状の針金が張ってあって、もう片方から筒の内径に合わせた棒状のものを押し込むと、網目の隙間からニュルニュルと寒天が押し出されてくる。それがトコロテンである。
顕正新聞の例のコラムにも、寒天のことが話題に上がったことがあったと思う。ようは身体にいいのだろう。

さて、今日は顕正新聞第1093号の三面に出ている記事である。

 先生が「第二の五十年は大罰顕われる時代」と断言されたその瞬間から、誰の目にもはっきりとわかるほどその様相は色濃くなり

あまり長い引用だと読んでもらえない可能性があるので、必要なところだけにしぼった。これは第二婦人部長の発言であるが、すごいことを言うものである。

先生が断言されたその瞬間から・・・

さすがに瞬間は言い過ぎだろう。絶句である。もはや何も書く気がしない。

ところで、総合女子部長の記事には次のごとくある。

諸天の働きの凄さを実感すると共に、先生の宗門諫暁・一国諫暁はすでに始まっていることが胸に迫り、

先生の諫暁はすでに始まっている・・・

よくわからないが、第二婦人部長の話と重ね合わせると、何となくわかるような気がする。ようするに、浅井先生の発言が諸天を動かしているのだと、そのように言いたいのではないかと思う。いちおう、総合女子部長の文章では「大聖人様が諸天をして」云々と書いているし、第二婦人部長の文章でも「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」の御文を引いてはいるのだが、結局のところ、浅井先生が諫暁の戦いを起こすことによって諸天が動くという文脈になっているように感じられるのだ。そうすると、大聖人の立場はどうなるのか・・・意地悪く解釈すれば、浅井先生と諸天の間に位置する仲介役みたいなことになりそうである。

もちろん、意地悪な解釈である。しかし、誤解を招きやすい微妙な表現であることを、最高幹部の面々は自覚しないといけないだろう。それとも意識的にやっているのだろうか?

さて、もう一つ、総合女子部長の文章から、

謗法・不信の輩が戒壇の大御本尊様を「至近距離から正面写真を撮った」という犀角独歩の発言に、

はっきり言って、ヘンな文章である。詳細は省くが、おそらく誰が読んでも違和感があるのでは、と思う。

総合女子部長もそろそろ引退か?

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