2005/8/30

大石本門寺? 石山本門寺?  
いわゆる本門寺と呼ばれる寺はいくつもある。

北山本門寺、西山本門寺、讃岐本門寺、池上本門寺くらいなら、わたくしのような無教養でもすぐに思い浮かぶ。
これをもってこれを思うに、大石寺を富士山本門寺と改称しても、一般的というか通称としては上野本門寺とか上条本門寺、あるいは大石本門寺、もしくは石山本門寺ということになるのではないだろうか?
今となってはまったくの他門であるところの北山や西山から、「大石寺だけが富士山本門寺とは認めない、うちも富士山本門寺である」と言われると、ひじょうに困ることになると思うのだ。おそらく世間一般・・・例えば地図の表記などでも他が北山本門寺だの西山本門寺だのとなっているならば、それに準じた表記にならざるを得ないだろう。

いわゆる大本門寺構想というのが本来の富士門流にはあると聞く。

当然、広宣流布の時には大本門寺が建立されてしかるべきである。しかし、それは大石寺ではない。顕正会員のわたくしがこのように書くと、天生原だの天生山だのを言うのかと思われるだろうが、そうではない。
近・現代建築というのは、前代の建築物をすべて撤去して新しい建物を建てるのが主流というか、このようにして古きよき時代の景観をぶち壊してきた面がある。しかし、昨今は歴史的建造物を保存しようという流れに変わってきた。首相の官邸だか公邸だかは、古い建物を壊さずにわざわざ丸ごと移動させたという。他にも同様の事例がたくさんあるようだ。
これをもってこれを思うに、正本堂などもそっくりそのまま八王子にでも信濃町にでも持っていけばよかったのだ。まあ、それは冗談にしても、今の大石寺の敷地に大本門寺を建てようというならば、ずいぶん料簡の狭いことだと思うのである。そういう発想で次々に新しい建物をこさえていくものだから、大石寺は七百年の古刹でありながら、なにやら新興宗教の施設のような雰囲気にもなってしまっているのである。
もし、どうしても大石寺の寺域に戒壇堂を建立しなければならないというならば、今の大石寺をそっくりそのまま移動させて保存するべきだと思う。また、大本門寺が建立されたからといって北山や西山の諸堂宇が破却されるべきではなく、歴史的建造物として保存されるべきである。他宗は謗法だから云々は論外である。つまり、既存の建物を壊して新しく建てるという発想ではなく、まさにその時における最勝の地を選んで建立すればいいのである。
大石寺がいわゆる四神相応の勝地であることを否定するものではないが、今の大石寺のみが四神相応の勝地なのではないと思う。

もちろん富士山に本門寺の戒壇を建立すべきであることは動かない。その時、富士山のいずくに戒壇堂が建立されようとも、それが正しく本門寺の戒壇であり、いわゆる大本門寺なのである。
大石寺がそのまま大本門寺なのではない。
思うに、大石寺は永遠に大石寺でいいのである。

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