2008/12/18

現実逃避のブログ  
今度は創価学会員二名からコメントを頂戴した。

マグマグ氏は今、ネット上における創価学会の自界叛逆的状況に頭を悩ましていて、おそらくは収束を図ってのことだろう、富士宮ボーイ掲示板に投稿を重ねている。ところが直近の状況は、どうやら争いの当事者の間に入って、かえって板挟みになってしまっているようにも見えるのである。

これはもちろん、わたくしの勝手な感想に過ぎないわけであるが、拙ブログへのコメントを読むにつけ、当たらずとも遠からずという気がしてならないのだ。

沖浦氏とその反対側にいる人たちの争いは、わたくしの見通しを言えば、解決しないだろうと思う。
純粋な意味での教義上の是非ならば、どちらの立場であっても、自分が間違っていた、との表明をして終わらせることができる。しかし、そこに感情的なものが混ざってくると、そうは簡単に行かないのである。実はこれ、日蓮正宗と創価学会の関係でもそうだし、顕正会の場合も同じなのである。大のオトナが文字どおりオトナゲなくも感情的に対立しているのだ。
かく言うわたくしも、それは似たり寄ったりであって、実生活においてはそれこそヒドイものである。

逆に言うと、現実逃避の世界がこの独白ブログなのだと言えるわけで、独白のスタイルを堅持している限りは平和が続くのだ。ゆえに、マグマグ氏の言う、こちらは安泰、というのは氏の実感であると同時に、まさに核心を突いているところだと思う。

さて、のび太氏からのコメントであるが、まず日一氏のことはよく知らないので何とも言えない。ひと頃は盛んにブログの更新をしていたけれども、今は完全に止まってしまっている。その理由はわからない。
唱題の発音について、顕正会では南無をナムと読んでいるのかとの質問であるが、これははっきりしている。顕正会はナムではなく、ナンなのだ。
それはともかく、なぜに顕正会と書かずに伏字にするのか、逆にそれが不思議であり、はっきり言えば、気に食わないことである。

ついでに言えば、山門入り口氏もまたご自身のブログにおいて、詐欺師と書くべきところを伏字にしてあるのだ。これもひじょうに気に入らないことである。
ようするに、浅井先生を詐欺師だと言いたいわけなのだろうが、それをわざと詐欺師とは書かずに一字だけ伏字にしているのである。
わたくしの思うに、こういう書き方をする山門入り口氏こそが詐欺師なのではないか、と言いたいところだ。

これで拙ブログの安泰も終わりかな?

独白ブログではあるものの、けっこう人に噛み付いたりしている。それでも安泰でいられるのは、正しいことを言っているからである。仮に間違っていた場合には、素直にそれを訂正すればいいのだ。

ある意味、沖浦氏も安泰である。おそらく氏とその反対側の人たちの争いはいつまでも続くだろうけれども、換言すれば、それは沖浦氏がいつまでも元気だという証拠なのである。羨ましいことである。

今日は随身仏の宿題をやっつけようとも思っていたが、なんだか話が脱線してしまったので、これで終わりにしたい。

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