2009/11/20

顕正会短信閉鎖の理由は何か?  
山門入り口氏のコメントを読んで驚いた。なんと顕正会短信がサイトを閉じてしまったのだ。何しろ昨日の今日というか、あまりにも急な話なので、驚きを隠せない。厳密に言えば、昨日の今日ではなく、昨日の昨日なのだ。

わたくしは昨日の午前中にブログを更新した。内容はご承知のとおり、顕正会短信にまつわることである。
その晩に山門入り口氏からコメントを頂戴した。それが上述のサイト閉鎖の話である。ゆえに驚いたのだ。
その前日には顕正会短信とネタが被っているとの指摘を受けていた。だからこそ、気になって当該サイトを閲覧し、それを昨日のブログのネタにしたわけである。それ以前は、ほとんど閲覧したことがなかった。正直なところ眼中になかったのだ。しかし、ネタが被っていると言われれば、誰だって気にならないはずがないだろう。

以上のような経緯を踏まえれば、わたくしの驚きようもご理解いただけるのではないかと思う。

さて、山門入り口氏によれば、他にも顕正会批判のサイトが閉鎖になっているらしく、どうやら氏はそれを顕正会のシワザだと考えているようである。
だが、わたくしは違うのではないかと思っている。少なくとも今回の場合は、違うのではないかという気がしてならないのだ。
今日はこれからその理由を書くつもりだが、ともかく急な話でもあり、それほど考えがまとまっているわけでもないので、その辺をあらかじめご承知願いたいと思う。

以前、如月というハンドルネームの創価学会員が、拙ブログに出入りしていた。如月氏は何が原因か不明だが、わたくしに対して異常なほどに敵意をむき出しにしていた。興味のある人は過去のコメント欄を確認されるとよいだろう。ともかく、いろいろと凄いことを書いているので、わたくしの言う敵意むき出しが単なる個人的主観ではないことがわかると思う。

今、わたくし自身、探すのが面倒なのでどこに書かれているか確認していないのだが、なんと如月氏はわざわざプロバイダに連絡を取って拙ブログを潰そうとしたのだった。いや、もしかしたらハッタリなのかもしれないが、ともかくプロバイダに働きかけたという意味のコメントがどこかに残っているのは間違いないことである。
そのコメントによれば、プロバイダは動いてくれなかったらしい。ようするに、当事者間で話し合って下さい、という意味の返答があったそうである。
プロバイダとしては常識的な対応をしたのだと思う。それはそうだ。わたくしはプロバイダに対してお金を払っている立場なのである。それにもかかわらず、クレームがついたからと言って、拙ブログを強制的に削除するようなことをすれば、わたくしとて黙っているわけがない。いや、実際は法的な手続きをどうこうするような、そんな面倒なことをするつもりはないけれども、少なくともその段階でプロバイダとの契約を打ち切ることは確実である。まさか、わざわざお客さんを失うようなことをプロバイダがするわけがない・・・というのが常識的な線であろう。これが結論である。
もちろん、拙ブログに重大な過失があれば話は違ってくるだろうけれども、わたくし自身にそうした自覚はまったくない。ゆえに、紆余曲折があったにせよ、今日まで継続することができたのである。

以上の経験を踏まえて、わたくしはたとえ顕正会といえども他人のサイトをどうこうできるものではないと思う。
たとえば前回ないし前々回の人事の話であれば、まさに顕正会の首脳部が生殺与奪のすべてを握っていると言えるだろう。しかし、それは内部の話であって、外部には通用しないことである。会社に譬えるならば、ワンマン社長がいて、気に食わない社員を次々にクビにする。しかし、よその会社の社員を自由自在にクビにするようなことは絶対にできないことである。
つまり、顕正会短信が正当な言論活動をしているのであれば、顕正会側からの圧力によって強制的に閉鎖になるようなことはあり得ない。

ゆえに、おそらくは自主的に閉鎖したのだろう。

その場合の一つの可能性としては、あるいは顕正会側から何らかの働きかけがあったのかもしれない。
たとえば、顕正会短信の記事に名誉毀損に相当するような記述があったとすれば、サイトを継続するならば法的措置を講ずるというオドシを掛けることができる。そこで短信のメンバーがこれはヤバイと思えば、サイトを閉じることだろう。
あくまで推測に過ぎないが、おそらくはこの辺が妥当な線に違いない。

しかし、わたくしは思う。もし、上述が事実であったとすれば、顕正会を糾弾するよりも顕正会短信を糾弾すべきである。だらしがないではないか、己れの言論に確信があるならば、あくまで言論活動を続けるべきである・・・と。
かつて言論出版妨害事件というものがあった。この時は創価学会がいわば加害者だった。しかし、今度は被害者である。皮肉な話だ。
しかも、当時の妨害事件では創価学会の圧力に屈せず、逆に創価学会の非を世間に広く知らしめることができた。ところが今度の場合、現時点では単なる泣き寝入り状態である。

繰り返し言おう、もし顕正会短信に正当な言論活動をしている自覚があるならば、このまま終わってはいけないはずだ。

さて、自惚れを承知で、もう一つの可能性を書いておこう。

もしかしたら拙ブログが原因ではないかと・・・

本人たちの判断か、あるいは創価学会の上層部からの指令で閉鎖した可能性もある。

わたくしは昨日、ネタが同じでも料理の仕方でぜんぜん違ったものが出来上がるという意味を書いた。実際、彼らとわたくしでは調理法が根本的に違うわけで、それは多くの人が認めるところだろう。問題はどちらの料理がオイシイかである。
もちろん、その人の好みもあるわけで、味の問題は一概には言えないので難しい。しかし、昨日の拙稿で指摘したごとく、彼らは妄想炸裂だとか精神病院だとか平気で書く。これがひじょうにマズイのだ。
彼らにとってはオイシイのかもしれないが、問題は世間一般の尺度である。

おわかりだろうか、顕正会批判者たちは顕正会の異常さを強調する。時にはカルトであると決め付ける。確かにそれはかなりの確度で言えることである。
ところがである。拙稿と彼らの文章を読み比べると、どうであろうか? おそらくは彼らのほうが異常に感じられるのではないか? 自分で言うのもナンであるが、拙稿はわりと常識的であり、おそらく第三者が読めば、それほど悪い印象を懐かないのではないかと思うのだ。もちろん、顕正会短信と比べての話である。

つまり、顕正会短信はその節度のなさからして、かえって創価学会のイメージを悪くしているフシがあるのだ。もし、これが事実であれば、当然ながら創価学会の上層部としては、やめるように言わざるを得ないだろう。

これはフェイクなど、他の謀略情報紙にも言えることなのだが・・・

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