2010/5/30

近き将来に向けての提言  
顕正新聞第1171号のトップ記事は立宗御報恩勤行会における会長講演であるが、これについては特に触れない。

その下段には水戸会館がいよいよ完成し、来月の十三日にオープンすることが記されている。以前、「さくら川」のことを書いた。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1315.html

今回の記事では、ちゃんと「桜川」と書かれている。やはり、これが一般的な表記なのだろう、わざわざ「さくら川」などと書く必要性は、どこにもないのだ。

ところで十三日は御講である。今はどうやら第二日曜を御講の日にしているらしいが、たまたま来月はちょうど十三日に当てはまっている。四月の神奈川会館オープンも第二日曜だった。
一説によると、顕正会の首脳部はあえて御講の日を選んで御入仏式を行なっているとのことである。この日は法華講員も動きが取れない。何しろ自分たちがお寺に参詣する日だからだ。
なるほど、法華講の勇ましい連中があえて浅井先生の来る日を狙って、会館前で何らかの動きをするかもしれない。それは本部首脳にとって、ひじょうに怖いことだ。

今やネット上に動画が出ているので有名だが、平成元年前後に顕正会と妙観講の間でいろいろなことがあった。あの時も顕正会のほうがヒステリックというか、過剰な反応を示していたように思う。結局、いろいろな意味で顕正会のほうが不利なのだろう。ましてや今はニセ本尊の問題があって、これが最大のネックになっている。やはり本部首脳としても、そこを衝かれたら一溜まりもないことを承知しているのだろう。

さて、顕正新聞当該号は二面以降、すべて四月度班長会の記事で埋められている。

巌のごとき大忠誠心

これは壮年部副部長の記事だが、凄い表現力である。実はこのフレーズ、以前にも登場したことがある。誰が言い出したかと思えば、なんと副部長本人である。

http://white.ap.teacup.com/ganko/609.html

しかし、これを真似る人は他にいないようだ。わたくしの知る限りは他にいない。考えてみれば、壮年部班長会での登壇であり、しかも数年に一回の頻度である。影響力が小さいのは当然だかもしれない。

それはさておき、話を変えよう。男子部長の記事に、六十六・六十七代の貫首が二代にわたって創価学会に諂い云々、というくだりがある。わたくしはいつも思うのだが、六十八代はどうなのか、それが問題だろう。浅井先生はすでに頭が硬くなっているから仕方がないにしても、男子部長がそれでは困る。将来の展望を考えて、発言するべきだ。

 しかし「御大事守護の御本尊」が、いま御遺命守護に命を賭された先生のもとにまします不思議に思いを巡らせば万感胸に迫り、近き将来、国立戒壇堅持の貫首上人がお出ましになれば、先生の「御遺命守護の功績」が称えられ、宗史に燦然と輝く日の来ること大確信するものであります。

文中、近き将来を云々するくだりがあるけれども、わたくしにはとうてい首肯できない内容である。残念ながら男子部長の展望は単なる希望的観測であり、きわめて実現性の低いものだと言わざるを得ない。

ご存じでない人のために、少しだけ回り道をしよう。御大事守護の御本尊というのは、明治初期に戒壇の大御本尊を御守護申し上げたという功績によって、その任に当たった在家信徒に与えられた御本尊のことである。それが今、顕正会の神奈川会館に安置されているわけだ。男子部長をはじめとして顕正会の幹部たちは、この由緒ある御本尊が浅井先生のもとに存在することに不思議を感じている。いわば先生が特別な存在であることの根拠の一つになるわけだろう。確かに熱心な活動会員であれば、ああ、そうなのか、これは凄いことだ、と思うに違いない。

あるいは男子部長もまた、こうした活動会員たちと同じ思考レベルにあるのかもしれない。であれば、明治時代における「御大事守護の功績」と同様のことが、近き将来において実現する。すなわち「御遺命守護の功績」が事相となる。男子部長はこのように夢見ているのかもしれない。

ある意味、六十八代について云々しないのは、この近き将来の展望を含みにしているとも考えられる。男子部長だって馬鹿じゃない。やはり、いずれは宗門との関係を修復しないことにはやっていけなくなる、そう考えて不思議はない。いや、むしろそれが常識的な判断のはずだ。もし男子部長に次期会長としての自覚があるならば、これこそがまっとうな判断に違いない。いちおう、この意味では男子部長もずいぶん成長したと言えるだろう。

さて、ここで問題である。わたくしは既述のごとく、これについて首肯できないとか実現性が低いとか書いた。すなわち男子部長の将来の展望は、現実的ではない。ゆえに懐疑的にならざるを得ないのだ。その理由はこれまでにも再三にわたって書いてきたつもりである。

いわゆる御相承の断絶について、これをどのように修正するか、ここにすべてが凝縮されているのだ。

創価学会では御当代をニセ法主の二代目だと言っているごとくである。顕正会ではこのような言い方をしないけれども、御相承の断絶を言ってしまった以上は創価学会と同じ方向性にあると思われても仕方がないだろう。それでいて近き将来、顕正会を認めて下さる猊下がお出ましになると考えるのは、いかにも都合の良過ぎる考え方である。これを世間では自己中と言う。

男子部長も馬鹿じゃない。このくらいの道理はわかるだろう。さて、どうするか、だ。浅井先生は自分の間違いを認めたくないタイプである。しかし、もし本気で宗門との関係を修復しようと思うのならば、己れの非も認めないといけない。今さら先生自身がそうするとは思えないけれども、次代を担う城衛であれば、それは可能だろう。もちろん、簡単な話ではない。

ともかく「御相承の断絶」を撤回すべし、というのがわたくしの主張であり、まさにこれが顕正会の近き将来を決定付ける一つの重要なカギである。

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