2012/7/24

六月度の会長講演を斬る  
沖浦氏は次のごとく言っている。

 創価学会には戒壇建立と言う思想が既にありません。

 ですので、宗門との別離と共に、過去の遺物になっています。


過去の遺物とは正本堂を指すのだろうか?

であれば、まだマシであるが、もし戒壇建立の思想そのものを過去の遺物と言っているのであれば、これはもう完全な逸脱である。

上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し・・・

つまり、沖浦氏の主張は三大秘法の否定とも受け取れてしまうのだ。すなわち大聖人の仏法の否定である。

ここで修正案というか、一つの解釈として考えられるのは、戒壇とは必ずしも建造物の意味ではない、ということだろう。本門の三つの法門を建立する。この御表現からすれば、建造物を意味しないと解釈するほうがスッキリするのは事実だ。しかし、別して戒壇のみを抽出して、そこに建立の文字を当てはめるならば、これは何らかの建造物を意味するものと考えられる。つまりは、ここが争点なのだ。

然るに沖浦氏は、創価学会には既に戒壇建立の思想がない、と言う。これはさすがに言い過ぎか、もしくは説明不足だろう。上述のごとく、建物にこだわらない、という意味なのだろうと理解しておきたい。

教学的には、事壇・理壇の議論だが、しかし、ひじょうに面倒臭い議論なので、今回はやめておこう。

立正安国論には、真言密教批判などを加えた増補本(広本)が本圀寺にあります。

山門入り口氏だ。

安国論には真言批判が見当たらない。このように書いたところ、上掲のコメントを頂戴した次第である。

深読みし過ぎかもしれないが、わたくしには山門入り口氏氏のネライがわからない。素直に受け取るならば、単なる情報提供だろう。しかし、何となく違う空気を感じるのだ。巌虎よ、オマエの言っていることは間違っている、オマエは増補本の存在を知らないのだ、この不勉強者めが・・・という空気だ。

まあ、しかし、これは深読みというか、わたくしの卑しい根性がそのような疑心を生んでいるのだろうと、いちおうは反省したい。

いわゆる建治の広本のことは以前に取り上げたことがある。

http://white.ap.teacup.com/ganko/314.html

ずいぶん昔の拙稿だ。しかし、今回の話題とは異なる部分のようだ。

そこで山門入り口氏に要望したい。広本のどの部分に真言批判が出てくるのか、具体的な御文を挙げていただきたいと思う。

深読みの続きを書こう。論理的な問題だ。

文応元年の安国論には真言批判がない。後年の広本には真言批判がある。弘安元年の本尊問答抄においては「其の書にくはしく申したれども愚人は知りがたし」と仰せになられている。

さて、其の書とは何か?

わたくしは文応元年の安国論のはずだと思うが、それとも建治の広本なのだろうか?

これ以上の説明は省略させていただくが、建治の広本に真言批判が載っていようがいまいが、前回の拙稿の論旨にはいささかの不都合もない、というのがわたくしの結論である。ゆえに、山門入り口氏のネライがわからない、と書いたのだ。

さて、話は変わる。気がつけば七月も下旬であるが、六月度総幹部会の話題を書いていなかった。顕正新聞第1246号の話題だ。

とっくの昔に読み終えているけれども、最近は違う話題ばかりを書いていたので、すっかり内容を忘れてしまった。読み返すのも面倒だ。そこでせめて会長講演だけでも取り上げておこう。

立正とは国立戒壇を建立すること

これは浅井先生の年来の主張であって、今も昔もいささかも変わらない。日寛上人の安国論文段には次のごとくあるそうだ。

立とは、戒壇を立つるなり。

なるほど、国立戒壇の名称そのものは問題があるにせよ、顕正会が戒壇建立に重きを置く理由はここに明瞭である。

 では、この国立戒壇はどのようにして立つのか―。

立つは建つが普通だが、ここでは日寛上人の御指南に準じたのだろう。それはともかく、ここでの結論は六千万人の国民投票だ。当該講演には出てこないが、最近の会長講演から総合的に判断すると、八年後には国民投票の気運が盛り上がっていなければいけないことになるだろう。いわゆる二〇二〇年代こそ決戦場というヤツだ。

浅井先生は言う。順縁広布の時は下から上に行く、と。

 だから政治家がいかに堕落しようと、無道心の宗門僧侶がいかに国立戒壇をあざ笑い否定しようと、そんなことは関係ない。彼らに頼んで立ててもらうのではない。

負け嫌いの浅井先生らしさが出ている文章だ。

しかし、冷静に考えれば、いまだに幻想を追い求めていることが見えてくると思う。いわゆる顕正会における誓願が問題なのだ。今は三百万すら言わなくなった。それも名目上というか、累計の会員数に過ぎないわけだが、今はそれすら言わなくなった。つまり、今は三百万の達成すら覚束ないのだ。それでいて国民の過半数の六千万人を云々しているのだから、どうしようもない。

狂気の原発再稼動

前後するが、原発問題についても書いておこう。わたくしは顕正会の反原発については敬意を表したいと思っている。いろいろ苦言を呈しているが、反原発の姿勢そのものは立派なことであり、今後も貫いていくべきだと思う。

そこで今回もまた苦言を呈することになる。

 このような強大な力を前にして、どうして原発廃絶ができるのか。凡夫の眼にはとうてい不可能に見える。

顕正新聞には以前、小出助教が己の非力を嘆いている、という意味の記事が出たことがある。これは反原発運動家の多くが同じであって、原発がいわゆる国策である以上はどれほど頑張っても止めることはできないと、内心では諦めている人が少なくないようなのだ。

ゆえに、もし顕正会に原発廃絶の秘策があるならば、ぜひとも伺いたいものだと、誰もが思うことだろう。

 正本堂も大聖人様がお許しにならなかった。だから顕正会の諫暁によって消滅したのです。原発も大聖人がお許しにならない。よって必ず消滅すると私は大確信しております。

たぶん既存の反原発運動家たちはガッカリだろう。もちろん、いろいろな感じ方があるわけで、その落胆の仕方もさまざまだと思う。たとえば、神頼み的な発想そのものを毛嫌いする人もいるはずで、そういう人が上掲を読めば鼻でせせら笑うことになると思う。

わたくしの立場で苦言を呈するならば、何ら具体性がない、ということだ。

御遺命守護の戦いには具体性があった。宗門・創価学会に対し、何度も面談をして、相手の間違いを指摘してきた。解散処分以降は折に触れ諫暁書を提出した。また阪神大震災直後には建白書を提出した。宗門がこれらを聞き入れたものかどうか、それはわからないことだけれども、結果的に正本堂は解体となり、地上からその姿を消した。

では、今の顕正会はどうか、である。

顕正新聞で特集号を組んで大量に配布した。今はそれだけである。もちろん、これも立派なことではあるが、そこに止まっていてはいけない。継続手段が必要だ。

それからもう一つ、まるで違った角度からの感想も書いておこう。

なんか違くね?

柄にもなく若者言葉を使ってみた。用法が正しいかどうか、ちょっと自信がない。

正本堂問題はそのものズバリ教義上の問題だった。原発問題はそうじゃない。ゆえに同じ土俵で、正本堂が消滅したから原発も消滅する、というのはちょっとヘンな感じがしなくもないのだ。

なかなか難しいものである。

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