2012/9/1

建白書の感想  
前回のコメント欄には重要な記述がたくさん見られるが、割愛させていただくこととして、今日は建白書の感想を書こうと思う。

八月十三日、顕正会から宗門へ建白書が提出された。

正確に言えば、顕正会会長の浅井昭衛から日蓮正宗管長早瀬日如上人へ送られたものだ。

 平成二四年八月一三日

    冨士大石寺顕正会
       会長 浅井昭衛

日蓮正宗管長
  早瀬日如上人
      玉机下


これは顕正新聞第1251号掲載の建白書の文末をほぼ正確に再現したものである。ちなみに浅井昭衛は浅と衛が難字なので、パソコン上では簡易表記に改めさせていただいた。

それはともかく、上掲の表記には少しばかり驚いた。いや、かなり驚いた。上人の尊称を付けているからだ。

わたくしは当初、ごく単純に、細井日達・阿部日顕という呼び捨て表記との対比において、驚いていた。

だが、しかし、諫告書のことを思い出して、あれはどうだったろうかと、必死に記憶を呼び覚まそうとした。

諫告書をお忘れの人も多いかと思うが、これは平成二十年に書かれたものである。いつものごとく、面倒臭がりのわたくしは過去の新聞を調べもせず、とりあえず拙ブログの記録を検索してみた。すると、どうやら当時の浅井先生は早瀬日如上人とは書かず、早瀬日如管長と書いているらしいのだ。ようするに諫告書では管長、そして今回の建白書では上人、ということなのだ。

これは重箱の隅を突付くような話とお思いの人もいるかもしれないが、けっこう重要な変化だと思う。

さしあたって御相承の断絶をどう捉えるかが問題だ。

ご存知のごとく、顕正会では日達上人から日顕上人への御相承を認めていない。ようするに断絶したと言っているのだ。するとそれ以降の猊下はすべて不相承となるべき道理である。このゆえに御当代猊下に対しても上人とは呼ばず、管長と呼称していた。それが諫告書における表記なのだろうと考えられる。

今一度、念を押しておくと、当時の新聞を確認していないので間違っているかもしれない。だが、もし、上述のとおりであれば、今回における上人の呼称はまったく説明がつかないことになる。

いよいよ浅井先生もボケが始まって、数年前のことすらすっかり忘れてしまっているのだろうか?

急ぎ完璧なる免震構造の新御宝蔵を建設し、本門戒壇の大御本尊を秘蔵厳護すべし。

さて、今回の建白書の内容であるが、要約すれば上掲のごとくである。わたくしは『迷走する顕正会を斬る』の記述を思い出した。

 しかし、浅井会長の思うようにならないことは多い。「不敬の御開扉を中止せよ」や「悪人追放」等の求めは、いくら何でも無理筋の要求であろう。

ようするに浅井先生は宗門に対し、さまざまの要求を行なってきた。正本堂の撤去などはその好例であり、確かにそれはきわめて大きな出来事だったけれども、宗門としては顕正会の要求を呑んで正本堂を解体撤去したわけではなかった。いわんや、その後に建設された奉安堂をや、現時点で十年になるだろうか、それをホゴにして新たな御宝蔵を建設することなど、誰が賛成するものかと思う。まさに無理筋である。

浅井先生の言い分は、急拵え・安普請の奉安堂が西日本超々巨大地震に耐えられるか、ということである。

掲載されている図によれば、大石寺直下にも活断層があるらしい。それが西日本超々巨大地震に刺激されて連動すると大石寺も震度七の大激震に襲われる可能性がある。奉安堂では心配だ。よって免震構造の新御宝蔵を築くべし。これが先生の言い分だ。

大飯原発の再稼働問題で今も引き続き問われているのは原発直下の活断層だ。なるほど、今回の建白書はこの辺に発案のヒントがあるのだろう。

この意味で宗門側が真摯に対応するのであれば、まずは大石寺直下の活断層の危険度を調査すべきだろう。もちろん専門家に依頼すべきだ。その上で奉安堂の耐震チェックが必要だ。これも専門家の仕事だ。

しかし、基本的にはその必要はない。

ご存知のごとく、日本の技術レベルは相当に高い。建築基準も厳正であり、よほどの違法建築でもない限り、十年で朽ち果てることはあり得ない。ましてや西日本超々巨大地震という大仰な呼称はなかったにせよ、昔から東海地震のことは言われていたのだ。当然、奉安堂はそれを考慮して建てられているはずなのだ。

以上、今回の要求は無理筋、これが結論だ。

しかし、もしかしたら建白書の目的は別にあるのかもしれない。いちおう表向きは大御本尊の御安危を憂えている。けれども真の目的は別にある。たぶん、そんな憶測が飛び交っているのではないか、とりわけ元顕正会の法華講員たちの間で、そのような議論が交わされているのではないか、そんな気がしてならない。

話を戻そう。建白書を一読して感じたのは、文体的不整合だった。

わたくしの感覚が正常であれば、今回の浅井先生の文章は荒い。なぜならば、途中で文体が急変するのだ。まるで人格が変わったように、あたかも別人が書いているのではないかと錯覚するくらい、文章の質が異なるのだ。

具体的に指摘すると、最初は丁寧な言い回しに終始している。

〜であります。
〜しております。


これが途中から変わるのだ。

〜である。
〜ではないか。


こんな具合だ。

まるで音楽で言うところの転調みたいな感じであり、ある意味では効果的なのかもしれないと思う。計算ずくということだ。

まとめると、二つの可能性が考えられる。

単にモウロクしただけ。それが原因で文章がおかしくなっている。

そしてもう一つは計算ずく。これはまさに御遺命守護の戦いの一環なのだ。転調が始まるのは御遺命に関する話題に突入するあたりからのことであって、これ以降はもう二度とデスマス調は見られない。最後まで宗門を叱責するかのような厳しい文体を貫いている。

一見すると文体的不整合、その原因はモウロクのゆえか、それとも計算か、何とも微妙なところである。

最後にもう一つだけ書いておこう。

御遺命守護の戦いの一環と書いた。一貫でもいいのだが、一環のほうが適切だろう。ようするに宗門諫暁はいちおう終了した。最後に申すべき事が最後だった。しかし、その後も諫告書を書き、さらに今回は建白書である。つまり、御遺命守護の戦いは今も続いているのだ。

わたくしの知る限りでは、御当代上人は未だ顕正会について言及していない、何一つ言及していない。

ゆえに浅井先生としては反応を窺いたいという思いがあるのだろう。そこで今回はいちおう下手(?)に出て、日如上人と呼んでみた。しかし、年来の主張である御遺命守護に関しては一歩も譲らずに書いた。

さて、上人はどのようなリアクションを示すだろうか?

おそらくはその結果次第なのだろう。先代・先々代に引き続いて、早瀬日如と呼び捨てにされてしまうかどうか、今はその瀬戸際なのだと思う。

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