2012/12/19

師走の宿題  
話の流れとして、今日は選挙結果のことも書かないといけないし、沖浦氏との議論も継続中であるし、ひじょうに面倒だ。

 種脱相対は日蓮正宗の方や、創価学会の原理主義に近い方々が良く引用されますが、ほとんどが誤った解釈です。

 大聖人は下種で、釈迦は脱益。

 これは、釈迦仏法の立場です。
 大聖人のお立場では、全ての教えは下種なんです。
 
 釈迦も、天台も、伝教も、キリストも、マホメットも、孔子も、老師も、孟子も全て、下種です。

 この点を少し論じませんか?


また、わけのわからんことを言っている。しかし、沖浦氏にはその前にやることがある。すなわち前回の宿題だ。

まずは末法においても機根が変化していくことを、御書をもって論証する必要がある。

この問いに対し、沖浦氏は次のごとく答えた。

 機根はドンドン変化致します。

 『但し人の心は時に随つて移り物の性は境に依つて改まる、』
 (立正安国論)

 この人の心が機根です。
 時にしたがって移るのですよ。


まったくダメである。お話にならない。

なぜダメなのか、本人は気が付いていないだろうし、あるいは読者の中にも理解できない人がいるかもしれないので、いちおう書いておこう。まずは次をご覧いただきたい。

大枠で捉えた時の機根ですが・・・

これでほぼ理解できたことと思う。

人間は十人十色・百人百様・千差万別である。それを個別に論じたら際限がなくなる。ゆえに大枠で捉えた時にどうなるかが問題なのだ。

これは前々回の拙稿を書き直したものである。これに対し沖浦氏は大枠云々と返答した。今はまさにその流れの上にあるのだ。であれば、立正安国論の当該御文はまったく当てはまらない。

そもそも人の心が変わっていくことが、そのままイコールで機根の変化を意味するのかどうか、それすら議論が定まらない。もし仮に、それが正しいとしても、大枠の話とはぜんぜん別次元である。

シツコイようだが、再掲しよう。

大枠で捉えた時の機根ですが、鎌倉時代は機根は良くないですね。

現在は全く異なります。現在の日本は、機根が世界最高なんです。


これを御書をもって論証するのが沖浦氏の宿題である。個々人の心の変化ではなく全体の傾向性、それが大枠で捉えるという意味である。

さて、選挙の話だ。

大方の予想通り、自公政権の復活である。しかし、わたくし自身は腑に落ちないと書いた。納得しかねるものがある。どうも釈然としないのだ。

「でも、自民党だからこの程度で済んでるんだよ。他の政党に政権取らせてご覧なさい。もっと酷いことになるから」

これはユタ氏の友人がかつて言っていたことらしいが、なるほど、これが答えなのかもしれない。すると今回の選挙は消去法的選択ないし消極的選択、こんな表現が当てはまることになるかもしれない。実際、自民圧勝に国民がフィーバーしているようにも感じられないし、そもそも投票率の低さからしても、もはや政治には期待しないという人たちが国民の多くを占めるようになってきたことを、まさに象徴していることなのかもしれない。

自公政権にノーを突きつけた。それが前回の総選挙だった。

であれば、わたくしの感覚ではそう簡単に逆戻りすることはない。今回は民主が負けるにしても自民も負ける。第三極が票を伸ばして、どこがいちばんでもなくなる。ドングリの背比べのような感じになるだろう。そこで政界再編が行なわれる。具体的な再編図はまったく想像できないものの、いわばそれが今の混沌とした世相を反映しているというか、その縮図そのものだろう、などと思っていたのだ。

そんなわけで、結果が出る前から世論調査などでは自民圧勝が言われていたけれども、わたくしにはまったく腑に落ちなかった。電話アンケートの場合、たとえ無作為抽出で行なったとしても、今は自宅に電話を置かない若者も多いので、必ずしも正しい結果を反映しないのではないか、実際の投票結果は違ったものになるのではないか、などとも思っていたのだ。

ところがどっこい、である。自民が圧勝し、公明も党勢を回復した。自公だけでいわゆる安定多数を確保してしまったのだ。わたくしにはまったくの予想外だった。

さて、ここで質問である。

のび太氏やんっ?氏のような熱心な支持者に聞いてみたいことがある。答えて貰えるかどうか微妙だが、いちおう書いておこう。

小選挙区の場合、当然ながら地元に公明の候補が立たない地域がたくさんある。いわばほとんどの選挙区がそうなのだ。当然、比例は公明に入れるのだろう。では、選挙区のほうはどうするのか?

わたくしの興味はズバリ、自民党候補に投票したのかどうか、さらに言えば、組織として具体的な指示を出していたのかどうか、である。

東京在住の場合、都知事選での投票行動がどうであったか、それもまた興味深い。今度の知事はベラボウな高得票で当選したという。個人的な評価で恐縮だが、あの人そんなに取れるかな、というのが正直な感想である。ゆえに公明の組織票が相当に効いているのではないかと想像するのだが、この辺の真相も気になるところである。

ちなみに百五十万顕正会は今回も動かなかった。

もっとも百五十万は看板だけなので、動いたところで大勢に影響はないのかもしれないが・・・

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