2013/10/27

戦々恐々の日々  
のび太氏のコメントは、珠玉の短編とでも言うべきか、何とも味わい深い小品である。文は人なりである。まさに氏の人柄がよく出ている文章だと思う。

んっ?氏が沖浦氏に批判的であるのは今さら驚くに値しないが、しかし、今回のコメントは難し過ぎる。たぶん、これで充分通じるということなのだろう。想像するに、表面をどれほど取り繕うとも沖浦氏の本質は修羅界である、と言わんとしているのだと思う。

まあ、しかし、わたくしのつもりを言えば、前回の拙稿の主眼は別のところにあるのだ。ようは顕正会員の不甲斐なさを言わんがために、沖浦氏と法華講員との関係を引き合いに出したのである。

 私は素直に尊敬致します。

沖浦氏の言葉である。誰を尊敬するのかと言えば、沖浦邸に乗り込んでいった法華講員たちを尊敬すると言っているのだ。これは並の創価学会員には言えないセリフだろう。ゆえにわたくしは感銘を受けた。

しかし、これは話の前置きに過ぎないわけであって、法華講員はかくのごとし、しからば顕正会員は如何? という文脈なのである。

残念ながら、今のところ沖浦氏に挑む勇敢な顕正会員はいない。これでは広宣流布の最終段階などと言えた義理ではないだろう。

もっとも、以前どこかに書いたと思うが、ネット上の情報を頼りに沖浦氏にアプローチするような顕正会員はいないかもしれない。成果主義の顕正会においては、成果になりそうもない折伏はやらないのだ。沖浦氏のような難物(?)はハナッから相手にしないのが得策なのである。

ゆえに、あるとしたら婦人部や女子部の人が諫暁書や顕正新聞を携えて訪問してくることである。いや、もちろん、男子部もあり得るが、いわゆる訪問折伏に熱心なのは圧倒的に婦人部・女子部である。この場合、沖浦氏を有名人として認識せずに訪問することになるだろう。

それが現実となるのは、いつのことだろうか?

2013/10/27 2:51
投稿者:昔の名前
こんにちは

私に顕正会批判をしなければならないと言う義務はありません かなり突っ込んだ見解を期待したが肩透かしを食ったと言う感想を述べたに過ぎません
名前の呼び捨てなどは社会常識の範疇であり 顕正会の程度が知れると言うだけの事です
ケチを付けた だったらお前がやって見ろ に至っては空いた口が塞がりません
顕正会の折伏に問題があり それに対し創価学会が対策を立てたのなら それ自体は陰謀でもなんでもありません
創価学会の陰謀と言う根拠の無い仮説からの不当捜査
顕正会の折伏の問題点はしかし不当捜査に繋がるほどの事では無いと思わせる
上手い誘導なんでしょうか 私も書いてて面倒くさくなってきました


う〜ん、今回もいろいろ書きたいところだが、一つに絞ろうと思う。

上手い誘導・・・

この点を詳しく説明願いたいのだが、いかがだろうか?

またしても義務はないなどと、一蹴されそうだが・・・

さて、今日は顕正新聞第1289号の話題であるが、まずは見出しをいくつかピックアップしよう。

「顕正会は本物だ、先生は凄いお方だ」
 顕正新聞に感動し元学会員が入会

一市民を装い警察通報の学会員
「k対策」通りの謀略 この目で見た!

学会による洗脳 完全に解ける
「五体満足…」「押しかける」は学会の常套句

「立正安国」特集号に命震え入会
 先生お一人が御遺命を死守された!


さすが特集号だけのことはある。創価学会関連の記事がたくさんあるのだ。

三つ目の記事が目を惹いた。

創価学会からの入会者はそれこそたくさんいるが、どうも最近は高齢の創価学会員が入会してくるケースが目立つように思う。ところがくだんの記事は写真を見る限り三十前だろうか、あるいは二十代前半くらいにも見える若き青年が書いているのだ。男子部所属の平会員である。九月二十日に入会したそうなので、その意味では平会員でもおかしくないだろう。

それにしても、よくもまあ、うまいタイミングでこういう人が出てくるものである。細かい内容については省略するが、特集号に相応しい、ひじょうに効果的な記事だと思う。

 学会三世の家系に生まれ育った私にとって・・・

あえてツッコミを入れるとしたら、ここだろう。学会三世の家系って何だろう? ヘンな言い回しだ。たぶん、祖父母の代に創価学会に入って、自分は三代目に当たると言いたいのだろう。まあ、しかし、ある意味ではうまい要約なのかもしれない。わたくし自身、文章を書いていて表現に悩むことがしばしばある。ようは簡潔に書きたいのだが、説明が足りないと誤解を招くと思って、あれもこれもと書き加えてしまう。すると、結局はややこしい文章になってしまうのだ。実は毎回、この格闘を繰り返している、それが拙ブログの舞台裏である。

さて、話を戻そう。彼は選挙活動に疑問を持っていたものの、創価学会はやめなかった。その理由は次のごとくである。

 そのような中で、私が学会で信心を続けた理由は、家族・親戚・地域の人間関係というしがらみだけでした。

先日も書いたごとく、自らの意志で入信したわけではない人がかくも消極的であるのは理の当然であろう。

 しかしそのような私にも転機が訪れました。

ミカツ会員が何かのキッカケで熱心な活動会員になる。当然、創価学会の中でもそのようなケースはたくさんあることだろう。しかし、彼の転機は別の方向を示すものだった。

 それは本年八月、たまたま七月度総幹部会における浅井先生の御講演を拝聴したときのことです。

まさに特集号に打って付けの記事である。

創価学会員には腹の立つ記事であり、それを取り上げる拙ブログにも腹を立てているかもしれないが、そこはご容赦願いたい。

わたくしが注目したのは他でもない、いったい彼はどこで総幹部会の会長講演を視聴したのか、という点である。

従来は、顕正会員から折伏される、入会を拒む、せめてビデオ放映には出てみようと誘われる、それくらいならばと参加する、そこで正義にめざめる、というパターンが一般的だった。ところが当該記事を読む限り、顕正会員と接触する場面がどこにも書かれていない。これは不思議な話である。では、どうやって、会長講演を視聴したのだろうか?

わたくしの推測というか、おそらくは誰もが思うだろう、これはネット上の動画サイトを観たのだと。

そこで今日の結論である。

顕正会は公式ホームページを持っている。だったら、そこで動画を公開すればいいのだ。インターネットの影響はとてつもなくデカイはずである。ゆえに、先生の講演をもっと積極的に公開していけば、くだんの青年のように自ら入信ないし入会を申し出る人が次々にあらわれるに違いない。

謀略情報の渦巻くネットの中で、それらをかいくぐり、正しい情報にたどり着くことの難しさは、すでに多くの人が承知するところである。だからこそ自分の判断力を駆使して真実を見極めたいと、このように考える賢明な人たちも少なからずいるのだ。

しかるに顕正会の公式サイトは情報発信の意味で、ほとんど機能していない。

特集号の大量配布もけっこうだが、同時にネット上にPDF版の特集号を出すという手もあるだろう。動画もどんどん上げていく。その気になれば、いくらでも打つ手はあるのだ。

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