2005/5/29

袱紗を賜ったことを嬉しそうに発表?  
わたくしはその当時に在籍していた人間ではないので微妙なアヤというものをなかなか理解できないでいるが、若手僧侶を名乗られる方々も同じことがいえるのではなかろうか?
猊下から袱紗を賜ったことを浅井先生は嬉しそうに発表したという。嬉しそうというのはどこから導き出されるものであろうか?

まず、世間の一般的な常識として、袱紗を賜ったことを会員(講員)に報告するのは当然であり、何ら問題ないことであろう。
そして、次がポイントだと思う。
妙信講では御供養を集めたはいいものの、どうしたわけかそれを宗門では受け取ってくれなかったのだ。ようやく四年後に決着がついた。その間、先生がどれほどヤキモキしたことであろうかと、わたくしは思う。講員もあらぬ疑念を懐いたかもしれぬ。
してみれば、嬉しそうに報告したとして不思議はなかろう。ようするに、邪義破折班文書のこのくだりは、まったく法義上の問題とは関係ないことを結びつけてしまっているように思える。


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