2005/5/31

再構築  
国立戒壇という名称にこだわりつづける以上は、現時における最新の理論を構築しないことにはいずれ通用しなくなる、というより、すでにそうなりつつあると思う。
ようするに、昭和四十年代にあった国立戒壇の放棄というのはその経緯からして如何にもだらしがない、顕正会のほうが筋が通っている、ということだったとしても、そもそも国立戒壇とは何ぞや、という基本にたちかえって説明できなければ意味がないのだ。御書にそのままの名称がない以上、時の猊下が国立戒壇の呼称を禁止した、そして今もそれが踏襲されている以上は、国立戒壇は使わないのが筋なのである。

これもタラレバの話であるが、平成十年に顕正会は御遺命守護の完結を宣言した、この時点で国立戒壇に終止符を打つという選択肢はあったのではなかろうか?
つまり、創価学会の国立戒壇放棄は世間の批判をかわすために大事の御遺命を引っ込めてしまったという印象がぬぐえないので妙信講は異義を唱えた、しかし、今は国立戒壇の名称にこだわる必要はなくなった、ゆえに・・・という展開である。


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