2005/6/23

妙信講作戦  
浅井先生の著作に必ず掲載されているのが妙信講作戦であるが、このメンバー表に出てくる「阿部」は日顕上人であると先生は断定している。

これについて宗門側ではどのように反論しているのであろうか?

阿部という姓名はめずらしいものではない。当時の創価学会は八百万人を豪語していたわけだから、その中に阿部姓の会員がいてもおかしくはない。ただ、あの妙信講作戦に名前を連ねているのはそうそうたる大幹部ばかりである。はたして学会幹部の中に該当する「阿部」がいるものかどうかと考えると、どうやらいそうもないのである。
また、現在の状況からすれば、創価学会が日顕上人をかばう必然性はないわけであり、学会側から、あの「阿部」は日顕上人であるという証言が出ないとも限らない。

それはさておき、この妙信講作戦というのは、作戦そのものではない。
いちばん不自然に思えるのは表題のすぐわきに、(S47.3〜S52.5)と記されていることである。まさか、作戦開始の時点で終了予定を決めていたわけではあるまい。普通に考えれば、これは事後報告的な文書である。つまり、昭和五十二年五月の時点で作戦を終了ないし打ち切らざるを得ない事情が出来して、その後に記録されたものだと考えるのが自然であろう。
ただ、あれだけ細かい記録を記憶だけで書けるものではないだろうから、元の資料が存在するのかもしれない。作戦にしても、もっと具体的なことが記されたものがあるかもしれない。

もしそれらの資料が存在するとして、いずれは陽の目を見るのであろうか?


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