2005/6/26

もともと拳銃には弾が一発しか入っていない  
こういう理屈はあると思う。

ようするに大将ひとりを仕留めるだけしか用意がない。その一発を使ってしまうと後がない。つまらん相手にぶっ放すわけにはいかない・・・という理屈である。

しかし、宗門では法論する気がない。事実上、法論は不可能である。そうすると、どうなるのか?

まさか先生は、弾を打たずに終わらせるつもりであろうか?

どうせなら、大草講頭に一発お見舞いしてあげたらどうかと思う。


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