2005/8/3

引き続き正信会関連の話題  
下記は新潟県大会での浅井先生の講演である。

「この開目抄のお文字ですが、四百余篇の御書の中で最も気魄に満ち、堂々たるお文字だそうです。いま御真蹟はありませんが、御真蹟が存在した当時拝見した者の記録が、残っているのです。一文字が三センチ四方の堂々たるお文字。大聖人様の天馬空を行くような雄渾のご筆跡が、瞼に浮んでまいります。」(顕正新聞第1001号)

この「御真蹟が存在した当時拝見した者の記録」というのは何を指しているのか、ご存知の方がいればご教示ねがいたいと思う。

山上弘道氏の論文には、日乾目録に記録されている報恩抄や撰時抄の紙数と開目抄の紙数を比較して、「あるいは表裏に書かれていたかもしれないし、もしくは通常より小さな字で書かれていたことになるだろう(取意)」とある。

もし浅井先生のいう「記録」がそのとおりなら、わざわざ山上氏がこのような推論をする必要はないだろうと思うのである。山上氏ほどの人物が資料を見落としているとは考えにくい。そうすると先生の話は何だったのかという疑問が湧いてくる。そこで出典を知りたいと思ったのである。


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