2005/8/26

法義論争が原点  
ナレーションの「汚名挽回」が気になったのは、用法の不適切だけのことではなかった。

あの大阪法論は顕正会が名誉挽回のために申し入れたものではなく、当時大阪方面を担当していた隊長が妙観講側の詐術に引っかかって法論の約定書に署名捺印してしまった、という経緯があったと記憶している。確か法論のための文書に署名捺印したのではなく、別件の署名捺印だったものを妙観講側が法論の約定にすり替えてしまったのだと思う。そして顕正新聞には、それが有印私文書偽造にあたるむね、書かれていたはずである。

しかし、そんなことは今さらどうでもいいことである。問題は法義論争の中身である。例えば、妙観講ビデオにも出てくる顕正新聞の御遺命守護特集号の中で、先生は大坊棟札に論及している。ようは日達上人がこの大坊棟札を偽作であるとしたことに反論しているのだが、すべて論じ尽くしたわけではなかった。いずれ詳しく破折するといいながら、すでに十七年もの歳月を経ているにもかかわらず、沈黙したままなのである。

まあ、しかし、ややこしい話である。
持ち主が偽物だと認めているものを、外部の人間が本物だと主張しているのである。このねじれ現象をどう考えればいいのであろうか?
ともかく内部で偽物というものを外部から本物であると論証するのは至難の業である。

この際、大坊棟札を顕正会にくれてやったらどうかと思う。


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