2005/9/30

「目ざめよ!」誌から  
第一に、自分の部屋で独りきりでインターネットを使わないでください。もしそうするなら、知らない都市の暗い通りを独りで歩き回って自ら災いを招くようなものです。コンピューターは、家族の皆の目に触れる場所に置きましょう。
第二に、どんなサイトを見るか、なぜ特定のチャットルームにアクセスする必要があるかなどを親に説明し、親と良いコミュニケーションを取るようにします。
(以下省略)

つい先だってエホバの証人がきて、「ものみの塔」と「目ざめよ!」を置いていった。
昔だったらこんなものは受け取らなかったし、仮に受け取ってもすぐにゴミ箱へ放り投げていたものだが、今は大事に取ってある。もはや顕正会員失格であろうが、偏向・無知をいましめる意味で、ひととおりは目を通しておこうと思っている。

さて、上記の文章はずいぶんと一般向けの記事に見える。ようするに、子供を有害サイトから守ろうという趣旨の文章と言えるだろう。だが、全文読めばそうではないことがわかる。端的な一文を次にあげておこう。

「僕は、エホバの証人と思っていた人たちとチャットをしていました。でもそのうちに、幾人かがエホバの証人の信条にけちをつけ始めたんです。やがて、その人たちが実は背教者だということが分かりました」

顕正会的に表現すれば、魔に誑かされて退転させられる危険があるからチャットはするな、ということを言いたいらしいのである。

どうやらカルトと目される教団には共通する点があるようだ。なるべく外部の情報を遮断して内部だけの情報で教育していく。いわば純粋培養を目指しているのだろう。
しかし、はっきり言って、そういう育て方ではひ弱な子供しか育たない。いざという場面で脆さが出てしまうのである。

エホバの証人に破邪顕正という概念があるのかどうか知らないが、顕正会はまさに破邪顕正の団体のはずである。
であるならば、都合の悪い情報を隠匿するのではなく、それに堂々と立ち向かっていかなければならないだろう。

ここが分かれ目である。

カルトと目されると書いたが、わたくしは顕正会をカルトとは思っていない。ただし、ここが分かれ目なのである。今後、カルトの道を突き進むのか、それとも本来の正宗信仰に戻っていくのか、このひとつの試金石がインターネットへの取り組み方なのではあるまいかと思う次第である。

2005/9/29

週刊新潮掲載の櫻井論文  
9月29日号の島田論文についてはすでに書いたが、実はそのすぐ前のページに櫻井よしこ氏の論文が載っている。

タイトルは、

アジアの「嫌われ者」は中国だった

である。

おそらく顕正会員が読めば思うだろう、浅井先生と同じことを言っている、と。

顕正会員にとっては、けっこう親和性のある記事に違いないが、よく読むと顕正会批判とも取れる記述があることに気づくだろう。

中国でもインターネットは盛んであるらしいが、なんと中国当局はサイバーポリスなるものを五万人も配備して、ネット上に飛び交う情報を監視しているというのだ。

そして櫻井氏は次のごとくに言う。

両方の情報を与えれば国民は自ら悟る。片方の情報しか与えない場合、国民は偏向し、無知となる。
中国当局は都合の悪い情報を遮断することで、自らの立場を正当化してきた。権威を保つためには歪曲情報も国民に与えてきた。典型が教育における情報の取捨選択だ。



顕正会員は顕正会サイドの情報しか知らない。顕正会ではインターネットすら忌避する傾向にあるので、これはうっかりすると中国よりも始末が悪いかもしれない。

まさに、会員は偏向し、無知となる。

はたして、こんなことでいいのだろうか?

昨日、あらゆる面で遅れているのが顕正会と書いたが、もしも愚民化政策みたいなことを考えているのであれば、完全に時代遅れであり、そんな手法がいつまでも使えるものではないことを知るべきである。
わたくしはこの際、むしろ積極的にインターネットの活用を研究すべきではないのか、ということを浅井先生以下顕正会首脳部にうったえたいのである。

2005/9/28

中途半端のホームページ  
巌虎独白を知るほどの者であれば、顕正会の公式ホームページの存在は先刻承知のことであろう。

これは昨年の四月、諫暁書出来とほぼ同時に立ち上げられたものである。そして資料室なるものが出来て、高校生大会や幹部大会、そして九月度・十月度の総幹部会での先生の指導が全文掲載され、徐々にボリュームが増していくものと思われたのであるが、どうしたわけであろうか、そこでピタリと止まってしまったのである。

今もホームページは存在する。だが、事実上、開店休業状態である。一体どうなっているのであろうか?

わたくしが思うに、どうせなら過去の冨士であるとか顕正新聞掲載の先生指導を片っぱしからテキストデータ化していくべきが、ホームページの使命であろうはずなのである。ようは、復刻版であるとか、いわゆる書籍化することは会員の負担になるわけで、それこそ金儲けであるとの批判を浴びてしまうことになるわけだが、このホームページというのは不思議なもので、もちろんその労力は馬鹿にならないとはいえ、ともかくそれ以外にはほとんど経費が掛からないのである。
つまり、これは活用の仕方によってはものすごい革命的な効果をもたらす可能性を秘めているのである。ゆえに、あらゆる企業ないし個人までもがこれをなんとかモノにしようと努力しているのである。当然、顕正会にしたって、このサイトを立ち上げたということは、そのような目論見があったからこそではなかったのか?
そうであるならば、なぜにまったく更新されないのか?
これがわからない。

顕正会では、戦いが遅れている、ということを組織の中でよく言うのであるが、あらゆる面で遅れてしまっているのではあるまいか? とわたくしには思えてならないのである。

2005/9/27

男子部幹部大会  
そういえば、男子部幹部大会について、何も書いていなかった。

実は書くことがないのである。
なにしろ大会には行っていないし、ビデオ放映にも出ていない。結局、顕正新聞の特集号だけしか情報がないので、つまらないことを書くことになる。

前に改悛の情改悛=退転か?を書いた。
わたくしの予想では、今度の大会で逮捕者のどちらかが登壇するものと思っていたのである。ところが登壇していない。
これはやはり退転したと見るべき・・・というか、そのように見なされても仕方がないだろう。不当逮捕を主張するならば、逮捕された本人がそれを言うべきはずである。しかし、改悛の情ということは少なくとも警察ないし検察に対してはそのような姿勢を見せたわけであって、それゆえに起訴猶予にもなったのであろうから、まさか大会というおおやけの場所で正反対の主張をすることはよほどの厚顔でなければできない話である。

さて、先生の指導であるが・・・わたくし自身はあまり響かなかった。おそらくキャリアの長い人は、先生の指導に新鮮さを感じないだろうと思う。けれども初心者はどうか、である。この辺がわからない。ようするに、こうした大会を機として発心するというケースが少なくないと言われているのであるが、先生の指導が初心者にどう響くか、それがわたくしにはまるで見当がつかないのである。

2005/9/26

週刊新潮掲載の島田論文  
大型書店にてようやく購入できた。

末端会員のわたくしが言うのもなんであるが、島田氏の記事はよく書けていると思う。
掲示板上では期待はずれとの書き込みが目立つ。それは週刊誌の性質を無視した身勝手な感想というべきものだろう。ようするに、顕正会の認知度は今もなお低く、一般人にはなじみのないものであるから、いきなり専門的なことを書いても読者には甚だ不親切というものだろう。今後、注目度が増すにつれて、記事の内容もより深化していくものと思われる。
もっとも、注目されるかどうかといえば、あるいは顕正会はこの程度が限界なのかもしれない、というのが島田氏の結論なのかもしれないが・・・

日本では、宗教的原理主義が問題になることは少ないが、顕正会は例外的なのかもしれないのである。

とのすぐ後で、

彼らを宗教的原理主義の集団としてとらえるのは、かえって事態を正確にとらえたことにならないのではなかと思えてくる。

というのは、いまだ顕正会というものをはかりかねているというか、研究不足というか、顕正会を認識するためには、もう少し時間が必要なのだろうと思う。

顕正会の信仰が、会員たちの心の深い部分には届いていないということを意味している。

顕正会の信仰は、どうもそこまでの深さをもってはいないようなのである。

この辺は、ある意味では的を射ていると思うが、「どうも〜ようなのである」という表現からしてもわかるように、いまだに顕正会をつかみきれていないことは明らかであろう。

いずれにしても、ようやく世間に注目されるようになったのが顕正会であり、顕正会サイドとしては、いよいよこれから、という気持ちなのであろうけれども、はたして本当にこれから飛躍できるのかといえば、依然として障壁のほうが大きいように思えてならない。
これが正法たるゆえんといえば体裁は繕えるのであるが、ともかく未来のことはわからない。

2005/9/25

顕正会破折掲示板  
昨日の朝、近所のコンビニへ週刊新潮を買いに行ったら、すでに売り切れだった。
確か木曜発売だと思ったが、わずか二日で売れてしまうものなのだろうか?
このところ週刊誌など買ったことがないので、そういうこともわからない。

結局、いまだにその記事を読んでいないのであるが、気になってしょうがないので、ネットでいろいろ調べていたところ、面白い投稿を発見したのだった。

いちおう、URLを書いておかないとマズイだろう。

http://hpcgi1.nifty.com/imei/raib.cgi?md=ov&no=3980&pn=3976&ln=11

この掲示板はおそらく、顕正会員でネットに親しんでいるような者であれば、よく知っていることだろう。

2005/9/25

某掲示板より  
週刊新潮の記事はすぐに購入してみましたが、一読してガッカリでした。そもそも島田氏は宗教研究家という割りには、あのオウムを取材していたのに危険性を全く感じなかったような人物です。ですから著者名を見てあまり期待していませんでしたが、予想通りの貧弱な内容でした。冒頭部分では「創価学会も恐れる過激な原理集団」とか「大会はいつも満杯」だとか「既存団体が停滞する中、特に関東地方で教勢を伸ばし若者に広がっている」と顕正会拡大の脅威を書いているのですが、後半になると「大会は拍子抜けするほど整然としていて」「盛り上がりには欠け熱狂的ではない」「拍手するだけ」「理路整然、おもしろみがない」と恐らく次回の幹部会では浅井が引用して爆笑するようなことがかいてある。そして何の根拠もなく「これから大きく拡大していくとは思えない」とか「創価学会にはなりえない」と決めつけている。変な文章です。一番変なのは、最後に「社会の中でのし上がっていこうという意欲をもたない若者が増えた現代では人間臭さを感じさせない底の浅い宗教しか拡大していかないのである」という結びである。この結びだと、「拡大していくとは思えない」=顕正会は「人間臭さを持った底の深い宗教」なのか?ということになってしまうのである。また、逆に「底の浅い宗教」が顕正会を指しているのなら、創価学会は「人間臭さを持った底の深い宗教」だということになり、創価学会を賞賛する記事と言うことになる。週刊新潮は反学会と思っていたが、自民公明圧勝で、御機嫌取りの記事を掲載したのか?と疑いも出てくる。一方の浅井側としては、顕正会を非難する記事かと思いきや、後半では「理路整然」「熱狂的ではない」と逆に真面目な教団というイメージの記事ともいえ、宣伝になると喜んでいるだろう。たぶん次回幹部会ではこうなる。「いーですか、この島田という人は恐らく学会に依頼されたんでしょうねえ、何とか顕正会の悪口を書いて欲しいと。そこで原稿を書きはじめたのでしょうが、いざ何か悪口を言おうと顕正会員を取材してもビデオを見ても全然ないんですね。だからこう書いた、拍子抜けするほど整然としている!(爆笑)。浅井は校長先生みたいだと!(爆笑)全然悪口になってないんです!(爆笑)そりゃそうでしょう、日蓮大聖人の御遺命をただ一筋に信じ、けなげに折伏を行っているのは顕正会だけ。だから変な宗教学者が学会の意向を受けて唯一正しい顕正会を批判しようにも結局出来なかったということなんです」と。浅井の話に「おほほほ・・・・・」と加藤総合女子部長の甲高い笑い声が響き渡るのは間違いない。

2005/9/24

初歩的な問題提起  
須弥山は上下十六万八千由旬の山なり。何れの山か肩を並ぶべき。法華経を大日経に劣ると云ふ人は、富士山は須弥山より大なりと云はん人なり。

この御文の意味は明瞭である。

すなわち山の譬えをもって諸経(ここでは大日経)と法華経の勝劣を判じているわけであるが、図示すれば次のごとくなるだろう。

  須弥山>富士山
  法華経>大日経

富士山といえば、顕正会員ならば誰しも一期弘法抄を想起するのではあるまいか?

富士山に本門寺の戒壇を建立すべし云々。

しかし、どうだろう? 先の聖愚問答抄での用法とはかなり趣きが異なるという印象を受けないだろうか?
つまり、聖愚問答抄では法華経を須弥山になぞらえ、大日経を富士山に当てているのである。申すまでもなく須弥山が勝であり、富士山が劣である。
あえてイヤラシイ書き方をすれば、富士山=劣に戒壇を建立せよ、ということになる。
どうせなら、須弥山に戒壇を建立すべきではないのか? あるいは霊鷲山か?

今の顕正会幹部でこの問題にすらすらと答えられる者がどのくらいいるのだろうか?

これはまだ初歩的な問題である。
さらに先がある。富士山は通称であって本当は大日蓮華山というそうである。これを聖愚問答抄に当てはめると、大日経=大日蓮華山となる。わたくしは「大日蓮」ないし「日蓮」という意味で捉えていたが、読みようによっては「大日(如来)」+「(八葉)蓮華」の山ということになる。
そして不動・愛染感見記には、大日如来から嫡々相承を受けた意味が記されている。

はっきりいって、これはわたくしにもさっぱりわからない。

2005/9/23

御書学習の手引き  
顕正会員は御書を持っていないでしょ・・・ということをよく言われる。あの樋田ビデオでも法華講側のギャラリーからそのような発言があった。

顕正会版の御書全集は存在しない。ただし、巷間流布されているところの御書を代用・・・といったら語弊があるが、ともかく学ぶ気があれば学会版でも何でもいいから入手して、学ぶことは可能である。
ましてや今はインターネット上に、すべての御書が存在するのである。

わたくしが利用させていただいているサイトを紹介しておこう。

nb資料室

49人目

テキストデータ化されていることのメリットは、検索機能が使えることである。

例えば、「戒壇」という語句を検索に掛けると、瞬時に答えが返ってくる。昔であれば、御書を最初から最後まで入念に読み込んで、ひとつずつ拾っていくしかなかった。今はコンピュータが勝手にさがしてくれるのである。

ただし、デメリットもある。
例えば、顕正会員のよく知る「本未有善」という語句を検索しても、上記の二つの御書ファイルからは拾うことができない。そうすると、御書にこの語句は存在しないことになるが、そうではないのである。本未有善と本已有善は唱法華題目抄や曾谷入道許御書などに存する。なぜ検索できないかは、原文を確かめられたい。

また、データの入力ミスということがある。
例えば、聖愚問答抄に「富士山」という語句がある。ところが、nb氏の御書ファイルでは「富士山」で検索しても聖愚問答抄にはたどり着かない。

須弥山は上下十六万八千由旬の山なり。何れの山か肩を並ぶべき。 法華経を大日経に劣ると云ふ人は富土山は須弥山より大なりと云はん人なり。 第三は星月の譬なり。諸経を星に譬へ、法華経を月に譬ふ。月と星とは何れ勝りたりと思へるや。

nb氏のファイルでは、「土」になっている。これでは検索しても出てこないわけである。
もしかしたら「富土山」に何か重大な意味があるのかもしれないが、普通は「富士山」であろうから、これは入力ミスだと思われる。

検索機能の最たるデメリットは、横着になるということだろう。うっかりすると、御書の拝読を怠るようになりかねないのである。これは危ない。
しょせん検索できるのはごく表面的な字面だけなのである。「文の底」までは検索できない。いや、これは飛躍かもしれないが、文の底とは言わないまでも、文章の意味するところ、大聖人が言わんとするところは、全体の文脈から拝していかなければわからない。検索機能は全体の文意までは教えてくれない。ゆえに、御書の拝読を基本として、検索はあくまでその補助手段として活用すべきであろう。

偉そうなことを書いているが、これはわたくし自身がつねに心掛けていることである。

2005/9/22

報恩抄の対校  
謗法はあれどもあらわす人なければ王法もしばらくはたえず国もをだやかなるににたり。

謗法はあれどもあらわす人なければ国もをだ(穏)やかなるにに(似)たり。


またしても学会版と平成新編の比較である。

昔、妙信講時代に御書の十大部を一冊にまとめたものがあった。といっても実物を見たことはない。わたくしが入信してより現在に至るまで、顕正会版の報恩抄は頒布されていないと思う。

それでは先生の講演などでの引用はどうなっているのだろうか?

はっきりしているのは、諫暁書の135ページである。
それから、「学会・宗門抗争の根本原因」にも、271ページと337ページに同一文がある。

謗法はあれども、あらわす人なければ国も穏かなるににたり


撰時抄では学会版に脱漏があったわけだが、こんどはその逆である。平成新編のほうが脱漏している。しかし、他門の御書を調べると、平成新編と同様に「王法」云々がないのである。
ようするに、学会版にある「王法もしばらくはたえず」は御真蹟に存するのかどうか、これが問題である。もし、あるならば平成新編ないし浅井引用ないし他門御書の脱漏となるが、それは考えにくいだろう。しかし、そうすると、学会版は・・・というか日亨上人はこの御文をどこから引っ張ってきたのだろうか?

さて、それはここで結論の出ることではないから置くとして、わたくしは表題に対校と書いたのだが、なにも御書を一字一句読み比べているわけではない。
たまたま気がついただけである。
実は昨年の四月十一日の日曜勤行では、浅井主任理事がこの御文を学会版で拝読しているのである。いや、誤解があるといけないので言い直す。わたくしはその頃、日曜勤行から帰ってくると必ず平成新編でその日の拝読御書を確認することにしていた。テープなどは録っていないので、記憶だけで探すのである。当該御文はすでに承知していたので、難なく御書のページにたどり着くことができた。がしかし、どうも主任理事の拝読と御書の一文が一致しないような気がしてならなかった。で、すぐにわかった。学会版の御書と一致することがわかったのである。

これはけっこう重要なことである。

というのは、諫暁書が出来したのはその翌週のことである。
先に示したとおり、先生は平成新編に準拠した引用・・・といっても、「学会・宗門抗争の根本原因」は平成新編よりも先行するわけだがそれはまた別の問題であるから置くとして、ともかく学会版とは異なる引用をしているのである。つまり、わずか一週間ばかりで引用御文に齟齬が生じてしまっているのだから、これは誰だって気がつくのではあるまいか?

厳密には、すでに諫暁書の草稿じたいは出来ていただろうし、主任理事クラスであればそれを読んでもいたことだろう。
であれば、諫暁書の表記どおり、つまり先生の引用どおりに拝読するのが筋ではなかったかと思うのだが、主任理事はそうしなかった。

もっといえば、先生じたいが学会版の引用を行ったことがあったのではあるまいか?
残念ながら、記憶がおぼろげなので断定できないが、もし時間に余裕のある方は、顕正新聞などをよく調べていただきたいと思う。


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