2005/9/18

「主人咲み止めて曰く」をめぐって  
八月度総幹部会において浅井先生は、案に違わず先般の逮捕事件に言及している。
逮捕された幹部二名の行為が監禁罪に当たらないことを縷々説明する中で、次のようにも言っている。

そりゃあ、折伏されて、反発の心を起こすことはあるかもしれない。そのとき、「もう少し話を聞きなさい」といって引き止めたとしても、それは社会通念上ごく普通のことで、何の問題もない。

ようするに、口で引き止める分には問題ないということらしい。
この辺の判断はよくわからないので置くとして、わたくしがひじょうに気になったのは、ここで立正安国論を引用していることである。

主人はにっこりと笑って、帰らんとする客を止められて云われるには・・・

大聖人様はにっこりとお笑いになり、「まあ、待ちなさい、まずそのわけをお聞きなさい」と止め給うたということです。

わたくしは、この御文を「主人、咲みを止めて曰く」ではないかと思っているのだが、どうなのだろうか?
ようするに、ここまでの主人はずっと咲みを湛えて客に語りかけていた、しかし、客の迷妄甚だしきを見て、一筋縄では行かないことをさとり、表情を引き締めた・・・つまり、咲みを止めるというのは顔を引き締めることではないのかと。

ちなみに、立正安国論謹講の通釈では、

主人は莞爾(かんじ)と笑(えみ)をたたえて、憤り帰らんとする客を止(とど)めていわく。

となっている。

また、法華講員のサイトに掲載されている口語訳は、

客が怒って帰ろうとするのを主人が笑みを湛えて、客を引き留めて言った。

であるし、さらに日顕上人の御指南は、次のごとくである。

これはまず主人が微笑しつつ「そんなに怒らずに、もう少し私の話を聞きなさい」と言われるのであります。

つまり、わたくしの読み方が間違っているということになる。

おそらく立正安国論全体の意味から考えて、この部分の読み方がどちらであってもそれほど問題にはならないのであろう。法義上の重要な争点になるようなことではないので、あるいはわたくしの読み方でも「別に構わない」という意見もあるかもしれない。

「主人、咲みを止めて」と読むのか?
「主人は咲み、(客を)止めて」と読むのか?

自分の感性を信じるならば前者なのであるが、どうも少数意見というか、他にわたくしのような読み方をする人がいるのかどうか、今のところ不明である。

立正安国論現代語訳
日顕上人の立正安国論講義


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