2005/9/22

報恩抄の対校  
謗法はあれどもあらわす人なければ王法もしばらくはたえず国もをだやかなるににたり。

謗法はあれどもあらわす人なければ国もをだ(穏)やかなるにに(似)たり。


またしても学会版と平成新編の比較である。

昔、妙信講時代に御書の十大部を一冊にまとめたものがあった。といっても実物を見たことはない。わたくしが入信してより現在に至るまで、顕正会版の報恩抄は頒布されていないと思う。

それでは先生の講演などでの引用はどうなっているのだろうか?

はっきりしているのは、諫暁書の135ページである。
それから、「学会・宗門抗争の根本原因」にも、271ページと337ページに同一文がある。

謗法はあれども、あらわす人なければ国も穏かなるににたり


撰時抄では学会版に脱漏があったわけだが、こんどはその逆である。平成新編のほうが脱漏している。しかし、他門の御書を調べると、平成新編と同様に「王法」云々がないのである。
ようするに、学会版にある「王法もしばらくはたえず」は御真蹟に存するのかどうか、これが問題である。もし、あるならば平成新編ないし浅井引用ないし他門御書の脱漏となるが、それは考えにくいだろう。しかし、そうすると、学会版は・・・というか日亨上人はこの御文をどこから引っ張ってきたのだろうか?

さて、それはここで結論の出ることではないから置くとして、わたくしは表題に対校と書いたのだが、なにも御書を一字一句読み比べているわけではない。
たまたま気がついただけである。
実は昨年の四月十一日の日曜勤行では、浅井主任理事がこの御文を学会版で拝読しているのである。いや、誤解があるといけないので言い直す。わたくしはその頃、日曜勤行から帰ってくると必ず平成新編でその日の拝読御書を確認することにしていた。テープなどは録っていないので、記憶だけで探すのである。当該御文はすでに承知していたので、難なく御書のページにたどり着くことができた。がしかし、どうも主任理事の拝読と御書の一文が一致しないような気がしてならなかった。で、すぐにわかった。学会版の御書と一致することがわかったのである。

これはけっこう重要なことである。

というのは、諫暁書が出来したのはその翌週のことである。
先に示したとおり、先生は平成新編に準拠した引用・・・といっても、「学会・宗門抗争の根本原因」は平成新編よりも先行するわけだがそれはまた別の問題であるから置くとして、ともかく学会版とは異なる引用をしているのである。つまり、わずか一週間ばかりで引用御文に齟齬が生じてしまっているのだから、これは誰だって気がつくのではあるまいか?

厳密には、すでに諫暁書の草稿じたいは出来ていただろうし、主任理事クラスであればそれを読んでもいたことだろう。
であれば、諫暁書の表記どおり、つまり先生の引用どおりに拝読するのが筋ではなかったかと思うのだが、主任理事はそうしなかった。

もっといえば、先生じたいが学会版の引用を行ったことがあったのではあるまいか?
残念ながら、記憶がおぼろげなので断定できないが、もし時間に余裕のある方は、顕正新聞などをよく調べていただきたいと思う。


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