2006/1/2

「御相承の断絶」発言の記憶  
阿達正照さん、コメントありがとうございました。

思えばわたくしが本格的に顕正会批判の文章を書き始めたのは一昨年の秋であり、その舞台が貴掲示板でありました。当時はネット初心者であり、ホームページであるとかブログなどを使って自分の思いを伝えることは難しいと考えていました。さしあたっては既存の掲示板を使う以外にないと思い、まことに勝手ながら貴掲示板を使わせていただいたのでした。その意味でも今日のわたくしがあるのは、阿達氏のおかげだと感謝申し上げるものであります。

さて、今日も引き続き「摧破す」です。

かかる血脈否定の悪言こそ、汝がいかに指導者を装っても、その内面にあるものが信心皆無の邪な本性であることを露呈しているのである。その背景は、平成十年の正本堂からの大御本尊御遷座に伴い、池田創価学会が、日達上人から日顕上人への血脈相承を否定したことにある。その尻馬に乗ったものが汝の発言である。

これはちょっと意外だった。
わたくしは創価学会の動向をほとんど知らない。というか、顕正会員は宗門のことも正信会も創価学会もよく知らないのだ。わたくしも数年前にインターネットを利用するようになって、それから何もかも学んだようなもので、それ以前はずぶの素人だったのである。
創価学会が血脈否定を始めたのはもう少し前のような気がしていたけれども、破折班がいうのだから間違いなく平成十年の御遷座以降のことなのだろう。
おそらくそれ以前からそれらしいことは言っていたのかもしれないが、そのものズバリ・明確に血脈否定をしたのが平成十年ということだろうと思われる。

しかし邪義破折班の、池田創価学会の尻馬に乗って顕正会も血脈否定に走った、というのは下野正信氏と見解を異にするものである。下野氏は、自分の著作に衝撃を受けて例の断絶発言をしたと捉えている。これはどちらが本当だろうか?
あるいはどちらも本当なのかもしれない。つまり複合的な要因である。

そもそも浅井先生といえども、これほどの大それた発言はそう簡単にできるものではない。最終的な引き金が何かはわからないにしても、さまざまの要因が積み重なってのことだとは考えられる。

わたくしはいわゆる本部指導会の断絶発言をテープで何回となく聴いたものである。今でもはっきり憶えているが、先生には逡巡があった、「御相承の断絶」を言う直前にしばしの逡巡があったのである。そして「ごそうじょうのだんぜつであります」にしても、ようやく声を絞り出すようにして、やっとの思いで発言したように感じられたものだった。また聴きようによっては、やや震えを帯びたような響きにも聴こえたのである。

おそらくこれ以降に入信した人には信じがたいことだろう。
もちろんこれはわたくしの主観的な聴き方であって、他の人がどのように聴くかはわからない。
もしテープをお持ちの方は、もう一度聴きなおしてみられるとよい。


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