2006/2/22

本有の王法を探る鑰  
さすがはkane氏である。

わたくしは昨日の投稿において、少しミスを犯した。誰かに指摘されるかもしれないとは予想していたけれども、やはり御書に精通しているkane氏が指摘してくださった。

言い訳がましいことを承知で、いくつか書いておこう。
まず、引用の御書がやや長いので、どのように切るか迷っていた。わたくしが利用させていただいている御書検索では、三箇所の王法が全部いっぺんには出てこない、というか文字化けしてしまっていて、そのままでは使えない。ようするに、横着して検索だけで済ましているわけではなくて、ちゃんと原文を拝読して引用範囲を決めているのである。
もう一つの理由としては、実は今日の話につなげるつもりがあって、少し課題を残しておいたのである。・・・というのは、当ブログは今でこそコメントをたくさんいただくことができて有り難い限りであるが、はじめの頃はそうでもなかった。ほんとの独白だった。そこでネタに行き詰まらないように、わざと課題を残して置くという書き方をしていたのである。今でもその手法を使っていることは、最近の投稿をご覧いただいてもわかることだと思う。

で、今日はまさに「本有の王法=天皇」の可能性というタイトルで書こうと思っていた。
ようは、昨日の投稿では必ずしも「本有の王法」とはしていないわけであって、当時の一般的・平均的な認識が「王法=天皇」なのであろう、といったところで筆を止めたつもりだったのである。ゆえに最後に書いたことは、大聖人が皇室に厳しい眼差しをそそいでいらしたのはもしかしたら本有の王法なるがゆえなのかもしれない・・・との可能性を論じつつも、これでいいかといえば不安が残るというようなことを書いて締めくくったわけである。

そもそも浅井先生ほどの人がこの御文を見落としたとは思えない、もしかしたら切り札として残しておいたのではあるまいか? とわたくしは思ったりするわけである。

昔より今に至るまで王法に敵を作し奉る者は何者か安穏なるや。狗犬が師子を吼えて其の腹破れざること無く、修羅が日月を射るに其の箭還りて其の眼に中らざること無し。遠き例は且く之を置く。近くは我が朝に代始まって人王八十余代・・・

すなわち先生が三十八用例から漏らしてしまった御文がこれなのである。
ここでは「遠き例は且く之を置く」として、人王以前の例が示されていないことが注目される。つまり、最初の「昔より今に至るまで」というのは、まさに「久遠の昔より」という意味を含んでいるのではないのかと思われるのである。もしそうであれば、まさに「本有の王法」の有力な文証となるのではあるまいか?

ところがkane氏の指摘どおり、

又宇治勢田にむかへたる公卿・殿上人は甲を震ひ挙げて大音声を放って云はく、義時所従の毛人等慥かに承れ。昔より今に至るまで王法に敵を作し奉る者は何者か安穏なるや・・・

このような文脈になっているわけであって、これは大聖人の御言葉ではなく、公卿・殿上人のセリフなのである。ゆえに、これをもってただちに「本有の王法」の文証とすることはできない。さて、どうしたものであろうか?

ひとつの考え方として、大聖人が引用文をどのように扱っていらっしゃるか・・・つまり、肯定的な引用なのか否定的な引用なのか、ということがあると思う。例えば、未有一人得者などは否定であるし、理同事勝もそうであろう。逆に当然のことながら亦於現世得其福報・当於今世得現果報などは肯定である。
また、例は悪いが、浅井先生は創価学会と妙信講の実力差を「竹槍で戦車に向い、小舟が戦艦にぶつかる」ごとくに表現する、これなどは創価学会の実力を認めている意味では肯定になるわけである。
つまり、大聖人は公卿などが言ったとされる言葉を御引用あそばしているわけであるが、この部分に関しては肯定の意味で引用していると考えて差し支えないのではないかとわたくしは思う。

その上で問題となることは、これが世間普通の義によるものなのか、仏法上の意味を持つものなのか、それをどう判断するかであろう。

そのカギは遠き例である。
すなわち「遠き例は且く之を置く」として省略されている部分がカギなのだと思う。これが具体的にどのような内容であるか、それがわかれば結論が出るに違いない。

このことについての具体的な御指南を、はたして大聖人はどこかに御残し下さっているのであろうか?
残念ながら現在のわたくしには思い当たるところがない。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ