2006/3/21

浅井先生の肉筆原稿の価値  
先日、顕正新聞編集部の質を問うを書いた。

顕正新聞の第1027号には二月度総幹部会の記事が載っていて、当然、浅井先生の講演も全文が掲載されている。ところがそこに数々の誤植(?)があるのだった。

その典型例が「つくずく」である。

ところがその翌号にまたもや同じミスが発見された。

二月度総幹部会の席上、浅井先生は
「顕正会には『有り難い』の三文字と『広宣流布』の四文字の純粋な信心みなぎるゆえに、大聖人様がこの功徳を下さるのだと、私はつくずく思っている」
と述べられましたが、


これである。
自分が間違っているのであろうか? ちょっと自信がなくなりかけているが、これは「つくづく」が正しいはずで、「つくずく」は間違いのはずなのである。

ようするに、ここでは婦人部のある幹部が先生の講演を引用しているわけであるが、婦人部班長会が行われたのは先月の二十八日であって、まだその時点では顕正新聞第1027号(三月五日号)は出来していないわけだから、同新聞から引用したわけではないことになる。つまり、この婦人部幹部は自分で先生の講演をテープなどから書き起こしたのであろう、その上で「つくずく」と書いているわけである。

あるいは顕正新聞の編集者がこの幹部の原稿を書き直してしまったのであろうか?

もしそうだとしたら、これは何を意味するのか?

もしかしたら「つくずく」に重大な意味があるのかもしれない。
しかし、国語辞典には載っていないのである。ゆえに、間違いであることは間違いない。

そうすると、ようは浅井先生の原稿そのものに、すでに「つくずく」が存するのかもしれない。先生は絶対である。先生の原稿を直すことは許されない。たとえ間違いであっても訂正してはならない。誤字であってもそのままで貴重なのである。

・・・そんな馬鹿なことはあるまい。

これでは御書と同じではないか・・・まさか顕正会員は・・・本気でそれくらい価値があると思っているのだろうか?

2006/3/20

国主国宰についての私見  
トチロ〜さんに質問を申し上げたところ、懇切なる回答をいただきました。

トチロ〜氏の回答

ありがとうございました。

ご指摘のとおり、大聖人は国主をいろいろの意味で御使用になられていて、「仏は三界の国主」という御文もあるくらいですから、まさに「所対によって不同」ということなのでしょう。
ですから、その文脈でもって判断する必要がありますし、また、ひとつの御文であっても二重三重の意味を兼ねている場合もあるでしょうから、簡単ではないですね。
以下は普段どおり、独白でやらせていただきます。

立正安国論に「国主国宰」の御文を拝するが、先日はこれを天皇と執権に当てはめた。ようはこれが原意だろうと思うのだ。

では、現代においてはどうか?

わたくしは天皇と首相だと思っている。
現在でも首相のことを宰相と呼ぶことがある。それほど特殊な表現ではなく、けっこう使われているはずである。どうやら古くからある言葉らしく、昔の中国において天子を補佐して政治を行う最高の官職が宰相だったそうである。
であれば当然に、大聖人もそれを御承知であられたであろう。

ようするに、わたくしは今も昔もそれほど変わっていないと思っているわけで、国主国宰の原意は天皇とその輔弼ということになる。

立正安国論では主人と客の問答になっていて、国主国宰は客の言葉なのである。よってまず客がどのように思っているかが問題となる。
主人=大聖人、客=北条時頼だとすると、ここでの国主国宰に時頼は当てはまらないと思う。文字どおり時頼は旅客であって国主国宰ではない、そういう語り口になっているのではないか? 実際問題として、時頼はこの時すでに執権職ではなかったのだから、つじつまはあっているのではなかろうか?
そして例の「国」の表記である。かたや王であり、かたや民である。旅客の目から見て、執権は王に見えたであろうか?
わたくしは否だと思う。

もうひとつの理由は、勅宣・御教書が出てくることである。
これは主人すなわち大聖人の言葉であるが、そもそも主人の言葉も客の言葉も大聖人が御書きになられているわけであって、この整合性からすれば国主国宰の意味するところも自ずと決まってくるのではないか?

可能性として、勅宣の意味をどのように拝するかが問題になるかもしれない。
先の国主の意味みたいに所対によって違ってくるのだとしたら・・・例えば執権が勅宣を発布するとか、もしそのような意味が見出されるのだとしたら、これはわたくしとしても認識を改めないといけない。
まあ、そういうことはないだろう、勅宣の意味は世法上では天皇にしか使われないし、少なくとも大聖人の用語例では他にないと思う。

そういうわけで国主・国宰の意味は、勅宣・御教書が出てきたところで確定するのだと思う。
仮に客の認識が違っていたとしても、主人によって勅宣・御教書の言葉が出された時点で、いわば客の認識は訂正されたことになるはずだからである。

さらに、御晩年の三大秘法抄にも勅宣・御教書が拝されることを思い合わせれば、なおさらのことではなかろうか?

2006/3/19

大聖人は好戦的だったか?  
かゝる時刻に日蓮仏勅を蒙りて此の土に生まれけるこそ時の不祥なれども、法王の宣旨背きがたければ経文に任せて権実二教のいくさを起こし、忍辱の鎧を著て妙教の剣をひっさげ、一部八巻の肝心妙法五字のはたを指し上げて、未顕真実の弓をはり、正直捨権の箭をはげて、大白牛車に打ち乗って権門をかっぱと破り、かしこへをしかけこゝへをしよせ、念仏・真言・禅・律等の八宗・十宗の敵人をせむるに、或はにげ、或はひきしりぞき、或は生け取りにせられし者は我が弟子となる。はせめ返し、せめをとしすれども、敵は多勢なり、法王の一人は無勢なり、今に至るまで軍やむ事なし。法華折伏破権門理の金言なれば、終に権教権門の輩を一人もなくせめをとして法王の家人となし、天下万民諸乗一仏乗と成りて妙法独りはむ昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱へ奉らば、吹く風枝をならさず、雨土くれをくだかず、代はぎのうの世となりて、今生には不祥の災難を払ひて長生の術を得、人法共に不老不死の理顕はれん時を各々御らんぜよ、現世安穏の証文疑ひ有るべからざる者なり。

如説修行抄の有名な一節である。

大聖人は一見すると好戦的である。それは上掲のような御文が存するからであろう。いわゆる摂折論争でも如説修行抄が問題となっている。
だが、誤解してはならないことは、いわゆる武力闘争的な意味で好戦的なのではないということだ。あくまで譬喩表現の範疇で使われていることに留意しないといけない。

権実二教のいくさ、忍辱の鎧、妙教の剣、妙法五字のはた、未顕真実の弓、正直捨権の箭・・・

数日前にコメントをくださった方は、四十九院申状の「国主此の法を用いて兵乱に勝つ可きの秘術」を読んで、なにやら核ミサイルのようなものを想像していたようであるが、あるいは如説修行抄を読んでもそのようなイメージを懐くのであろうか?
武装している戦士の姿が思い浮かんでくるとしたら、それはそれで想像力が豊かな証拠かもしれない。
いったい忍辱の鎧というのはビジュアル的にはどんなものだろう。さらに剣、旗、弓、矢はどんなものか? それから大白牛車というのもよくわからない。あまり戦闘には向いていないような気がするのだが・・・

少なくともわたくしにはビジュアル的にイメージすることはできない。
もしできる人がいるならば、ぜひとも画像化して発表してもらいたいものである。

なお、如説修行抄だけが御表現において突出しているわけではない。決して特殊でないことは他の御書を参照すればわかるだろう。次の二つはけっこう有名だと思う。

第六天の魔王、十軍のいくさををこして、法華経の行者と生死海の海中にして、同居穢土をとられじ、うばはんとあらそう。日蓮其の身にあひあたりて、大兵ををこして二十余年なり。日蓮一度もしりぞく心なし。

軍には大将軍を魂とす。大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり。

最初のが文永十年の弁殿尼御前御書で、もうひとつが建治元年の乙御前御消息である。
いずれも対告衆が女性である。はたして女性向けの御指南と言えるのか?
四条殿あたりに宛てた御書であれば納得できる辺もあるのだが、ようは対告衆の如何にかかわらずこのような御表現を好んであそばしたと考えるべきなのだろう。


※御書検索に誤字発見・・・本文下線は「域」となっているが、「或」が正しいだろう。

2006/3/18

大聖人は反戦主義者か?  
トチロ〜さん、コメント恐れ入ります。
国主国宰についてご解説いただきましたが、当時の一国は日本一国ではないとの意味は、いわゆる相模の国だとか駿河の国を指して一国とする、さしずめ現代では都知事や県知事などが国宰に相当するってことなのでしょうか?
そうすると、その場合の国主は天皇ではなく、首相を意味しているとお考えでありましょうか?
今一度、ご教示いただければ幸いに存じます。

以下は独白です。

又蒙古の人の頚を刎ねられ候事承り候。日本国の敵にて候念仏・真言・禅・律等の法師は切られずして、科なき蒙古の使ひの頚を刎ねられ候ひける事こそ不便に候へ。

あわれ平左衛門殿・さがみ殿の日蓮をだに用ひられて候ひしかば、すぎにし蒙古国の朝使のくびはよも切らせまいらせ候はじ。くやしくおはすならん。

蒙古使御書と兵衛志殿御書である。

先日来、和平にこだわって書いてきたけれども、いちおう上掲の御文がその根拠のつもりである。

大聖人は好戦的である・・・などということも書いたことがあった。
しかし、それは表面上のことであって、実は違うのだということがこの二つの御文から拝されるのではないかと思っている。

蒙古使御書はその昔、顕正会でも御書講義があった。
浅井先生は、幕府が蒙古の使者を斬首したことについて、幕府の首脳は判断能力を失っていた・・・すでに正気ではなかった・・・というようなことを言っていたと思う。これも例によって例のごとく、うろ覚えで書いているので正確ではない。どなたか講義録なりビデオなりで確認してくれるとありがたいと思う。

いずれにしても、使者を殺した時点で和平への道は断たれたわけである。
大聖人が「不便」ないし「くやしく」云々と仰せられるのは、もちろん殺された蒙古の使者に思いをはせてのことである。そして、それと同時に、幕府の対応のまずさを御指摘あそばしている御文でもある。

これをただちに第三の選択肢すなわち和平を御考えであられたとするのは飛躍かもしれない。
だが、戦争ともなれば敵味方双方から大量の犠牲者が出るだろう、ひとりの犠牲者も出さない完全勝利はあり得ない、戦勝国といえども戦死者が出る・・・ということを考えれば、たとえ敵方の使者であっても大聖人はその死を悼んでいらっしゃる、いわんや・・・であろう。

和平すなわち戦争回避であるが、その具体策は不明にしても大聖人が選択肢としてそれを御考えでいらした可能性はひじょうに高いと思う。

結論として、大聖人は一見すると好戦的であるがそうではない、反戦とまでは言えないにしても、厭戦的とは言えるのではないだろうか?

2006/3/17

広本の問題箇所  
主人の曰く 客明らかに経文を見て猶お斯の言を成す。心之及ばざる歟。理之通ぜざる歟。全く仏子を禁むるに非ず。唯偏に謗法を悪む也。汝、上に引く所の経文は、専ら持戒正見・破戒無戒正見の者也。今悪む所は、持戒邪見・破戒破見・無戒悪見の者也。夫れ釈迦之以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能忍之以後の経説は則ち其の施を止む。此れ又一途也。月氏国之戒日大王は聖人也。其の上首を罰し五天之余黨を誡む。尸那国之宣宗皇帝は賢王也。道士一十二人を誅して九州の仏敵を止む。彼は外道也、道士也。其の罪之軽し。之は内道也、仏弟子也。其の罪最も重し。速やかに重科に行へ。然れば則ち四海万邦、一切の四衆、其の悪に施さず。皆此の善に帰せば何なる難か竝び起り、何なる災か競ひ来たらん矣。

現代宗教研究所の資料集から引用させていただいた。(下線は巌虎による)
立正安国論のいわゆる広本は重複書として平成新編には掲載されていない。また全集も同様である。
ゆえにわたくしは長いこと内容を知らなかった。
上掲の下線を引いたところが平成新編には載っていない。他にもあると思うが、よく確認していない。ようはこの箇所がしばしば問題になるのである。

何が問題かといえば、大聖人を平和主義者みたいに宣伝するのは間違いである、なぜならば広本に見るごとく大聖人はかくも過激ではないか、といった指摘がなされているわけである。

確かに創価学会などは世間受けをねらって大聖人像を現代向けにアレンジしてしまっているような気がする。
ただし、そもそも立正安国論とはその題名が示すごとく、平和を実現するための書である。天下泰平国土安穏ないし国土泰平天下安穏との文言が本文中に出てくる、これを平たくいえば平和である。

ここでの主人の答えの前には申すまでもなく客の問いがある。簡単に言えば、謗法者を斬罪することは殺人罪にならないのか、ということだろう。
ゆえに、基本的には「施を止む」に止むるべきことを御指南なのである。
その上で程度の問題として、場合によっては重科に処すべきを御指南されているものと拝される。当然のこと、執行者は然るべき立場の者であって、誰もが執行できるとはしていない。

念仏者の頸を斬れ、といった過激な御指南も多数ある。
しばしば「アンチ日蓮」の人たちが持ち出してくるところであり、よく勉強しているものだなあと、わたくしなどは感心してながめている・・・いやいや、感心している場合ではないけれども、ようはこれもまた然るべき立場の人にそれを要求しているのであって、大聖人ないしその弟子・眷属がそれを実行したことはないだろうし、またそのような御指南も存在しないだろう。
ようは世法・仏法にわたって、合法的にことを処していくのが大聖人の御考えである。ゆえに過激なようでいて実はそれほどでもない。実際のところ、大聖人の御法門を正しく拝しているならば、世法的にもそれほど道を踏み外すことはない。

単純化して、大聖人を過激思想家とすると、その大聖人から事細かに生活上の指導をいだいたと思われる四条金吾殿などは、真っ先に破滅の道をたどったとも想像されるが事実はそうなっていないようである。むしろ性格的に問題があったフシの感じられる四条殿に対して大聖人は、過激思想家とは正反対のきめ細かな指導をあそばしておられるわけであって、まさに大聖人の御指導のおかげで人生の山を乗り切ったとも思われるのである。

一昨日の投稿で、和平への道などと気取ったことを書いた。

けれども大聖人ならば選択肢のひとつとして御考えでいらしたとも想像されるのである。
つまり、普通は勝つか負けるかの二択であって、当然に勝つことが要求されているわけで、そのための秘術でもあるわけだろう。がしかし、第三の選択肢という発想も大聖人ならば視野に御入れであられたに違いない、それが和平への道である。
結局、謗法すなわち念仏等の諸宗に妥協なさらなかったことがいわば盲点になっていて、われわれは二択の発想しかないように錯覚しているだけなのだと思う。

外交問題にしても、また謗法の諸宗を重科に行うことも、それらは高度な政治的判断にゆだねる他ないのである。
大聖人が国家諫暁をあそばしたのも、ひとえにこれがためだと思われる。

2006/3/16

高度な政治的判断を必要とする問題?  
富士川氏より戒法門を引用しての適切なるコメントを賜わった。

はっきり言って戒法門は難解である。
わたくしはつい先日、拝読したけれども、わからなかった。また、昨年の六月七日にも拝読していて、その時の付箋には「難解。後の本門戒壇との関係不明」と書かれている。

しかしながら富士川氏の引用した冒頭の部分はひじょうにわかりやすいし、現代感覚ともよくマッチしているように感じられるのである。

例えば「他人の妻を犯さざる戒を不邪淫戒と名づく」などはいわゆる不倫のことを指しているように読めるし、「薬酒をば飲むべし」はいわゆる酒は百薬の長と昔から言われるけど現代ではマーモットとかいう人の研究で飲酒の効用が疫学的に証明されたというから、なるほど大聖人がお酒を御飲みになられていたのはけっこう合理的な意味があったわけである。このことがすでに御年二十二歳の御述作にあらわれているのだから、すごいことだと思う。

で、富士川氏の引用するごとく、道理なき殺生を制する、一を殺して万を生かす、などはまさに道理に適っているわけであって、わたくしとしても肯定せざるを得ないところである。

一切の諸戒の中の第一は不殺生戒

去年の暮れに書いたものである。

法華経の敵に成れば此を害するは第一の功徳と説き給ふなり、・・・此等の国王・比丘等は閻浮第一の賢王、持戒第一の智者なり。

持戒第一の智者とまで仰せになられるわけであるから、ようするに破戒ではないということだろう。富士川氏の示すように、道理ある殺生を是認する御文と申し上げるしかないと思う。

問題はそのものズバリ、現代において謗法者をただちに斬罪に処すことができるのか、これについて考えないといけないのだがこれは難問だから今後の課題としたい、というのが以前の投稿だった。

そうすると、今回はいくらかでも論を進めないといけないだろう、がしかし、やっぱり難問であってなかなか先に進まないのである。

なお、今日のタイトルは自分で書いておきながら、意味不明である。

2006/3/15

一般人にはやや難解なブログだと思うが・・・  
興味があって秘術で調べていたのですが、これはどのようなものなんですかね? 数千年前にあったらしいマントラによる核ミサイルのようなものなんでしょうか?

motohiro氏よりコメントをいただいた。どういう方なのか存じ上げないが、どうやら一般人のようである。
当ブログはかなり特殊なブログであって、一般の人からコメントが寄せられることは滅多にない。そもそもが日蓮正宗系列の人しか閲覧していないであろうし、実際にコメントを下さる方はおもに法華講員なのである。

もともと独白ブログであるから、法華講員の下さるコメントに対してどのように返答すべきか悩むこともあったけれども、これまでどうにかこうにかやってこれた。
ところが今度は一般の人である。これはさらに対応が難しい。さて、どうしたものであろうか?

・・・第三の秘法今に残す所なり、是偏に末法闘諍の始・他国来難の刻・一閻浮提の中の大合戦起らんの時・国主此の法を用いて兵乱に勝つ可きの秘術なり、

はじめはmotohiro氏のコメントの意味がわからなかった。あまりにも突飛な感じがしたものである。
どうやら日蓮大聖人(もしくは日興上人)の仰せられるところの秘術とは具体的にどのようなものなのか、という質問のようである。氏はイメージとして「数千年前にあったらしいマントラによる核ミサイルのようなもの」を想起しているわけで、ようは当該御文を一般人が読むと、そのような意味に読めてしまうのであろう。

前に、大聖人は戦争肯定論者だったか? というのを書いた。

誤解を恐れずにいえば、日蓮大聖人は好戦的だった、と思われるのである。ようするに、戦争を肯定あそばした上で、戦争に勝つ秘術を大聖人は御用意であられたのだと。

まさに誤解されやすいところである。

戦争に勝つということは、相手をやっつけることであり、殺すことである。
しかし、これは五戒の第一たる不殺生戒を破ることになるから、大いなる矛盾であろう。
ゆえに、あくまで大聖人の仰せは正当防衛の意味だと理解すべきである。確かに戦争ともなれば生きるか死ぬかのせっぱ詰まった状況であり、換言すれば殺すか殺されるか、勝つか負けるか、ということになるだろう。

まさに「他国来難の刻」という非常事態である。時代状況からすれば、死ぬか生きるか、それ以外の選択肢を許さなかった。してみれば、端的に「勝つ可きの秘術」と御表現あそばしたとしても不思議はないと思う。
であるから、大聖人は侵略戦争を肯定しているわけではなくて、やむなき防衛戦争における意味での秘術を御用意であられた。

さて、motohiro氏は核ミサイルを云々している。
もしかしたら大聖人が呪術を用いて超常現象的に核ミサイルを発射させるようなイメージを懐いているのであろうか? だとしたら驚きである。あるいは顕正会員の中にもそのようなイメージを持つ人がいるのだろうか?
わたくしとしてはちょっと考えられないことである。

浅井先生はこの御文をこれまで何度も引用してきた。けれども、そのようなSFチックなことは一度たりとも言ってなかったと思う。

では具体的に大聖人の仰せあそばす「勝つ可きの秘術」とは何か?

祈禱抄には承久の乱において朝廷側が行ったとされる真言の秘法が記されている。
この意味は、これだけ大々的に真言の秘法を行ったにもかかわらず、朝廷側は負けてしまったではないか、すなわち真言は大悪法なのだ、ということだろう。
では、真言の秘法に替わる真実の秘法とは何かということが説かれなければならないが、祈禱抄では「法華経の行者の祈り」と仰せあそばすだけであって、具体的なことは御示しになっていないようである。

大聖人ほどの御方であれば、あらゆる分野に精通されていたことであろうから、もし幕府から相談があれば戦略的ないし戦術的な具体案を提示することも可能だったろうし、その意味も含まれていたかもしれない。
しかし、それは大聖人御在世のみにしか適用できないことである。また、真言の秘法のような呪術的なものにしても、大聖人は残されていらっしゃらない。

そうなると、大聖人が御残し下されたものは三大秘法そのものであって、その中にすべてが凝集されていることになるだろう、つまりは「勝つ可きの秘術」に具体案はない、あえて具体案を言うならば、三大秘法の広宣流布ということであって、仏国土の実現に他ならないだろう。

結論として「勝つ」は文脈上の表現であって、現代的には「平和」に置き換えてもいいのではないかと思う。
さらに想像をふくらませて、大聖人は「国主此の法を用いて兵乱に勝つ可きの秘術」と御表現であられるけれども、その真の意味は和平の道ではなかったかとわたくしは思ったりもするのである。

2006/3/14

ひとり漫才  
偉そうに他人の批判をしていると、案外にそっくりそのまま自分にもその批判が当てはまってしまったりすることが往々にしてあるものだ。ようは自分のことを棚に上げてしまっているわけで、まあ、大抵は気がついていないのだろう。もし気がついていながら、なおも批判を続けている人がいるとしたら、これは厚顔無恥としか言いようがないであろう。

このところ現代国語がどうのこうのと書いてきた。
浅井先生のしゃべりというのは文語的なところがあって違和感をおぼえずにはいられないことが間々あるのだけれども、とりわけ漢字の表記に現代語との齟齬がいくつか見られるわけで、「師子」や「始めて」がそれに該当する。

さらには・・・「取意」が・・・あれ?

しまった! しくじった!

左の検索窓を使って「取意」を調べてみると、なんとわたくしの文章の中に「取意」がある。しかも、単なる誤変換どころの話ではなく、ぜんぶ取意なのである。

国語辞典に「取意」はない。
ようは「趣意」のつもりでずっと使っていたのである。最初はちゃんと認識していたつもりだったけど、いつの間にか無意識に、当たり前に使うようになっていた。ようは感覚が麻痺してしまっていたのである。
これでは他人のことをとやかく言えた義理ではないだろう。

おかげで新たな発見があった。
もしやと思って平成新編御書検索で「趣意」を調べてみたところ、一件だけヒットしたのである。大聖人はもっぱら「取意」と御書きになられたけれども例外もあるのだろう・・・いや、これは間違いのようである。つまり御書検索のデータが間違っているのだと思われる。わたくしの所持する平成新編の当該部分は「取意」となっているので、ようはデータの入力ミスであろう。

申すまでもなく、浅井先生にしてもわたくしにしても大聖人の御書に倣って「取意」を使っている。これは現代国語としては問題ありかもしれないが、文字どおり「意を取る」を表意しているわけだから語義的にはけっこう適切なのではあるまいか? また、取を趣の略記と考えてもいいだろう。

そういうわけで、今後もこれで統一したいと思うがどうだろうか?

2006/3/13

折伏理論書のコンセプト  
末法、ことに広宣流布以前の謗法充満の世においては、自行と化他が車の両輪のごとく相俟って、始めて完璧なる仏法の実践となる。

折伏理論書からの引用である。

数日前に書いたように、浅井先生は「始めて」を好んで使う傾向にある。
通常、現代国語では「初めて」とするか、ひらがなで「はじめて」と書くものだと思う。
生意気を言うようであるが、わたくしは折伏理論書が出来した当初から、この部分には違和感を持っていた。それほど教養があるわけではないし、学歴もない。ようは義務教育の範囲であっても普通に国語を勉強していれば、誰もが気がつくはずだとわたくしは思っている。ゆえに新しく入信してきた人ならば、わかると思うのだがどうだろうか?

洗脳というべきかどうか、長く顕正会にいる人は麻痺してしまって気がつかないし、指摘されても何とも感じない可能性がある。

わたくしの場合は顕正会で出している書籍の何倍もの読書をしてきた。
別に宗教書というわけではない、いや、逆に他の宗教書は謗法だという意識があったので、むしろそれ以外の小説だとかエッセイ、あるいは雑学的なものをよく読んだものだった。
顕正会に入る以前から読書の習慣はあった。それゆえに、「始めて」に違和感をおぼえたわけであるし、また顕正会に入ってからも読書を続けていたので、言語感覚のギャップというものを相対化して見ることが、自ずとできたのだと思っている。

折伏理論書の初版には、「なんとか現代人に仏法をわかり易く」とのコンセプトが述べられている。だったら、「始めて」ではなく「初めて」ないし「はじめて」でもよいのではなかったか?

こんなことを検索する人はいないだろうが、平成新編御書検索で調べたら次のような結果が出た。

始めて 129件
初めて  31件
はじめて 15件


浅井先生が「始めて」を使用する理由は、大聖人の用語例に倣ってであろう。
確かに数字の上から「始めて」が多いことは歴然である。だが、「初めて」も案外に御使用あそばしているし、「はじめて」もあることはあるのである。

こうなると、先の現代人にわかり易くを踏まえて、「初めて」ないし「はじめて」を使っても問題ないことになるだろう。
むしろ逆に「始めて」にこだわる必然性はあまりないことになると思われるがどうだろうか?

まあ、大した問題ではないけれども、先生のは文章が平易なだけに、かえって気になってしまうのである。

2006/3/12

予言の的中は逆効果の可能性がある  
逆に浅井さんはその情勢を読んで空威張りしただけでしょう。

昨日の富士川氏からのコメントである。
空威張りかどうか、それはわたくしにはわからないけれども、確かに浅井先生は情勢を読んだ上でさまざまの発言をしているフシがある。逃座がその好例であることは過去に当ブログでも指摘した。

わたくしは予言めいたことをするべきではないと思っている。
先生の予言は外れっぱなしである、ゆえにこれ以上の恥の上塗りはやめるべきである・・・という意味ではない。

実は逆なのである。
予言が当たったら困るから、そういうことはしないほうがいいと言いたいのである。

残念ながら、うまくは説明できない。
自分の感覚が間違っているのかもしれない。普通なら予言が当たって困るとは思わないかもしれない。先生の仰せのとおりになった、先生の発言に諸天が感応した、先生はすごい方である、云々と。

わたくしの感覚がおかしいのかもしれないが、それを承知で書いておこう。

大地震が起きたとする。これは困ったことである。
経済崩壊が起きた、これも大変である。
自界叛逆、大事件である。
他国侵逼、いわずもがなである。

どれもこれも素直に喜べないことなのである。
結局のところ、これらが顕正会の動きと連動しているかどうか、それは定かではない、というよりも一般には関係ないと見なされることだろう。
実は先生もかつて言っていたのだが、ようは顕正会の主張を日本人の多くが認識していなければ意味をなさないことなのだ。

つまり大聖人に背くと日本は大変なことになる、ということを全日本人に知らしめる、その後において具体的に自界叛逆・他国侵逼などが起こってくる、そこではじめて日本人は気がつくことができる・・・というようなシナリオになっていると先生は言っているわけである。
だから諫暁書を懸命に配っているわけであろう。

実はそんな単純な話ではないのだと思う。
仮に顕正会の主張を多くの人が知ったとしよう。そして世の中の動きが顕正会の主張どおりになってきたとしよう。
だが、しかし、疑りぶかい人はそこに厳正なる因果関係を求めるであろう。はたしてそれに答え得るだけの理論を構築できているのかどうかである。

今までにだって大地震はあった。経済崩壊もあった。内乱もあった。戦争もあった。

ようするにこれから起こるであろう大地震をはじめとした災厄が、仏法上の理由によって起きたとするだけの根拠を示せなければ、今までだってあったことなのだから別に驚くに値しないことだと言われかねないのである。

結論を書こう。

今後、大地震が起きたとする。けれどもそれによって顕正会員が妄想しているような、入信勤行に行列ができる事態にはならない可能性が高いと思うのである。
もしこのとおりだとすると、おそらくは今まで熱心に活動してきた顕正会員も、この時点で一気に熱が冷めてしまうことになりかねないのではあるまいか?

つまり、大地震そのものが困ったことであるけれども、さらに顕正会にとっても困ったことになりかねない、それが予言というものの危険性ではなかろうかと思うのだ。


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