2006/3/12

予言の的中は逆効果の可能性がある  
逆に浅井さんはその情勢を読んで空威張りしただけでしょう。

昨日の富士川氏からのコメントである。
空威張りかどうか、それはわたくしにはわからないけれども、確かに浅井先生は情勢を読んだ上でさまざまの発言をしているフシがある。逃座がその好例であることは過去に当ブログでも指摘した。

わたくしは予言めいたことをするべきではないと思っている。
先生の予言は外れっぱなしである、ゆえにこれ以上の恥の上塗りはやめるべきである・・・という意味ではない。

実は逆なのである。
予言が当たったら困るから、そういうことはしないほうがいいと言いたいのである。

残念ながら、うまくは説明できない。
自分の感覚が間違っているのかもしれない。普通なら予言が当たって困るとは思わないかもしれない。先生の仰せのとおりになった、先生の発言に諸天が感応した、先生はすごい方である、云々と。

わたくしの感覚がおかしいのかもしれないが、それを承知で書いておこう。

大地震が起きたとする。これは困ったことである。
経済崩壊が起きた、これも大変である。
自界叛逆、大事件である。
他国侵逼、いわずもがなである。

どれもこれも素直に喜べないことなのである。
結局のところ、これらが顕正会の動きと連動しているかどうか、それは定かではない、というよりも一般には関係ないと見なされることだろう。
実は先生もかつて言っていたのだが、ようは顕正会の主張を日本人の多くが認識していなければ意味をなさないことなのだ。

つまり大聖人に背くと日本は大変なことになる、ということを全日本人に知らしめる、その後において具体的に自界叛逆・他国侵逼などが起こってくる、そこではじめて日本人は気がつくことができる・・・というようなシナリオになっていると先生は言っているわけである。
だから諫暁書を懸命に配っているわけであろう。

実はそんな単純な話ではないのだと思う。
仮に顕正会の主張を多くの人が知ったとしよう。そして世の中の動きが顕正会の主張どおりになってきたとしよう。
だが、しかし、疑りぶかい人はそこに厳正なる因果関係を求めるであろう。はたしてそれに答え得るだけの理論を構築できているのかどうかである。

今までにだって大地震はあった。経済崩壊もあった。内乱もあった。戦争もあった。

ようするにこれから起こるであろう大地震をはじめとした災厄が、仏法上の理由によって起きたとするだけの根拠を示せなければ、今までだってあったことなのだから別に驚くに値しないことだと言われかねないのである。

結論を書こう。

今後、大地震が起きたとする。けれどもそれによって顕正会員が妄想しているような、入信勤行に行列ができる事態にはならない可能性が高いと思うのである。
もしこのとおりだとすると、おそらくは今まで熱心に活動してきた顕正会員も、この時点で一気に熱が冷めてしまうことになりかねないのではあるまいか?

つまり、大地震そのものが困ったことであるけれども、さらに顕正会にとっても困ったことになりかねない、それが予言というものの危険性ではなかろうかと思うのだ。


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