2006/4/30

紺碧氏へのお返事  
紺碧さん、当ブログへお越しくださいまして、まことにありがとうございます。

先ほど、二十六日の投稿に追記を入れましたので、まずはそちらをご確認いただきたいと思います。
法輪のBBS、あるいは破折法論館での顛末については、わたくし自身もあらまし拝見しておりましたので、虚空老人氏がみずから削除を行なった意味のことを書いていらしたのも知っております。ゆえに、わたくしとしては慎重に誰が削除したか、その主語は書いておらないのです。あまり細かく書きますと煩雑になりますので、そのような省略の仕方をしたわけでした。しかし、事情を知らない人が読めば、shamon氏がすべて削除したかのように読めてしまうでしょうね。これはわたくしのミスです。

さて、紺碧さんの立場からいろいろと書いておられますが、わたくしはわたくしの立場というか見方があってそれを書かせていただきました。しかし、今はそれをつき合わせてどうこう言うつもりはないのです。
ようはまったく削除されていない状態の掲示板を多くの人に見せて、それぞれがどのように判断するかが問われているのだと思います。わたくし自身は記録をとっているわけではありませんから、いわばその時の目撃談として正直なところを書いてはいるものの、証拠を出せみたいな話になったらそれまでなのですね。
ゆえに、ヤジウマ根性ではありますが、どうせならちゃんとした法論をやってもらいたい、それを見てみたいという願望があるわけでして、kane氏が法論を申し込んだあたりはひじょうに面白かったと思っていて、その備忘録の意味を兼ねてブログに書かせていただいたのでした。
しかし、過去のことはともかく、問題はこれからだと思っています。

ええと、どうやら撰時抄のことで、shamon氏にお尋ねになられたようですね。
これはですね、shamon氏の読み方でいいと思います。切り文を云々されてますが、これはわたくしの判断で引用するに当たって切り取らせていただいたわけでして、日蓮正宗は関係ありません。
わたくしはかの悪名高い顕正会の一員でして、日蓮正宗の僧俗ではないのです。もっとも他門から見れば、大同小異というか同一視しているのかもしれませんけど、少なくともわたくしは教科書を与えられてブログをつづっているわけではないので、必ずしも日蓮正宗の読み方をしているとは限りません。その点は誤解なきようにお願いします。

はなはだ生意気を言うようですが、わたくしは御書を自分の感性で拝読させていただいております。ゆえに、撰時抄の当該部分について一般にはどのように解説されているか、よくは知らないのです。
shamon氏の説明はそれはそのまま御文をなぞっただけであって、わたくしのようなシロウトでもそのくらいのことは理解しているつもりです。

問題はあれがすべてなのか、それともまだ何かあるのか、ということですね。

一般の、というかそこらの学者でも何でも、謙遜ということなのでしょうかね、同じような用法があるわけで、例えば「今日は時間もありませんことですし、専門的にやると大変なことになるので、ごく簡単にですが少しばかり説明させていただきます」みたいなこと言って、実はぜんぶしゃべっちゃうようなパターンがあるわけでして、大聖人においても同じことなのかどうか、ここが問題だと思うのです。

わたくしはまだ先がある、大聖人はあくまで一端を御述べになられているに過ぎない、という見解です。
もしよろしければ、この点について紺碧さんのほうからshamon氏にお問い合わせ願えればありがたく思うのですが・・・

ようするに、撰時抄の当該御文を字句どおりに拝するならば、あくまで「すこし」しか御述べになられていないはずなのです。しかし、あるいはこれでぜんぶという可能性もあるわけですね。

さて、どちらでしょう?

なお、当ブログは独白を基本としていますので、別にお返事をお待ちするつもりはないのです。ゆえにそのままでもけっこうですし、気が向いたらコメントくださってもいいですし、ご自由になさってください。

わたくし自身も自由気ままに書いていたいので・・・

2006/4/29

経巻相承の限界  
れんさん、どうも恐れ入ります。
在野の研究者の立場からみれば、既成の宗派・宗門は決して十全ではない、けれども、そうした中で比較的に大石寺の伝統的な法門には首肯できるところがある、といったところでしょうか?
わたくし自身はもともと日蓮宗にしても顕本法華宗にしても、あるいはその他もろもろの日蓮系諸教団についてもまったくの不案内でして、比較すること自体が困難なレベルです。経巻相承の意味をわかっていない、などと指摘されてしまうくらいですからね。


さて、今日もまた恥も外聞もなく、「無知のカキコミ」に精を出すことにしよう。

浅井先生はかつて顕本法華宗について触れたことがあった。その中で、明治時代に行われた日蓮正宗と顕本法華宗の法論にも言及していて、「本宗と顕本法華宗との法論には、釈然としないものが処々に感じられる」と言っている。
法華行者の会に出ている資料を読む限りでは、なるほど釈然としないものがあるようにわたくしにも感じられる。

しかし、そんな昔の話をああだこうだ言っても始まらない、この際だから仕切りなおしの意味で、新たに法論をしたほうがいいのではないかと思う。
もっともこれはヤジウマ根性というものである。言うは易し行なうは難し、法論をする当事者の大変さは想像に難くない。
しかし、誰もがそれを見てみたいと思っていることは間違いないだろう。

爾前分々の得道有無の事之を記すべしと雖も名目を知る人に之を申すなり。然りと雖も大体之を教ふる弟子之有り。此の輩等を召して粗聞くべし。其の時之を記し申すべし。恐恐謹言。
   文永十年太歳癸酉八月三日     日  蓮 花押
  甲斐国南部六郎三郎殿御返事
 
 鎌倉に筑後房・弁阿闍梨・大進阿闍梨と申す小僧等之有り。之を召して御尊び有るべし、御談義有るべし、大事の法門等粗申す。彼等は日本に未だ流布せざる大法少々之を有す。随って御学問に注し申すべきなり。


わたくしの理解する経巻相承とは、・・・一切の口伝を排除し、確実な御書を基本として法門を領解・体得すること・・・というようなものであるが、いつものごとく思い付き・当てずっぽうで書いているに過ぎない。
いちおう、この線で話を進めていくが、どうもわたくしは上掲の御書などを拝していると、とてもじゃないが経巻相承は不可能だと思ってしまうのである。この御書の内容はけっこう深いと思う。時期的にもそうであるが、大雑把に見て開目抄・本尊抄のエッセンスが要約されたような御指南になっている。

そして、わからないことがあったら鎌倉在住の日昭らに聞きなさい、教えてもらいなさい、ということだろう。

彼等は日本に未だ流布せざる大法少々之を有す。

すでにこの時点では、開目抄・本尊抄は存するのである。しかもそれらは在家に宛てられている。すると、ここでいう「大法」は開目抄・本尊抄とは別なのではあるまいか?
少なくとも、これらの重書を在家に向かって手取り足取り説明できるレベルにあるのが「彼等」なのだろう。

もっとも、ここで「彼等」としている以上、この御文はいわゆる唯授一人と相反するわけだが、それはまた別次元のことなのだろう。ともかく、この御書から言えることは、御書を拝しているだけではわからないことがある、その時には然るべき弟子に教えてもらわなければならないということだ。

大聖人は御書の各所に、書は言葉を尽くさない言葉は心を尽くさないと仰せられ、さらに委細は見参の時に申すと仰せられるのである。

また、撰時抄には羅什三蔵のことが出てくる。そこで大聖人がどのように仰せあそばすかといえば、次のごとくである。

此の事は余が第一の秘事なり。委細には向かって問ふべし。但しすこし申すべし。

撰時抄のような大部の御書でこれなのである。

つまり、御書にあらわれているのは大聖人の御法門の一端に過ぎない、委細は御弟子たちが日々の御説法で聴聞していたのであろう、そうした無形の伝承を強ちには否定できないのではないかとわたくしは思うのである。

2006/4/28

大ブレークの自由な茶寮掲示板  
下野正信氏に捧げる言葉

精神的に不安定

稠林に曲木をひく

お暇な方は上記のリンク先を順番にお読みいただくとよい。

すべて見当違いであると言われてしまったので、わたくしにはもはや何も返す言葉はない。ただし、一点だけ書いておくと、なぜ二而不二は難解な概念か?にたどり着いたのか、それが気になって仕方がない。逆探知の仕方がわかれば調べてみたいくらいである。間違いなく、どこか別のサイトからそこへジャンプしてきたのだろう、それからトップページに来たことは、コメントの時間差からして確実であろうと思う。現実問題として、グーグルの「能化文書」には巌虎独白が三番目に入っていて、ジャンプすると「二而不二は・・・」に行くようになっている、ゆえにそのルートであろうと推測したわけである。しかし、本人が違うというのだから、違うのだろう。では、いったいどこからやってきたのであろうか?

まあ、これはどうでもいい話である。わたくしがいちばん気になったことは、それとは別にあるのだ。
昨日のコメントにおいて下野氏は、「君達」を三回も使っているのである。わたくしに向かって君達というのはちょっと違和感がある。なにしろ独白ブログだからである。
もちろん顕正会員すべてに対するメッセージだと解釈できないこともないのであるが、しかし、どうだろう、もしかしたら・・・またしても見当違いを犯しそうであるが、この際だから言ってしまおう、氏は「顕正会の最近の動向について」調べていると書いている、そうすると、あるいは自由な茶寮掲示板などもチェックしているかもしれない、それゆえ無意識のうちに君達という表現になってしまったのではなかろうか?

かの掲示板は大ブレークと言ってもいいだろう。
先日、ひと月に満たないのに閲覧数が二千になんなんとし、投稿数も百を超えたと書いた。けれども、さらに数字を伸ばし、現在は閲覧数が五千になんなんとし、投稿数も二百五十を超えているのである。しかも、まだ一ヶ月経っていないのである。

これは顕正会の首脳部にとっては想定外のことであり、困惑していることだろうと思う。今後、どういう展開を見せるか予断を許さない、おそらくは気が気でないといったところであろうか?
あるいは宗門・学会・その他もろもろの顕正会ウォッチャーが、大いに注目しているかもしれない。

それなりの眼力を持った人ならば、これは従来にない新しい動きであり、もしかしたら大潮流になるかもしれないといった予感が働くのではなかろうか?

わたくしの見るところ・・・というのは、わたくしはかの掲示板にはいっさい書き込みをしていないので、直接的には無関係なのであるが、それはともかく、わたくしの予想に反してひじょうにいい雰囲気になっているように感じられるのである。
前にも、この掲示板は顕正会にとって救いである、ということを書いたのだが、その思いをさらに強くしている。
管理人の方針がすばらしいのだろう、ようするにキレイゴトばかりではなく、さまざまの問題をいっさいタブー視しないで取り扱っている。組織の中では絶対に言えないようなことを言える雰囲気になっている。しかも、それがマイナス方向に働くのではなく、すべてプラスに向かっているのである。
おそらくこのような掲示板は少ないのではないか?

それがいま現実に顕正会員の掲示板として出現したのである。
これはタダゴトではない。

う〜ん、今日の文章は、我ながら顕正会員的である。

2006/4/27

下野正信氏へ捧げる言葉  
是を以て法華に云はく「悪知識を捨てゝ善友に親近せよ」と。止観に云はく「師に値はざれば、邪慧日に増し生死月に甚だしく、稠林に曲木を曳くが如く、出づる期有ること無し」云云。凡そ世間の沙汰、尚以て他人に談合す。況んや出世の深理、寧ろ輙く自己を本分とせんや。故に経に云はく「近きを見るべからざること人の睫の如く、遠きを見るべからざること空中の鳥の跡の如し」云云。

蓮盛抄の御文を引用させていただいた。
これを読んで何のことだかわかる人は少ないだろう。当ブログをコメントを含めてくまなく読んでいる人しか、おそらくはわからないと思う。

かつて下野正信氏は当ブログに大量のコメントを残していった。まるで暴風雨が通り過ぎていったかのような、そういう印象的なコメント群だった。ちなみに暴風雨と書いて、アラシと読ませる場合もある。どこぞの掲示板の管理人だったならば、すべて削除したかもしれないが、当ブログではすべて残してある。
そのコメント群の中に、さりげなく御書の一節が引用されているものがあった、それが何の御書だかは書かれていなかったのだが、どうやら蓮盛抄のようなのである。
なるほど、「師に値はざれば・・・」ということをわたくしに教えてくださったのであろうと、あとになってわかった。と同時に、まだまだ知らない御文が山ほどあることを、思い知らされたできごとでもあった。

さて、久しぶりに下野氏がお見えになったわけであるが、何か調べものをしていてたどり着いたらしいのである。それはそうだろう、「レベルの低さ」がどうの「無知なカキコミ」がこうのと、わざわざイヤミを書き込みに来るわけがない。
で、推測であるが、もしかしたら「能化文書」について調べていたのかもしれない。
というのは、現在、グーグルでそれを調べると、当ブログが三番目に出てくるのである。これは我ながら驚きだった。なにしろぜんぶで十五件しかヒットしないようなのである。よほど特殊な言葉なのだろう。

確かにわたくしも思う、能化文書を調べるくらいの人は相当のレベルであろう、それらの人たちが当ブログにたどり着いたらガッカリせざるを得ないだろうと。
これはインターネットの未成熟を意味している。ロボット型の検索サイトは内容まで吟味しないのである。

さて、下野氏のコメントはひじょうに辛辣であるが、顕正会員のわたくしに辛辣であるのは当然といえば当然である。なにしろ氏は身内の法華講員に向かってもけっこう手厳しいのである。
広布最前線でのやりとりを見ていると、やはりいかがなものかという思いを懐かざるを得ないところがある。

下野氏には精神的に不安定なところがあるのではないか?

ようするに、上司が部下を叱り飛ばす、これは部下を思ってのことだから叱られたほうはヘソを曲げないで素直に受け止めるべきことだろう、だがしかし、社会人であれば誰しも経験があることだろうが、ヒステリックにやたらめったら怒鳴り散らしているような人も少なくないのである、これはたまったものじゃない。
もちろん、下野氏にも言い分があることだろうから、これを読めばまた何かしらコメントを入れてくるかもしれない。わたくしは氏の言い分を否定するものではない、ようはハタから見ているとそのように映るということなのである。すでに創価学会員の沖浦氏も、違った側面からであるが同様のことを指摘している。

しかし、矛盾するようであるが、わたくしはkane氏がうらやましい。

下野氏の口から、「随分書物を読んでいる」とか「ロジカルな思考回路を持っている」というようなことを言われているのだから、これは大変な名誉である。あの口の悪いシモノマサノブがこれほど他人を評価するとは信じ難いことである。三千年に一度あるかないかの確率であろう。ゆえにkane氏の実力のほどを認めて余りある言葉とわたくしには感じられるのである。

なんだか今朝も広布最前線が盛り上がっているようで、こうして書いているうちにもどんどん新しい投稿がなされている。
そんなわけで、あるいはわたくしのこの文章はとんだ見当違いのことを書いているかも知れないが、それはご容赦願いたい。

2006/4/26

わたくしの見た「法輪の掲示板」での出来事  
つい先だって「法華行者の会」の法輪掲示板が賑わっていることを書いた。
失礼ながら閑古鳥の鳴くような掲示板だった。ゆえに俄かに活況を呈しているのを見て驚きもしたわけだが、その火付け役がなんと日蓮正宗の法華講員であり、ビデオ法論まで持ちかけているのだから、これはけっこうな驚きだった。

だが、それはまだ序の口だった。

その後、kane氏が登場した。それから虚空老人氏、法華講のおばちゃん氏、yun氏など、法華講のそうそうたるメンバーが次々と法輪掲示板にあらわれたのだった。
残念ながら、それらの投稿は現在すべて削除されている。ゆえに今から法輪掲示板を閲覧しても、状況がよく呑み込めないことだろう。何となく痕跡が残っている程度である。例えば虚空老人氏の投稿に対応するshamon氏の投稿がある、しかし、虚空老人氏の投稿はすべてなくなっている、ゆえにshamon氏の投稿だけが連続しているけれども、よくわからない文章になっている。まるで独白のようである。

わたくしの思うに、今回の法輪掲示板でのできごとは、顕正会員にとって驚愕のできごとだと思う。二重三重の意味で衝撃的である。

最初の正法氏はいわば、ステハンである。わたくしの知る限り、法華講員に正法を名乗る人物は見当たらない。俗な言い方では鉄砲玉みたいなものであろう。この段階ではshamon氏が法論の申し込みを軽くあしらったとて無理はないと思う。
ところがである。
その後、kane氏を筆頭にして次々と法華講員が乗り込んできた。しかも、すべてコテハンである。ネット上では実名を名乗る必要はないので、このコテハンということがいわば実名に準ずるものである。また、彼らはその名前でそれぞれがサイトを主宰していたり管理人をしていたりするのだから、まさに正々堂々たる振る舞いを見せていると言えるだろう。場合によってはネット生命(?)を失いかねないからである。

顕正会員はまずこのことに深く思いを馳せるべきであろう。

さらにkane氏は、shamon氏が日蓮正宗の僧侶となら公開で法論すると書いていることを捉えて、うちの御住職に御出ましを願う・・・と言ってshamon氏に法論の実現を迫ったのである。
これは大変なことである。もしshamon氏が法論に応ずる返答をしてきたらどうなるか・・・実際には応じなかったのだが、仮にやりましょうということになったら、kane氏は御住職にそれを伝えるわけであろう、・・・その時に御住職がどう答えるかである。もし御住職が法論を拒否したらkane氏の面目は丸つぶれとなる、これまたネット生命の終わりを意味することだろう。
つまり、ここにkane氏と御住職とのきずな・・・換言すれば信頼関係の確固たるものがあらわれているわけであるし、kane氏には絶対的な確信があるからこそ、法論を申し込めるのだろう。

顕正会の現状を思うにつけ、ここには隔世の感がある。

さらにもう一点、重要なことがある。
一昨年より始まった顕正会における宗門批判の中に、大石寺は身延とよしみを通じている、というものがある。しかし、今回の一件をもってすれば、そうではないことが明らかであろう。厳密には顕本法華宗と身延派は異なるけれども、かの掲示板には川蝉氏も出入りしているし、つい先日も氏は別勧請のことで投稿している、それに対して虚空老人氏とkane氏が反論を書いてもいたのである。
顕正会員はこのことをよく考えるべきであろう。

いずれにしても残念なことに、法華講側の投稿は正法氏のものを除いてすべて削除されている。わたくしとて四六時中、閲覧しているわけではないので、あるいは見逃してしまった投稿もあったかもしれない。
なぜにことごとく削除するのか理解できないが、イヤミを書けば正法氏程度(と言ったら本人に失礼ではあるが)しか御せないのがshamon氏の実力なのであろうか?
少なくともわたくしの閲覧した範囲では、shamon氏にとって都合が悪いから削除したとしか考えられないのである。


四月三十日追記:コメント欄にて紺碧氏が指摘しているごとく、削除の一部は虚空老人氏みずからが行ったものである。わたくしの見るところ、氏の投稿はすべて誠実なものだった。ところが、どういうわけか削除されてしまったものがあった。ようするに、恣意的な選別が行われ、都合のいいものだけが残されたのだと思われる。おそらく氏にしてみれば、これははなはだ不本意なことだったに違いない。ゆえに、それならいっそのことぜんぶ削除してしまえ、ということだったのだと思う。

2006/4/25

顕正会の独自路線は経巻相承へのシフトか?  
(前の投稿から)

顕正会員は法華講員からしばしば難題を吹っかけられる。

浅井会長は血脈相承を受けたのか?

もちろん受けているわけがないのであるが、それにしても顕正会員は浅井先生をタダビトではないと見ている。なにしろ御遺命守護の戦いを一人(?)で戦われ、日達上人と池田大作氏を訂正せしめたのだから、これは凡夫のなせることではない・・・云々と。
わたくしの思うに、当然のことながら浅井先生は御書をよく学んでいた、そうでなければ妙信講ごときが宗門・学会に勝負を挑めるわけがないのである。血脈相承は受けていないが、御書はよく学んでいた。

ゆえに、法華講員に聞かれたら、こう答えよう・・・血脈相承は受けていないが経巻相承ならある、と。

なんだかイヤミっぽくなってしまった。
ただし、ここには核心に迫る事実がある。もし顕正会に次期会長を迎える時が来るとしたら、浅井先生は次期会長に対して何をどのように相承するのか・・・である。
経巻相承というのはいわば自力で大海を一滴残らず汲み上げて我が身に収めるようなものである。はたしてそんなことが可能なのかという問題もさることながら、単に指名を受ければ相承者となれるような甘いものではないことも明らかであろう。

ようするに、浅井先生はそれなりに努力して御法門を学んだのである、その継承者たる者は当然に努力して学ばなければならないだろう、それが驥尾に付すという意味なのである。

2006/4/25

経巻相承支持者?  
富士川さん、いつものことながら鋭いツッコミ(?)ありがとうございます。

今日は法華行者の会の、法輪掲示板での顛末を書こうと思っていたのですが、急遽変更して昨日の投稿の補遺を書きたいと思います。

わたくしの予想では、もし苦情があるとしたら「群狐」かなあと思っておりました。言うまでもなく、わたくしの文章では法華講員や創価学会員を群狐に見立てていることになる、これは怪しからんではないかと。しかし、富士川さんはそういう表面的なことではなく、もっと深い部分を読んでいらっしゃるわけで、次のごとくコメントされたわけでした。

厳虎さんの書き込みは顕正会に対して辛辣ですが、裏側に「顕正会の正当性」への誘引があるように感じるのは考えすぎでしょうか?
つまり「宗祖が師僧の教えに従わず、経(仏の金言)論(菩薩の言葉)釈(僧侶の判尺)の順に判断したのに倣って、御法主上人の判断(現代の釈)が誤ったので、現代の論(日興上人の御言葉)現代の経(宗祖御妙判)に帰って考えるのは正しい」と聞こえるのです。


考えすぎかと聞かれれば、考えすぎとお答えしなければなりません。

確かに顕正会ではご指摘のような考え方が定着しているわけでして、わたくしにもそれが多少あるのかもしれません。しかし、誘引などというテクニックを使えるほど文章がうまいわけではありませんし、第一にそのようなことを意図する必要性はわたくしにはないのです。

実はですね、このところ顕本法華宗の例の掲示板に注目していたのですが、これがたまたま、わたくしの教学的な関心事と重なりまして、ひじょうにありがたいことだと思っているのです。すなわち当ブログのかっこうのネタになる・・・などと書くと関係者が気をわるくするかもしれませんが、ともかく昨日の投稿にもその影響がわずかにあらわれているのです。
昨日、大聖人は道善房から極理を師伝されていない、という意味を書きましたが、これはですね、経巻相承を念頭に入れて書いたのです。

経巻を以て善知識と為すなり。

守護国家論の御文ですが、どうやらこれが経巻相承の根拠らしいですね。
つまり、大聖人には善知識がいなかった、いわゆる末法無仏という意味もありますし、まともな論師・人師がひとりもいなくなる、それが末法の時代相ですからね、経巻を善知識に見立てる発想はひじょうに先進的だったと思います。

求めて云はく、慈覚大師は伝教大師に値ひ奉りて習ひ相伝せり、汝は四百余年の年紀をへだてたり、如何。答へて云はく、師の口より伝ふる人必ずあやまりなく、後にたづねあきらめたる人をろそかならば、経文をすてゝ四依の菩薩につくべきか、父母の譲り状をすてゝ口伝を用ゆべきか。伝教大師の御釈無用なり、慈覚大師の口伝真実なるべきか。

妙一女御返事の御文です。
まさに「後にたづねあきらめたる人」とは大聖人のことでしょう。慈覚よりも四百年遅れて御出現あそばした大聖人がどのようにして「たづねあきらめた」のかといえば、経文ないし伝教の御釈であることが当該御文だけでも明らかです。
いわば経巻相承です。

これで話を終わりにしたら大変なことになるでしょうね、オマエは顕本の味方かって。

わたくしの思うに、これはいわゆる外用の辺において、いちおうは正しいのではないでしょうか?
当然のことながら上掲の二つの御文にしても日蓮正宗では都合が悪いからといって偽書扱いするようなことはしていないと思います。おそらくは御宗門でもここは外用・内証という捌き方をするのだろうと思います。もっとも経巻相承という表現を可とはしないでしょうけど・・・
いずれにしても、ここは血脈相承とは次元の異なる部分でしょうね。

わたくしは以前より、御歴代上人に不徳の上人はひとりもいない、すべて高徳である、と書いてきました。それは今も同じです。ですが問題はここからです。

御法主上人の尻尾(?)にぶら下がっていればそれでいいのか・・・あ、いや、ええとですね、浅井先生の尻尾にぶら下がっていれば安心なのかといえば、それは違うだろうというのが昨日の投稿の意味です。恐れながら、法華講員においても同じことが言えるのではないかと思うわけです。
経巻相承を唱える人はそれなりに御書を学んでいるわけでしょう。もちろんそこには限界がある、だがしかし、日蓮正宗の法華講員とて御書を学ばなければ、駑馬より劣るのたとえにも相当するし、本来ならば師子王の子とならなければならないのに勘違いして師子王の尻尾に止まるハエに成り下がってしまうことにもなりかねない・・・と思うのです。

これで終わると大変なことに・・・顕正会の巌虎ごときに云々されてたまるか、みたいなことになるでしょうから、最後はやはり顕正会員に苦言を呈する形で終わります。(次の投稿へ)

2006/4/24

驥尾と虎威の続き  
一念信解を不勉強の言い訳にしてはならない。

驥尾に付すということを安易に考えてはならないと思う。つまり、尻尾にぶら下がっていればそれでいい・・・などというものではないことに気がつかなければならない。

予少量たりと雖も忝くも大乗を学す。蒼蠅驥尾に附して万里を渡り、碧蘿松頭に懸かりて千尋を延ぶ。弟子、一仏の子と生まれて諸経の王に事ふ。何ぞ仏法の衰微を見て心情の哀惜を起こさざらんや。

蒼蠅ないし碧蘿は御謙遜の言葉である。
大聖人が蒼蝿であるわけがないのだ。では何かといえば、大聖人は麒麟である。それを謙遜してかくのごとく仰せられるのである。

顕正会員はこれを誤用しているフシがある。

つまり、尻尾にぶら下がっていればそれでよしとする考え方である。
これは違うのだ。
大聖人の師匠は道善房であるが、御書を拝する限りでは決してすぐれた師匠ではなかった。道善房から大聖人へ極理が師伝されたとは思えない。では大聖人はどのようにして御法門を会得せられたかといえば、わかりきったことだが経・論・釈を真剣に学ばれたのである。で、その結論として法華最第一を掲げて立宗あそばしたわけであろう、その延長線上に立正安国論がある。

ゆえに安国論中にある上掲のような御表現はすべて謙遜であって、裏を返せば自信の表れでもあるだろう。すでに御法門をじゅうぶんに学ばれて結論が出ているわけだからである。

ところが顕正会員の場合は何にもわかっちゃいないのに、わかったつもりになってしまっているところがなきにしもあらずなのである。
まったく内実がともなわない、にもかかわらず妙に確信を持ってしまっている、しかし実際は過信に他ならない、ゆえに綻び易いわけである。

まあ、しかし、大聖人御自身の仰せられる驥尾に付すことと、われわれの驥尾に付すが同レベルであるわけがないから、むしろわれわれにとっては一念信解を意味する御文と捉えるべきだとの意見もあることだろう。
また、過日述べたように、法華経は易行であるとの御指南もあるわけだから、その意味も兼ねて、われわれはただ大聖人の驥尾に付していればよいとの考え方もあることだろう。

これらは確かにそのとおりである。
だがしかし、閻浮提中御書の次の御文をよく拝するべきである。

願くは我が弟子等師子王の子となりて群狐□□□□ゝ事なかれ。

この御書には判読不能の箇所があるらしいが、浅井先生はかつて、「・・・群狐に笑わるることなかれ」と拝読していたと思う。
それはともかく、尻尾にぶら下がっているのはハエやダニであって、師子王ではないのである。師子王の子であるならば、ぶら下がっていてはいけないのだ。おんぶにだっこではいけないのである。

ゆえに誤用であると書いたのだ。

現状では、法華講員や創価学会員からあざ笑われているようにも感じられるが、これはまさに群狐に笑われている姿に他ならないであろう。不勉強を一念信解で誤魔化してはいけないのである。

また、虎の威を借る狐ということで一言申し添えておくと、虎は狐なんかに何も貸してはくれないのだ。ようするに、無断借用しているか、借りているように錯覚しているだけのことなのである。そんなメッキはすぐにはがれてしまうに違いない。

結局は自分が正真正銘の師子王の子となる以外にないのだと思う。

2006/4/23

驥尾に付すことと虎の威を借ることの違い  
未入信結集というのは顕正会の中でわりとポピュラーな言葉であろう。

顕正会で誓願といえば折伏誓願のことであるが、それとは別に結集誓願というのがある。大きな集会では組織ごとに結集目標を立てる、顕正会ではこれを結集誓願と呼ぶわけである。

誓願というのはひじょうに厳しいものである。
例えば、○○班では今度の大会に五名の結集を誓願したとする。普段の集会でコンスタントに班員を五名集めていれば、これは楽勝の誓願であるはずだが、そうは問屋が卸さないのである。大事な集会の前には魔の蠢動がある。それで極端な場合には五人が五人とも同時期に退転してしまうなんてことも起こり得るのである。

しかし、いったん誓願を立てた以上はなんとしてもそれをやり遂げるのが仏弟子である、みんな退転してしまったからといって諦めてはいけない、今から新規に折伏してでも結集せよ・・・みたいなことを幹部から言われるのである。
それで奮起して折伏の戦いに打って出る。あと一週間、あと五日、あと三日・・・結局、一名も折伏が決まらずに当日を迎える。普通ならこれでおしまいである。ところがここからが本当の戦いなのだ。
あと一時間あるではないか、未入信でもいいから連れて来い、と。

これが顕正会の戦いである。

さて、これはもちろん未入信結集の極端な例である。普段の集会ではそこまでの切迫感はない。折伏して逆縁だった場合、話だけではわからないだろう、ビデオ放映があるから参加してみないか、といったあんばいで未入信者にも集会などへの参加を呼びかけるわけである。

それでは、未入信購読というのはどうであろうか?

未入信結集ほどポピュラーではないだろうが、まれに未入信者が顕正新聞を購読するケースがある。わたくしもかつて、知人に顕正新聞の年間購読をさせたことがある。
これはやはり特殊なことだろうと思う。
なぜならば顕正会ではいわゆる折伏法戦で今なら六十日で一万数千人の入信者を見るわけだが、実際に全員が顕正新聞を購読するわけではないのである。もし必ず購読するならば、顕正新聞の発行部数は百万部を超えていることになるだろう。残念ながらそうはなっていないはずである。
つまり、入信者すら大半が新聞を取っていないのである、いわんや未入信者をや、であろう。

結局、わたくしの知人は相当の勉強家だった、当時わたくしはそれなりに熱心に活動していたので、なぜそこまで熱心なのかという、その秘密(?)をさぐりたかったようなのである。
ゆえに、お付き合いで購読したというレベルではなく、けっこうよく読んでいた、ヘタするとわたくしよりもよく読んでいたと思う。それでいろいろと質問をしてきてわたくしを困らしたものだった。

浅井先生には一定の評価をあたえていたと思う。だが、幹部連に対しては辛辣だった。

ようするに、オリジナリティがない、浅井会長の口まねばかりである、どれもこれもまるでコピーみたいでつまらない・・・といったようなことだったと思う。
そうした辛辣な批評のうちで、わたくしがいちばん記憶に残っているのは、「本多日生の浅識」についてだった。

今でもそうなのだが、幹部は押しなべて浅井先生の口まねに終始している。何か先生が発言する、そうするとしばらくはその発言ばかりを反復するのである。
当時、浅井先生の講演に本多日生を云々するものがあった、確か「本多日生の浅識」というようなことを言っていたのだと思う。すると幹部連はそれを真似するのである。

この時、わたくしの知人はひじょうに鋭いことを言ってきた。

オマエたちは本多日生のことを大して知りもしないのに浅識などと言えるのかよ!

誤解のないようにつけ加えておくが、彼は顕本法華宗の人間ではない。というか、宗教的には中立、いや、中立というよりもごく普通の一般人である。少しばかり教養人であり、勉強家であるというのがわたくしの見たところであるが、ともかく彼には顕本に肩入れする動機がないので、なるほど鋭いところをついてくるなあと思ったものだった。

ようするに、本多日生と顕正会の幹部連が法論したらどうなるか、勝てるのか、ということなのである。ただ単にオウムのように言っていることだけ真似しても、その中身がちゃんと理解できていなければ、到底勝てるものではないだろう。つまりは顕正会の幹部連のほうこそ浅識ではないかという指摘なのである。

実際問題として、冷静に考えてみて、わたくし自身は到底勝てそうにないのであるが、顕正会の幹部たちはどうであろうか?

2006/4/22

常忍抄の系年にまつわる話  
昨日は大聖人門下掲示板について触れた。
はっきり言って、創価学会系の掲示板や日蓮正宗系のそれに比べると圧倒的に投稿数が少ない。これは単純に信者数の問題だろう。いわゆる墓檀家レベルの人が熱心に書き込みをするとは思われない。

法華行者の会というのがある。

失礼ながら、ここの掲示板はさらに輪をかけて投稿数が少ない。閑古鳥が鳴いているとはこのことである。
shamon氏はいわゆる顕本法華宗の人なのだろう。顕本もかつては隆盛をきわめたが、今はやや疲弊している・・・という意味のことをご本人が書いている。顕本のみならず日蓮宗全般の僧侶が熱情を失って職業僧侶化している意味のことも書いている。
掲示板への投稿数がこれらのことを物語っているのかもしれない。

・・・と思いきや、急に掲示板が盛り上がってきた。
なんと日蓮正宗の信者と思しき人物がビデオ撮影を条件に法論をしないか、などと書き込んできたのである。
ある意味これは驚きだった。
日蓮正宗対創価学会の図式はいわば常態化していて、あちこちの掲示板で法華講員と創価学会員がやりあっている。しかし、わたくしの見るところ、法華講対学会というのは身内同士のナレアイ的なやりとりに感じられて緊張感がなくなっているようにも見受けられるのである。それが今度の場合は意味合いからしてまったく異なるわけで、ゆえにこれには驚いたものだった。

だが、残念ながら法論は実現しないようである。

shamon氏は乗らなかった。別に逃げたわけではなく、日蓮正宗側で正式に僧侶を派遣するならお相手しましょう、というような断り方だった。おそらく、というか間違いなくshamon氏は沙門氏なのであろう、つまり僧侶である。ゆえに、法論するにやぶさかではないが、ではそちらも僧侶を出しなさい、ということなのだと思う。
いずれにしても掲示板でのやりとりはまだ始まったばかりなので、今後の展開がどうなるかはわからない。

昨日は北林芳典氏の「日蓮大聖人と最蓮房」についても触れた。今日もまた欲張って話をコラボレーションさせてみよう。

北林氏によれば、常忍抄は弘安二年の十月一日の御書となる。なんと聖人御難事と同日の御書である。その中に次の御文がある。

此より後は下総にては御法門候べからず。了性・思念をつめつる上は他人と御論候わば、かへりてあさくなりなん。

なるほど、こういう御文があったとは、うっかり気がつかなかったものである。
ぶっちゃけた言い方をすれば、「雑魚どもを相手に法論してはならない、すでに了性・思念という親分どもを破折してしまったのだから、それ以下のものを相手にする必要はない」云々・・・となるだろうか。

これはこれでいいとして、常忍抄を弘安二年とする根拠を北林氏は次の御文に見るごとくである。

又此の沙汰の事も定めてゆへありて出来せり。かじまの大田次郎兵衛・大進房、又本院主もいかにとや申すぞ。よくよくきかせ給ひ候へ。

しかも大進房の死亡説は俗説であり、一度は大聖人に背いたがすぐに改悔して元に戻っているという。

大進房が事さきざきかきつかわして候やうに、つよづよとかき上げ申させ給ひ候へ。
 大進房には十羅刹のつかせ給ひて引きかへしせさせ給ふとをぼへ候ぞ。又魔王の使者なんどがつきて候ひけるが、はなれて候とをぼへ候ぞ。悪鬼入其身はよもそら事にては候はじ。事々重く候へども此の使ひいそぎ候へばよるかきて候ぞ。恐々謹言。


う〜ん、どうなんだろうか?

いちおう筋が通っているようにも思うが、ただし、聖人御難事と同日の御書というには少々ムリがあるような気がする。それは単純に大進房に関する記述がチグハグに感じられるからである。すなわち聖人御難事には、

大田親昌・長崎次郎兵衛尉時綱・大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるゝか。

とある。

わたくしにはさすがに同じ日の御書とは思えないのであるが、いかがであろうか?
さりとて弘安元年もしくは建治三年とする根拠もわたくしにはわからないのであるが・・・


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