2006/6/21

覆水を盆に返す秘術はあるか?  
「近代宗門の歴史と今日の問題」平成4年8月7日浅井先生講義

日蓮正宗が唯一の正系門家である理由

身延派、顕本法華宗など、日蓮宗を名乗る諸派は多いが、日蓮大聖人の仏法を正しく受け継いだ正系門家は日蓮正宗以外になく、他はすべて似て非なる邪宗である。
なぜ日蓮正宗だけが唯一の正系門家なのか。その理由は次の三つである。
@本門戒壇の大御本尊ましますゆえに
A唯授一人の血脈相承ましますゆえに
B国立戒壇建立の御遺命堅持のゆえに



ええと、コメント欄に初登場の方が何人かいらしておりますが、まことに失礼ながらまとめてご挨拶させていただきます。
当ブログはですね、独白を基本としておりますので、一々のお返事をしかねる場合があります。特に、コメントがたくさん来ている時など、なにしろモノグサなものですからね、ほったらかしにしてしまう傾向があります。
それでいて、話題にこと欠く時には都合よく、コメントを利用したりしているわけで、ようするにワガママなのです。
そんなわけで、コメントをくださる方も、それを承知の上でお好きなようにご利用くだされば、こちらとしてもありがたく思います。


さて、上掲は自由な茶寮の二階、大講堂からの引用である。
ようするに平成四年の特別講習会の書き出しの部分であるが、国立戒壇云々は仕方がないにしても、それに目をつぶってしまえばどうであろう、おそらく法華講員が読んでも悪い気はしないのではないか?

そして、自由な茶寮の大講堂に、トチロ〜氏の投稿がある。
いわゆる立正大師問題において、日達上人は当時の宗門中枢に対して建白書を提出したという。ようするに、大聖人は御本仏なのだから大師だとか菩薩の称号では怪しからんではないか、というようなことである。日達上人いわく、「私はそれを聞いて若輩で生意気盛りであったから、大いに憤慨して、」云々と。

はたして浅井先生に、「若輩で生意気盛りであったから・・・」といった方向性の回想があるのかどうか、それはわからない。
だが、ここでわたくしが注意を惹いたのは「建白書」である。

先日来、法華ジャーナル問題について書いているが、今朝もコメントをくださった方がいる。ようするに、編集部員だった人に取材して確証を得ている、ということらしい。そんなすごい方がコメントをくださるとは驚きであるが、それは今の話題ではない、ええと、なんだっけ? そうそう、法華ジャーナルのインタビューを事実無根であると主張している冨士が何号であるか調べている時に、別の冨士に「建白書」を発見したのである。

この建白書は日達上人の建白書ではない。阪神淡路大震災直後の平成七年三月十三日付で浅井先生が、日顕上人に宛てて提出した建白書である。

わたくしは言葉を知らないものだから、この建白の意味がよくわからなかった。浅井先生はこれまで、宗門に対しては諫暁書を提出し続けてきたので、あるいはその類語なのかとも思っていた。しかし、どちらかというと上申書のような意味合いが建白書にはあるようなのだ。それは日達上人が御若い時に建白書を宗務院に送付されたとの話からもわかるであろう。

このことを踏まえた上で、あらためて建白書を読んだところ、思わぬ発見があった。

文中、「敢えて強言を構え、直諫するものであります」とあるごとく、内容的にはひじょうに厳しいものがある。
だが、しかし、最後に眼を転ずると、次のごとくになっているのである。

 阿部日顕管長猊下
         御侍史


上人とは書いていないけれども、猊下としているし、さらには御侍史の脇付まで添えられている。これは相当のものである。

はっきり言って、これは誰が見ても悪い気はしないと思う。
あるいは法華講員からすれば、上人とせずに管長としている部分だけでも怪しからんと思うかもしれないが、それは致し方のないところである。
だが、第三者が見ればどうであろうか? おそらくは日顕上人を知らない人でも「なんだか知らないが、この阿部日顕という人はものすごい人らしい」ということがわかるに違いないのだ。
つまり、そういう書式なのである。

しかし、先の講演が平成四年で建白書が平成七年、そして今が平成十八年・・・ああ、もう十年以上経つのか・・・

・・・わたくしがここで何を書いたところで、今さらどうにもならないことかもしれない。


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