2006/8/31

「僧宝」について  
 ここでついでに、いま論争がやかましい「僧宝」について一言申し述べておきたい。
 末法下種の三宝とは、仏宝は御本仏・日蓮大聖人、法宝は本門戒壇の大御本尊、そして僧宝は先ほどから述べているごとく第二祖日興上人であります。このことについて異議を唱える者は、日蓮正宗にはいない。
 しかし「僧宝」の中に、歴代法主が含まれるかどうかについて、このところ宗門と学会の論争がかまびすしいのです。宗門は「日興上人を僧宝の随一とし、歴代法主もことごとく僧宝である」という。これに対し学会は「僧宝は日興上人に限り、歴代法主は僧宝ではない」という。
 なぜこんなことが論争になるのかといえば、学会は阿部管長を憎んで徹底的に攻撃している。これに対し阿部管長は「法主は僧宝であり、三宝一体であるから法主を批判攻撃することは三宝破壊に通ずる」といって学会を押さえようとする。そこで学会は「法主は僧宝ではない、僧宝は日興上人一人に限る」と反論しているわけであります。
 では日寛上人は「僧宝」についてどのように御指南下されているかといえば、三宝抄に日興上人の御徳を讃嘆されたのち、こう仰せられている。
 「然れば則ち吾が日興上人嫡々写瓶の御弟子なる事分明なり、故に末法下種の僧宝と仰ぐなり。爾来、日目・日道代々咸く是れ僧宝なり。及び門流の大衆も亦爾なり」と。
 この御指南を拝すれば明々白々です。すなわち僧宝とは、別しては第二祖日興上人御一人であられる。しかし総じては日目上人以下の歴代上人も僧宝であり、さらに広く論ずれば日蓮正宗の僧俗大衆もこれに当ると仰せられている。
 日目上人以来嫡々代々の御法主は、唯授一人血脈相承を受けて日興上人の「本門弘通の大導師」の御立場を継ぐ御方であれば、僧宝と仰ぐのは当然であります。



巌虎註:

平成四年二月七日の浅井先生講演である(冨士三百三十一号所収)。
文中、先生は日寛上人の「門流の大衆」を僧俗大衆と訳しているけれども、はたして俗が大衆に含まれるものかどうか、わたくしにはわからない。それはともかく全体的な意味においては、法華講員にも納得していただけるものと思う。

しかしながら、この続きの文章は、ちょっとお見せできない。

 ただし、この法主であっても、もし大聖人の御遺命に・・・(以下省略)

いつものパターンではある。

いずれにしても僧宝の定義をちゃんと示している分、まだ救いがあったのかもしれない。

2006/8/30

現状打破のために  
一体浅井先生という人は自分が本気で正義を行じていると思っているのか、それとも悪意があって会員を欺いている人物なのかさっぱり分かりません。

ウィンズ氏より内容のギッシリと詰まったコメントを頂戴した。とりわけ上記の文章が時に当たって重要な意味を持つように思われたので、勝手ながらその部分だけ掲げさせていただいた。

わたくしはヘソマガリだからであろうか、普段は浅井先生を批判して憚らないのだが、法華講員からの先生に対する批判を読むと、どうしたわけか先生の弁護をしたくなるのである。やはり人情として、どうしても先生に肩入れしたくなってしまう。
であるから、本気で正義を行じているつもりなのか、悪意で会員を欺いているのか、そのいずれかを選ぶとするならば、当然のことながら前者を選択することになる。
だがしかし、トチロ〜氏によって浅井先生のウソがこうも明白に暴かれてしまっては、道理を尽くして先生の清廉潔白を証明することの困難を感じずにはいられないのである。

この期に及んでなお先生をウソ・イツワリなしと信ずることは可能なのであろうか?

現状では不可能であろう。どんなに巧妙な理論を用意しても、法華講員にはとうてい通用しないであろう。
ヘタな論を構えれば、嘲笑を買うだけであって、わたくしとて妄信ないし盲信の一類と見なされることだろう。

ただし、この際だから、ヘソマガリらしく変化球を投げておきたい。

浅井先生は悪意で会員を欺いたのではなく、善意で会員を欺いた・・・

・・・少し回り道をしよう。

最近はあまり言わなくなったが、以前の浅井先生はしばしば言ったものである・・・妙信講は解散処分の時に潰れてもおかしくなかった、むしろ潰れて当たり前だったと。死罪に等しい解散処分を受けても潰れなかったのは末代の不思議であると。
自分はこれを何回耳にしたかわからない。浅井先生にとって解散処分はそれほどの大事件だったのである。
浅井先生は広宣流布を確信していたし、また、できることならばそれをこの目で見たいと念願していた。ゆえに広宣流布の一助たるべく微力ながらも妙信講の立場で戦っていたのである。そして今でもしばしば使うのは、広宣流布のお手伝いを申し上げる、との表現である。
ようするに、妙信講は潰れなかった、潰れなかったのは使命があるからである、広宣流布に戦う使命があるからだと、このように確信したがゆえに今日まで走り続けてきたのであろう。

しかし、逆に、妙信講には使命がある、使命があるゆえにここで潰れるわけにはいかない・・・という思いが先生にはあったのではなかろうか?

ゆえに悪意はない、会員を欺くなどという気持ちはさらさらなかった、だが、組織を守るためにはどうしてもウソをつかざるを得ない状況があった・・・ということではなかっただろうか?

もちろん、顕正会員の立場としてはここで言うべきことがある。宗門にだって創価学会にだってウソや欺瞞はあるではないかと。しかし、泥仕合はわたくしの本意とするところではないので、ここではあくまで顕正会の問題だけを見つめたいと思う。

トチロ〜の日記を拝見していると、過去はいざ知らず、今もなお組織を守るためであろうか、顕正会にはウソ・イツワリがあるらしいのである。

わたくしは思う、もうそろそろ終わりにするべきだと。

洗いざらい、すべてを正直に語ればいいのである。己れの非を糊塗することはやめようではないか。それで顕正会が潰れたとしてもいいではないか。

浅井先生なら次のような御書もよく知っているはずである。

賢王となりぬれば、たとひ身をほろぼせどもそら事せず

そら事は申すまでもなく虚事であり、往いては虚言である。

2006/8/29

引き返す勇気  
トチロ〜さん、どうもありがとうございました。

トチロ〜の日記は欠かさず拝見しておりますが、最近は鬼気迫るものがある、もっと平易に表現すれば、オッカナイと思っておりました。ひじょうに切れ味が鋭い。何しろ普通に読んでいたら気がつかないような語句の差異にまで気を配り、改竄の意図まで見抜いてしまうのですから、顕正会も大変な人物を敵に回してしまったものです。
しかし、これも浅井先生の自業自得果なのかもしれません。ようするに、大石寺を敵に回してしまったこと自体が、そもそもの誤りだったのだろうと思いました。

以下は、いつもの独白に戻ります。


仏法の滅不滅は叡山にあるべし

顕正会員もよく知る御金言である。
専門的にはこういうのを台当一致と呼ぶそうである。大聖人は当初、叡山の復興を目標にしていた、いわゆる天台沙門の御自覚でいらしたとする説である。
顕正会ではこの説を取らない。最初から三大秘法の御弘通をあそばしたとしているわけであるが、ともかく表面上は御文のとおりである。

しかし、ずっと最後まで台当一致であられたわけではない。いずれは台当違目へと変化する。
その正確な時期については諸説あるらしいが、大雑把に言えば、佐前佐後ということがその目安になるのだろう。

台当違目の端的な御指南としては治病大小権実違目の、

彼は迹門の一念三千、此は本門の一念三千なり

があげられようか。あるいは三大秘法抄の、

延暦寺の戒壇は迹門の理戒

などもわかり易い御指南である。

さて、ここまで読んで、先日来の話題とはずいぶんとかけ離れているように思う人もあるかもしれないが、そうではない。まさに顕正会ネタである。わたくしはこの台当一致・違目を宗門と顕正会の関係になぞらえようとしているのである。

あくまで、永遠に、顕正会は一致でなければならない。もちろん、ここでの一致は宗門と顕正会の一致である。

ところがどうしたことであろうか、今はひたすら違目へと走り続けているように見えるのである。その事例は枚挙に暇がない。もはや引き返せないところまで来てしまったかのようである。

やはり宗門を敵に回したのが最大の間違いだったのだろう。

2006/8/28

不飲酒戒と不妄語戒の話  
ウィンズ氏より酒場での折伏の是非について、コメントをたまわった。

結論から書くと、顕正会ではご法度である。
だが、氏の口ぶりからすると、どうやら宗門では必ずしも禁止されているわけではないようである。おそらくそうした瑣末なことは、個人の裁量に任されているということなのだろう。規則でガンジガラメに縛るのではなく、個人の良識を信じて任せる、もしくは個人の自由を尊重しているのだと思われる。

今回、顕正会では本部会議があって、さまざまの注意事項が発表された。
古い会員は前にも同様の指導会があったことを憶えていることだろう。わたくしはいつだったか忘れたが、五箇条の御誓文ならぬ五ケ条の制誡だったろうか、そんなような取り決めができて、その中に今回もあるような金銭貸借の禁止などとともに、会員同士での飲酒の禁止をうたっていたのを今でも憶えている。
さすがにこれは極端すぎるのではないかと思った。もともと飲み友達だった人を折伏して入信させてしまったら、もはや一緒には飲みに行けなくなってしまうではないか。これほどつまらない話もあるまい。

顕正会とは、かくも真面目な組織なのである。クソ真面目と言ったほうがいいだろう。
そんなわけだから、当然のことながら酒場での折伏など言語道断ということになる。そして面白いことに、批判サイトなどを見ていると、顕正会員に折伏されそうになったらその場で酒を飲んでしまえばいい、などという本気なのか冗談なのか見分けのつかないことが書かれていたりするのである。

実はもっと重大な問題が隠されていると思う。

ウィンズ氏は酒場で折伏することもあるというが、まさかその勢いで寺院に連れて行くわけではないだろう。コメントにも後日云々と書かれている。

顕正会の場合は違うのだ。いわゆる速戦即決主義なのである。

つまり、その日に折伏してその日のうちに会館ないし拠点に連れて行くのである。
相手に考える時間を与えない。考えるにもその材料がないではないか、ともかく試しにやってみて、それから考えればいいではないか・・・という論法である。ゆえにデタラメな折伏だと言われてしまうのだし、折伏を受ける側も騙まし討ちにあっているように感じてしまうのである。
悪く言えば、インチキ商売の手法と変わりがないであろう。

いずれにしても酒場で折伏して酔った勢いで会館に参るわけにはいかないので、おのずと酒場などでの折伏は回避するようになる。もちろん対象者(折伏の相手)が飲んでしまっても同様である。

これは飲酒の問題というよりは、その背景を構成していると思われる速戦即決主義の問題なのであろう。


さて、トチロ〜氏から感想を求められているわけだが、これがまたひじょうに深刻な問題なのである。もはや抜き差しならない状況になっているのだ。

ようするに、七月度の総幹部会における「正義にめざめて」にはウソがある、ウソも大ウソ、デタラメであると、トチロ〜氏はおっしゃっているのである。
もう、こうなると、どっちがウソでどっちがマコトか、二者択一になってくるわけで、折衷案だとか妥協案みたいなものは成立しなくなる。ゆえに今度は顕正会側が反論しなければならない道理になるが、おそらくそれはしないだろう。いわゆる頬被りを決め込むに違いない。

わたくしの感想は以上である。これでじゅうぶんだと思う。

なぜならば、わたくしには判断材料がない。
こうした場合は、単純に双方の言い分を読み比べて、どちらに信憑性があるかを決めるしかない。そして現時点では、トチロ〜氏に軍配を上げざるを得ないと思う。顕正会側が反論しない以上は、もうこれで確定してしまうことになるだろう。

さらに不利なことを言えば、登壇者の父親は顕正会に入会したものの、現在は退転していることである。顕正会は異流儀だ、とまで父親は言っているそうである。ご丁寧にも登壇者がそれを正直に書いているのだ。
つまり、この父親の所在を突き止めて取材すれば、さらに登壇内容のウソが明確になるかもしれないのである。もっとも父親は本山にも恨みがあるようだから微妙なところだが、いずれにしても息子の書いたことがあまりにもデタラメであればそれなりの証言をするに違いない。

少なくとも父親が退転しているということは、この登壇者は原稿を書くにあたって父親に相談することをしなかったと思われる。
父親がこの発表をどのように受け取るかを想像するがいい。そうすると、やはりどうしても顕正会のほうが具合が悪いような気がしてならないのである。

しかし、顕正会本部がそんな簡単にバレてしまうようなウソの登壇をさせるものだろうか?

そこがわたくしにはわからないのである。

2006/8/27

正規会員と名目会員の境界線は?  
わたくしは昨日、時間差攻撃的手法と題して書いたのだが、「時間稼ぎの忘却作戦」のほうがよかったかもしれない。

それはともかく、ずいぶん辛らつな内容を書いてしまったものである。
しかし、別に先生を憎くて書いているわけではないし、その逆でもない。まあ、普通ならここで、先生のためを思って、もしくは顕正会のためを思って、云々とするべきところだろうが、そうは書かない。それこそウソツキであろう。いまやそうした感情はあまりないのである。憎いとか憎くないとか、そういう次元ではなく、なるべくありのままをつくろわずに書いているのである。

さて、茶寮掲示板において、「一月も経たぬうちに僭聖増上慢の指導が変わってるんですね」などという書き込みがあった。
わたくしはこれを読んで、この人は偽装顕正会員ではないかと思った。まさか、真正の顕正会員ならば、こんなトンチンカンなことは書かないだろうと思ったからである。
いずれは上書きされてしまうと思われるので、気になる方は今のうちに掲示板を確認されたいと思う。

顕正新聞第1043号に、三類の強敵についての説明が載っている。結論部分だけを書くとほぼ次のごとくである。

俗衆増上慢=顕正会への悪口中傷をたれ流すテレビ等のメディア
道門増上慢=顕正会を怨嫉する諸宗・諸団体
僣聖増上慢=今はその姿をまだ隠している

一ヶ月も経たないうち・・・というのは大間違いであるが、確かに従来の指導とは異なっているのではないかと感じた顕正会員も多くいたに違いない。

そこでわたくしは大急ぎで過去の指導を調べてみた。
あるいは見落としがあったかもしれないが、平成十年・十三年・十七年に三類の強敵に関する指導を確認することができた。
さすがに全部を掲示するのは面倒なので結論だけを書いておこう。

浅井先生の三類の強敵についての指導にはそれほどの矛盾は存しない。

確かに細かい部分の表現には、齟齬がないわけではない。
けれどもわたくしはアバウトを容認する立場であるし、何度も書いているように他人の文章は善意に読み取るべきだと思っているので、そうするとこの件に関する先生の指導にはそれほどの問題を感じないのである。
もっとも、この点については異論のある方もいるかもしれない。その方はとりあえず過去の顕正新聞の記事を確認した上で、コメントをくださるようにお願いしたい。

さて、三類の解釈についてはとりあえず終わりにして、次もまた顕正新聞の第1043号からである。

事実は、本年五月五日に入会した元学会員が、同月二十七日、前々からの飲み友達の、これも元学会員の友人と、居酒屋で酒をのみ、酒の上でケンカをしたにすぎない。顕正会とは全く関係がない。
(中略)
居酒屋で、元学会員同士の飲み友だちのじいさんたちがケンカした。そんなことで県警が動いて顕正会の会館を家宅捜索するのも異常なら、顕正会の悪口中傷を流し続けたテレビ局も異常である。

昨日、もしかしたら先生はウソをついているかもしれないと書いたのは、まさにこの部分についてである。

ただし、ウソかマコトかは別にして、先生の心情はひじょうに理解できるものであるし、図らずもそれを補強する材料を発見することができたので、紹介したいと思う。
これは顕正新聞の第873号、すなわち平成十三年に女子部総班長が長期にわたって逮捕・拘留されるという不当な事件が起きた折の指導である。先生は、もし万一にも女子部員が不当逮捕された場合、たとえ遠隔地であろうともただちに弁護士を派遣することを明言した上で、

ただし、仏法のゆえの法難でなきゃダメですよ(大爆笑)。自分勝手なことでね(大笑)、大酒飲んで道路に寝込んじゃった(大爆笑)。拘置所にぶち込まれて(笑)、大の字なって「弁護士呼べー」なんて(大爆笑)。こういうのは困るんです(笑)。あくまでも法難の純乎たるものでなければいけない。

と、このように言っているのである。

もちろん、これをもって今回の事件を正当化するつもりはないし、先生をかばうつもりもない。けれども、前にも書いたように、飲み屋で折伏することはまずあり得ないのである。その意味では、いまだ真相は明らかとは言えないだろう。
今回の事件で顕正会が弁護士を派遣しなかったことをとがめるような、そういう書き込みがネット上に散見されたけれども、当然、しっかりと組織について真面目に活動していることがその条件となることだろう。ゆえに、その点を見極める作業も必要になってくる。

結局、浅井先生は今回の逮捕者を、顕正会には入会したものの信心のない単なるノンベエのジイサンだったと、このように判断したことになる。

これが妥当な判断かどうかは、さらなる詳細な検討が必要である。
いずれにしても顕正会員の折伏の質が問われていることは確かだろう。単に成果だけにこだわる折伏をしている者は、かえって先生に迷惑をかけてしまうことにもなりかねないことに気がつくべきなのである。

ところで、「じいさんたち」とは言うけれども、先生のほうがよっぽどジイサンではないのか?

2006/8/26

時間差攻撃的手法  
法華講員のお二方よりコメントをたまわりました。ありがとうございました。今日これから書くことはコメントの内容に関連するものと思われますので、ぶしつけながらこれをお返事代わりにさせていただきます。

グーグルのニュース検索を使って「創価学会」を調べると、本日現在、十七件の記事が出てくる。
ちなみに「日蓮正宗」は一件である。そして「顕正会」は・・・なんとゼロである。

創価学会員が何かしら事件を起こしたとか、そういうことではない。おもには、公明党の役員人事改編にからんで、創価学会の動向などにも触れられているわけである。善につけ悪につけ創価学会は世間の注目を集めている。

では、日蓮正宗はどうか? 顕正会はどうか?

わたくし自身、年がら年中、日蓮正宗関係の動向などに注視し、また、こうしてブログをつづっているものだから、感覚が麻痺しているところがある。ようするに、大げさに言えば、日蓮正宗が世界中から注目されているみたいに錯角しているフシがあるのだ。冷静に考えれば、世間的にはそれほど注目されているわけではないのである。まずは、このことを押さえておきたい。

七月三日に顕正会員が逮捕され、高崎会館などに家宅捜索が入ったことが報道された。

このニュースはどうなったのだろうか?

ようするに、毎日のように事件だの事故だのが起こっているものだから、おそらくニュースサイトにしてもどんどん上書きされていってしまうのだろう。ゆえに「顕正会」はゼロだったのである。わずか二ヶ月たらずで消えてしまうのである。人のうわさも七十五日というが、この数字も時代によって変える必要があるかもしれない。

茶寮掲示板の管理人が七月三日の事件について、繰り返し書いていらっしゃる。

これについて、どなたかが・・・おそらくは現役の顕正会員だろう、その人が言っていたのである、なぜそこまでこだわるのか、と。

わたくしの思うに、やはり今回の事件はゆるがせにできないだろう。なぜならば、もしかしたら浅井先生がウソをついているかもしれないからだ。すでに事件の概要を忘れてしまった人も多いことだろう。そこが問題なのである。

よく考えてほしいのは、事件の報道があったのは七月三日であること、総幹部会が七月二十七日、そしてその日は引き続き本部会議があった・・・だが、しかし、この本部会議の内容が公表されたのは、つい先日のことなのである。すなわち顕正新聞第1043号であるが、これをいちおう八月二十五日としよう。

実は七月度の総幹部会では事件について、ほとんど説明していないのである。その後に行なわれた本部会議でやや詳しく言及している。しかし、それをその場で聞いたのは全顕正会員中わずか百四十人の大幹部だけであって、実質的に一般会員は今回の顕正新聞合併号の出来まで知らなかったことになるのである。

大げさに言えば、二ヶ月近くも情報が遮断されていたことになる。そこまで言わないにしても、事件についての正式な見解が公表されたのは、事件報道から二ヶ月遅れということになる。

先ほど、もしかしたら先生はウソをついている、と書いた。
ようするに、事件の記憶が新しいうちに、あれこれと釈明しても通用しない、バレバレである、おそらくは見えすいたウソだと誰もが感じてしまう可能性があったのだろう。
何しろ報道では入信を断られたことに腹を立てて殴ってしまったと言っているわけであるから、もしそれが真っ赤なウソであれば、顕正会側も何らかの対抗手段を講ずる必要があったし、ぜひともそうするべきだったはずなのである。
ところがそのような行動に出た様子はまったくないようなのである。そして皆が忘れた頃になって事件の説明をしているのだ。

これは問題である。都合の悪いことを糊塗する意味があると思われても仕方がないであろう。
そして、もし逮捕された顕正会員が反論を試みたならば・・・例えば再び週刊朝日あたりで反論的な記事を書いたとしたらどうなるのであろうか?
ひじょうに怖いところである。最悪の場合、この一事で組織が崩壊しかねないのではないかと思う。

しかし、冒頭のごとく世間の注目度はひじょうに低い。ゆえにその心配はないと踏んでいるのだろう。

2006/8/25

匿名法論の有効性  
正統派顕正会員のaono氏から、バスタータイムズがなくなっているがどうしてだろうか・・・というような質問を頂戴した。

わたくしに聞かれても困るのである。何か特別な情報網でもあれば別だが、そんなものはないのである。ネット上に一般公開されている情報しか知り得ない、それがわたくしの立場である。

しかし、バスタータイムズは今も存在する。いちばん最初に登録しておいたurlのまま、今もちゃんと表示されるのである。

http://blog.livedoor.jp/bustertimes/

だが、デザイン変更にともなって、一時的に記事の閲覧ができなくなっているようである。
わたくしに言わせれば、デザインなどにかまっている場合ではないと思うのだが、まあ、それは人それぞれであろう。

それにしても、バスタータイムズには顕正会員から教義についての質問が寄せられているらしい。これは面白そうだ。
ところが、どうしたことか、質問は受け付けないなどと書いてある。

バスタータイムズ編集部は教義などの質問についてのコメントには返事はいたしません。

教義について真剣に問答をしたいのであればビデオ撮影OKの『法論』で文証を提示しながらするべきでしょう。


その方が正邪もハッキリしますからね。



なるほど、大した自信である。

しかし、ケチくさいではないか。ブログは一種の通信手段なのだから、なるべくなら質問に答えるべきであろう。わたくしにしても独白ブログをうたってはいるが、そのわりにはそこそこ質問には答えているのである。

そもそも法論は紙上法論のほうが確実性があると思う。確かに対面法論のほうがインパクトはある。しかし、そこにはいわゆるハッタリの語り口ないし口八丁などと言われる要素が入り込んでくるので、注意を要すると思う。

大聖人は、書は言葉を尽くさず、ことごと見参を期す、という意味を諸御書に仰せであるが、さりとて文筆が苦手であったわけではないのである。それは現代に伝えられる膨大な御書を拝すれば、疑いようのないところであろう。その上での見参を期す云々であられるのだ。
ゆえに立派なブログを構えながら、教義上の質問を受け付けないのでは、大聖人の御精神に反することになりかねないであろう。
もちろん、創価学会員対法華講員に見られるような、いつまで経っても決着のつかないような堂々めぐりに陥るようであれば、その時こそ、いよいよ対面法論を要求して然るべきと思う。

思えば、昨年は顕正会の命運を賭しての公開対決を宗門に迫ったのだが、結局は実現しなかった。
法華講員に言わせれば、いきなり頂上対決をしようなどということが最初から実現しないことを見越したハッタリのパフォーマンスなのだ・・・ということらしい。
これをもってこれを思うに、最初からビデオ法論をうたっているのも同様なのではあるまいか?

もっともネットは基本的に匿名であるから、それを利用して無責任な質問を連発して困らせるような行為も想定されるところではある。しかし、賢明な読者はそうしたことを含めて、双方の言い分をよく聞き分けて、どちらに軍配が上がるかを判断するであろう。

ゆえに、角度を変えて見れば、一切の質問を受け付けないという行為そのものが、あるいは読者の心証をいちじるしく悪くしていることにもなりかねないと思う。

2006/8/24

柔軟な解釈の可能性  
「たとえば猟師が身に袈裟を着るように、魔も外面をごまかして現れる。坊さんの姿、尼さんの姿、男の信者、女の信者の姿をとる場合もあれば、また、化けて聖者の身や仏の身で現れることもある。魔王は迷いの身でありながら聖者の姿を現し、我が正法を破壊する」

川蝉氏のブログから引用させていただいた。涅槃経の七の巻にある言葉らしいが、ぶっちゃけ「これは使える」と思った。

ここ数日来、僣聖増上慢は必ずしも出家に限らないのではないかということを、あれこれ書いてきた。もし上掲の文のごとくであるならば、わたくしの主張を補強することになるだろう。

最大の問題は、これを大聖人が御使用あそばしているかどうかである。
わたくしごときが勝手に使えるだの何だの言っても、大聖人が御使いになられていなければ意味はない。大聖人が採用なさらない経文は大聖人の義とは認められないわけである。
涅槃経そのものはそこらじゅうに御使用あそばしているのである。それでいて該当部分を一度も引用なさらなかったとしたら、大聖人は使えないと御判断になられたことになるだろう。

上掲の経文が御書中に存するかどうか・・・わたくしの調べた範囲では見当たらないようである。たとえ経文がそっくりそのまま引用されていなくても、その意味に当たる御書があればそれでもいいのだが、残念ながら現時点では不明である。

だがしかし、註法華経には涅槃経七の引用が一箇所だけ見られるようである。このことは軽く考えるべきことではないだろう。以下、現代宗教研究所の資料集から引用させていただく。

{5-055} 記八云。文三。初一行通明耶人<初一行通明邪人>。即俗衆也。次一行明道門増上慢者。三七行明・聖増上慢者<三七行明僣聖増上慢者>。此三中初可忍<故此三中初者可忍>。次者過前。第三最甚。以後々者転難識故。
{5-056} 涅槃経四云。我涅槃後無量百歳。四道聖人悉復涅槃。正法滅後。於像法中当有比丘。似像持律少読誦経。貧嗜飯食長養其身<貧嗜飲食長養其身>。○頭鬚髪爪悉皆長利。雖復袈裟猶如猟師。細視徐行如・伺鼠<細視徐行如猫伺鼠>。常唱是言我得羅漢。○外現賢善内懐貪嫉。如受唖法ハラ門等<如受唖法婆羅門等>。実非沙門現沙門像。邪見熾盛誹謗正法。如是等人。破壊如来所制戒律・正行意義。説解脱果離清浄法。及壊甚深秘密之教。各自随意反説経律。
{5-057} 涅槃経七云。仏告迦葉。我涅槃七百歳後。是魔波旬。漸当俎壊我之正法<漸当沮壊我之正法>。譬如猟師身服法衣。魔王波旬亦復如是。作比丘像・比丘尼像・優婆塞像・優婆夷像。亦復化作須陀・身。乃至化作阿羅漢身及仏色身。魔王以此有漏之形。作無漏身壊我之正法。是魔王波旬壊正法時。当作是言。若有経律作是説者。当知悉是魔之所説。若有経律作如是言。如来正覚久已成仏。今方示現成仏道者。為欲度脱諸衆生故。示有父母依因愛欲和合而生。随順世間作是示現。如是経律。当知真是如来所説。若有随順魔所説者。是魔眷属。若能随順仏説経律。即是菩薩。
{5-058} 弘五云。増上慢人非全無法。但是不了法門大小・階位深浅。濫生高矜名増上慢<濫生矜高名増上慢>。於増上法未得謂得。


正直に申し上げれば、わたくしにはよく読めない。当然、原典そのものはなおさら読めないであろう。しかし、どうやら上掲の一群は法華経五の巻の、まさに勧持品の二十行の偈のあたりに大聖人が御書き入れあそばしたであろうことが推測されるのである。

5-055と5-056は読めないながらも開目抄などに引用が見られる部分であることがわかる。そして次の5-057が川蝉氏のブログに載る訳文に相当するらしい。それから最後の5-058もまた、増上慢がどうのこうのと書かれているので三類の強敵に関する御引用なのであろう。

ようするに、涅槃経七の引用はぜんぜん無関係というわけではなく、逆に大いに関係のある引用なのである。

ただし、これはあくまで柔軟な解釈の可能性をさぐる作業であって、僣聖増上慢が出家であることを完全にくつがえすには至らないものであることを付言しておく。

2006/8/23

柔軟な解釈の余地  
しばらくなりを潜めていたkane氏がコメントを下さった。活動再開であろうか?
また、富士川氏は戸田氏の発言を加味してのことだろう、現代においては小泉首相が僣聖増上慢に当たるとして、池田氏はその眷属であるかのような・・・なんだか創価学会員の神経を逆撫でするコメントを入れていらっしゃる。

さて、今日は三類の強敵について、柔軟な解釈が可能かどうか、それを考えてみたい。

第一の有諸無智人と云ふは、経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣の比丘の大檀那等と見へたり。

三類の強敵は開目抄の当該御文のごとく、明確に規定されているのである。ゆえに、僣聖増上慢を国家権力だの評論家だのと言う戸田氏は間違いであり、あくまで出家の中から出てくるものと解するべきである。このことはわたくし自身、何ら否定するものではない。

だがしかし、ここにおいて柔軟なる解釈をまったく許さないとするのもどうかと思うのである。それこそ教条主義ないし原理主義とでも評するべきであろう。わたくしは合理的な理由があれば、もっと大胆な解釈が許されるのではないかと考えている。その意味では戸田氏のそれも強ちに間違いとは言えないことになるだろう。

そもそも三類の強敵とは何か?

やや風変わりな表現をすれば、法華経の行者の証明アイテムとも言い得るのではないかと思う。しかし、厳密には、日蓮大聖人の証明アイテムとするべきなのだろう。いわゆる総別の二義から、総じては法華経の行者全般に通ずる原理であるが、別しては日蓮大聖人御一人が末法のはじめに御出現あそばす、そのことを証明するための重要な要件となっていると思うのである。

開目抄を拝すると、どういうわけか法然が道門増上慢として登場する。これはちょっと意外である。
大聖人は立正安国論において法然を一凶とまで断言あそばしているのに、開目抄では第二道門増上慢になぞらえ、そして第三僣聖増上慢には良観を指名しているわけである。
まさにこれは経文を厳密に当てはめた結果であろうと拝される。何しろ法然は無戒邪見と規定されるわけであるから、いかにも智者げないし持戒げなる装いの僣聖増上慢には当てはまらない、すると残るところは持戒持律の良観くらいしか当てはまらなくなってしまうのである。

しかしながら時代を下るにつれ、持戒から破戒、そして破戒から無戒へと変化していくのが実相であって、末法に持戒の者がいるとしたらそれは怪異であるとも言われるわけである。ゆえに良観の持戒持律はまさに見せかけだけなのであるが、おそらく当時はそれなりの尊敬をあつめていたのだろう。しかし、さらに七百有余年下った今日ではどうか?

坊主丸儲けだの坊主憎けりゃ云々と、坊主にまつわる言葉には芳しくないものがいくつもある。
ようするにこれもまた経文のとおりであり、時代が下れば下るほどに僧侶の質が低下していくことを物語っているのではあるまいかと思う。そしてこのような世相において、もし持戒げなる僧侶が登場したらどうなるかと言えば、それこそウサン臭いとしか思われないであろう。

つまり、経文のとおりの僣聖増上慢は成り立ちにくい、それが現代なのである。

逆に言うと、大聖人の時代は持戒げなる僧の下限であり、いわゆる正法・像法の余残とでも言うべきが良観などであったのだろう。
ゆえに、法華経の行者を証明するアイテム・・・別しては大聖人御一人の云々と書いたわけである。

以上のような理由で、今日においては三類の強敵が経文に忠実な姿かたちで出てくるとは限らないのではないか・・・とわたくしは思うのである。

2006/8/22

柔軟な解釈の効用  
富士川氏からコメントを頂戴したわけだが、どういうわけか浅井先生までトバッチリを受けてしまったようである。

それはともかく、富士川氏は池田氏を僣聖増上慢ではないとしている。

どうやら宗門では見解が分かれているらしく、今回の議論でも法華講員は創価学会員からその点を突かれて四苦八苦している・・・というか早々に終結宣言を出して議論を放棄してしまったようである。

いまさら何を言っても始まらないが、あえて創価学会を皮肉ればこういうことだろう、すなわち宗門で池田氏を僣聖増上慢にはあらずという場合は、そこまで立派な人物でもないだろうということなのである、ゆえにそれを借りるのは滑稽でしかない。むしろ池田氏を僣聖増上慢であると主張してくれるほうが、評価としては格段に高いのである。
こうしたねじれ現象に気づいている人は、この件に関して宗門の見解に矛盾があるとしても、むやみやたらには指摘しないはずである。僣聖増上慢と言われるのもイヤであるが、さりとてそうじゃないと言われてしまうのも、ようは格段に低い評価を下されてしまっているわけだから、イヤなはずなのである。

法華講員側の引用に次のごとくあった。

僣聖増上慢とは、国家権力および一流評論家の学会批判なり

これは戸田城聖氏の見解なんだそうである。
ようするに、現在の創価学会員は僣聖増上慢を出家であると主張しているわけであるが、だったら戸田氏のこの発言はどうなるのか・・・という法華講側の反論なのである。なるほど、これは鋭い。国家権力は出家なりや? 評論家は出家なりや?
おそらく評論家には出家者もいることだろう、しかし、国家権力は出家ではないだろう、というか国家権力を僣聖増上慢とするのは初歩的な誤謬である。

わたくしも初心の頃はそのように誤解していた記憶がある。簡単に記せば次のごとくである。

第一、俗衆=一般大衆
第二、道門=出家者
第三、僭聖=国家権力


なんとなくこれはこれで、まとまりがいいのではないだろうか?

しかし、大聖人の御指南に従えば、間違いである。国家権力は俗衆なのである。
それにしても、戸田氏ほどの人物がまさかこのような初歩的なミスをするとは思えないのであるが、現在の創価学会員はこれをどのように捉えているのであろうか?
残念ながら、これに対する創価学会員側の回答はないようである。

ちなみに、いわゆる三障四魔の場合は、報障が国家権力に相当するであろうし、天子魔がまさにそれである。ゆえに、三類の強敵においても、ありがちな誤謬なのかもしれない。

さて、それではこの三類の強敵に、柔軟な解釈は許されないのだろうか?

そんなバカなことはないだろう、もちろん柔軟な解釈とは大聖人の御意を捻じ曲げることではなく、むしろさまざまの要素を勘案して合理的な解釈をあたえることである。それはじゅうぶんに可能なことであるし、場合によっては大聖人の御本意をよりいっそう鮮明にすることにもつながってくるのである。

できれば、法華講員にしても創価学会員にしても、そのような有意義な議論をしてほしいものである。


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