2006/10/21

法華経と法華経の行者はどちらが上か?  
黄河は千年に一度すむといへり。聖人は千年に一度出づるなり。仏は無量劫に一度出世し給ふ。彼には値ふといへども法華経には値ひがたし。設ひ法華経に値ひ奉るとも、末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし。

当ブログは法華講員の閲覧者が多いようである。
ゆえに、わたくしごときが日蓮本仏論みたいなことを書くのは、かえって顰蹙かもしれない。オマエに言われなくたって、オレらのほうがよっぽどよく知っているよ、というような声が聞こえてきそうである。
そんなわけだから、今日は簡単に終わらせようと思う。

上掲は日女御前御返事の一節であるが、あまり引用されていないように思うがどうだろうか?

ともかくも、これはすごい御指南である。

仏よりも法華経を上位に置く御指南はあまたある。いわゆる法勝人劣というヤツである。その代表例は本尊問答抄であろう。能生・所生の関係において、法華経を能生とし仏を所生とする、すなわち仏よりも法華経のほうが上位概念なのである。
法華講員は能所のたてわけにうるさい(?)が、これほど明確な能所のたてわけもないだろう。

ところが日女御前御返事では、さらなる上位概念が登場するのである。

つまり、仏よりも法華経、法華経よりも法華経の行者・・・ここでの法華経の行者は申すまでもなく大聖人のことであり、この場合は後ろに行くほど上位なのである。記号で書けば次のようになるだろう。

釈尊<法華経<大聖人

当該御文は、仏と表現されているのでそれを釈尊と書いてしまうと反発があるかもしれないが、他の御書との兼ね合いで・・・例えば、教主釈尊より大事なる行者、との御文もあるので、おおむね妥当なところであろうと思う。

2006/10/20

教主釈尊より大事なる行者とは?  
ウィンズさん、どうもありがとうございました。

ヘソマガリな話ですが、わたくしは現時点において、法華経を読んでみたいという欲求があまりありません。いわゆる余経も法華経も詮なしだと思っていて、ともかく御書を中心にしていれば大丈夫だろうと踏んでいるのです。

真の天のせめにてだにもあるならば、たとひ鉄囲山を日本国に引き回らし、須弥山を蓋ひとして、十方世界の四天王を集めて、波際に立ち並べてふせがするとも、法華経の敵となり、教主釈尊より大事なる行者を、法華経の第五の巻を以て日蓮が頭を打ち、十巻共に引き散らして散々に踏みたりし大禍は、現当二世にのがれがたくこそ候はんずらめ。

さて、法華経すら詮ないとするのは大いに反論の生ずるところであり、ことに日蓮宗系統から白眼視されるだろうことが予想されるところである。
上掲、下山御消息の御文にしても、これをただちに日蓮本仏論に結び付けんとすると、やはり日蓮宗側から反発が起こるのである。ここで必ず引き合いに出されるのが同御書の次の一節である。

自讃には似たれども本文に任せて申す。余は日本国の人々には上は天子より下は万民にいたるまで三の故あり。一には父母なり、二には師匠なり、三には主君の御使ひなり。

ようするに、大聖人はあくまで主君の御使ひである、すなわち釈尊の使ひである、ゆえに本仏論は不可であると。

それほどムキになるところでもないと思うのだが、そうもいかないのだろうか?
基本的には主君の御使ひでかまわないし、おそらくそれは日蓮正宗系統でも承知しているはずなのである。その上で、教主釈尊より大事なる行者であるとするのは、これまた自讃ではなくあくまで本文に任せての仰せなのである。つまりは釈尊が太鼓判を押しているわけである。

法華経第四法師品に云はく「人有って仏道を求めて一劫の中に於て合掌して我が前に在って無数の偈を以て讃めん。是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん。持経者を歎美せんは其の福復彼に過ぎん」等云云。文の心は、釈尊ほどの仏を三業相応して一中劫が間ねんごろに供養し奉るよりも、末代悪世の世に法華経の行者を供養せん功徳はすぐれたりととかれて候。まことしからぬ事にては候へども、仏の金言にて候へば疑ふべきにあらず。

法華経の第四に云はく「人有って仏道を求めて一劫の中に於て合掌して我が前に在って無数の偈を以て讃めん。是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん。持経者を歎美せんは其の福復彼に過ぎん」等云云。文の心は、仏を一劫が間供養したてまつるより、末代悪世の中に人のあながちににくむ法華経の行者を供養する功徳はすぐれたりととかせ給ふ。たれの人のかゝるひが事をばおほせらるゝぞと疑ひおもひ候へば、教主釈尊の我とおほせられて候なり。

前者が国府尼御前御返事であり、後者が上野殿御返事であるが、これらは身延入山の年にあらわされている。いずれも引用部分の末文が注目されるところで、とても本当の話とは思えないけれども釈尊の金言なのだから疑うべきではない、誰がそんなヒガゴトを言うのかと思えばなんと釈尊自らがそのように仰せになられているのである、といった意味の御指南である。

大聖人は法蓮抄においても同様の文言を添えておられる。

上の二つの法門は仏説にては候へども心えられぬ事なり。争でか仏を供養し奉るよりも凡夫を供養するがまさるべきや。而れども此を妄語といはんとすれば釈迦如来の金言を疑ひ、多宝仏の証明を軽しめ、十方諸仏の舌相をやぶるになりぬべし。

二つの法門というのは、おそらく罰と功徳の両面からの御指南を意味するのだと思う。
ようするに、釈尊を誹謗するよりも大聖人を誹謗することの罪の重さと、釈尊を供養するよりも大聖人を供養することの功徳の大きさ、である。

いずれにしても、これは大聖人の己義ではなく、釈尊の金言に基づくものだということが重要であろう。

ここで問題なのは、これをもって大聖人を本仏とし釈尊を迹仏とすることができるのかどうかであるが、おそらくこれまで引用してきた御書だけでは不足であろうと思う。それは日蓮正宗系統の人たちもじゅうぶん承知していることに違いない。ゆえに御相伝書の存在がものを言うわけであるが、それはまた別の話題である。

わたくしは思う、上掲の御書だけでもじゅうぶんに大聖人を本仏として仰ぐことは可能であると。さらに言えば、釈尊を迹仏とすることにも、さしたる問題はないであろうと。
なぜならば、大聖人が御引用あそばす法師品の意味は、まさにその意味に他ならないからである。釈尊をさしおいて大日であるとか阿弥陀を尊崇するのは間違いであり、釈尊もさぞ不快に思うことであろう、だが、釈尊をさしおいて大聖人を尊崇することは釈尊の金言どおりであり、釈尊の願うところである、それが法師品の意味するところに他ならないのだ。

少なくとも釈尊の御使ひである大聖人を、いわゆる釈尊の名代として釈尊と同等の立場として拝することは当然の道理であろう。さらに釈尊自らが、末法に自分の名代として出現する大聖人を自分以上に尊崇せよ、と仰せられるわけであるから、まさに大聖人を信仰することは道理に適っていることだと思う。

2006/10/19

効率の悪い学習法  
ウィンズ氏より質問が寄せられた。

まず、勤行は欠かさず実践している。しかし、それは顕正会式の勤行であって、おそらく法華講員に言わせれば功徳にならないのだろう、それどころか罪障を積むことにすらなるのだろう。まあ、わたくしとしては、それを言っちゃあオシマイよ、と申し上げるしかない。

教学研鑽については、別にえらそうなことを言える立場ではないのだが、常識的なことを申し上げると、最初はわからないことだらけでもそのうちにわかってくる、そこには自ずと個人差があって、ぜんぜん身につかない人もいる、しかし、そういう人でも、ある時期に一気に見えてくる場合もある。
ようはパズルみたいなもので、最初はわからなくても、ある程度の答えを出せれば、そこから消去法というか芋づる式に、次から次へと答えがわかってくる。

例えば、今日は「教主釈尊より大事なる行者」というタイトルで書こうと思っていたのだが、御書に堪能の人であれば昨日の投稿との脈絡からわたくしの考えていることが読めるに違いないのである。

せんずるところ法蓮抄の仰せは、釈尊を一劫の間誹謗する罪よりも大聖人をほんの少しでも誹謗する罪のほうが百千万億倍の大罪だという御指南なのである。

これが昨日の文章の一部である。当然ながら法蓮抄を拝読すれば、わたくしの書いたことは誰でもわかるはずなのである。御文そのままではないけれども、さりとて意訳というほどでもない。そしてこの手の御指南は決して特殊なものではなく、身延期の御書に多く見られるのである。

つまり、最初はわからないけれども、同趣旨の御書がいくつも出てくれば、誰だってピンと来るはずなのである。重要な御指南だということが・・・

下山御消息の「教主釈尊より大事なる行者」は、表現としては突出している。いわゆる日蓮本仏論の重要なキーワードともなる御文であって、知らない人はいないくらい有名である。
結局、この根拠をどこに求めるかと言えば、上掲のごとくの法蓮抄などに見られる御指南がそれなのだと思う。

ここで大事なことは、最低でもこれらの御書を知っていなければならない、拝読したことがなければお話にならないわけである。

古文に対する感受性ということでは、わたくしに見るべきものは何もない。
何しろ現代国語すら満足ではないのである、いわんや古語をやである。わたくしはいわゆる文法を知らないので、意味のわからない御文がたくさんある。ゆえに単純に肯定なのか否定なのか、その区別がつけばいいくらいに思っている。あとは習うより慣れろである。

御書を読むのが苦痛だという人もいるだろう、実はわたくしにもその経験がある。だからよくわかるのだ。意味がわからないまま読むのは、ある意味、ストレスである。
では、勤行はどうだろうか? 皆さん、法華経の意味をわかって読経しているのだろうか?
わたくしは未だにわからない。毎日、寿量品を読んでいるけど、訓読してみろと言われたら困ることになる。できないのである。しかし、勤行は欠かさずやっているのである。

わたくしの御書の拝読法はこれなのだ。
ほとんど読経と同じような感じでやっている。意味をさぐろうとか思わないで、とにかく読み進めていくのである。

おそらく効率の悪い学習法であろう。
しかし、先に書いたごとく、最初はさっぱりわからなくとも、いずれはわかる時がくる。わかり始めたら、あとは芋づる式にどんどんわかるようになる・・・はずである。

結局は新池御書にあるごとく、あと一日でゴールなのに挫折してしまうことが多いのだろう。実際には、あと一日なのか一年なのか十年なのか、それがわからないから余計に大変なのであるが・・・

2006/10/18

一劫ないし一中劫の換算値に意味はあるのか?  
K氏にはわたくしの愚問にお付き合い下さいましたこと、大変にありがたく思うものであります。今後ともよろしくお願い申し上げます。

さて、冨士の研究論文には、一劫を一千六百万年とする記述があるわけだが、わたくしはその数字の根拠を知らないと書いた。すると、ありがたいことに、この算出方法を教えてくださる方があらわれた。まずは法蓮抄の御文を掲げさせていただく。

一劫とは人寿八万歳ありしより百年に一歳をすて千年に十歳をすつ。此くの如く次第に減ずる程に人寿十歳になりぬ。此の十歳の時は当時の八十の翁のごとし。又人寿十歳より百年ありて十一歳となり、又百年ありて十二歳となり、乃至一千年あらば二十歳となるべし、乃至八万歳となる。此の一減一増を一劫とは申すなり。

これが一千六百万年の根拠となるのだそうである。
わたくしはこの御書をこれまで何度となく拝読してきたが、まったく気がつかなかった。なにしろ数字に弱いものだから、よく考えもせずにすっ飛ばして読んでしまっていたのである。この御指南を数式にすると次のごとくなるらしい。・・・らしい、というのは愚鈍のわたくしには未だによくわからないからである。

(80000−10)×100年×2(増・減の往復)
=15998000(約1600万年)


顕謗法抄では次のごとく仰せである。

此の無間地獄の寿命の長短は一中劫なり。一中劫と申すは、此の人寿無量歳なりしが百年に一寿を減じ、又百年に一寿を減ずるほどに、人寿十歳の時に減ずるを一減と申す。又十歳より百年に一寿を増し、又百年に一寿を増する程に、八万歳に増するを一増と申す。此の一増一減の程を小劫として、二十の増減を一中劫とは申すなり。

なるほど、なんとなくわかってきた。ここでは二十の増減が入るわけだから、単純に先の数字の二十倍と考えていいのだろう。そうすると三億二千万年になる。折伏理論書に書かれている数字は、まさにこれだったのだ。

しかし、厳密には違うのではなかろうかと思う。

顕謗法抄では最初の値を八万歳ではなく、無量歳としているからである。もし無量の意味を無限大に捉えると、他の値がどうであれ、計算上は無限大になってしまうと思うのだが、違うのだろうか?
また、無量歳を無限大とはしないにしても、この数値がはっきりしない以上は計算のしようがないであろう。

さらに加えると、法蓮抄の前掲御文のすぐ後ろには、次の仰せを拝するのである。

又種々の劫ありといへども且く此の劫を以て申すべし。

つまり、一劫には諸説あることを仰せになられているのだ。
大聖人はあくまで一例として一劫の長さを御説明あそばしているだけであって、これが絶対的な基準となるわけではないらしいのである。このあたりのことは先日の富士川氏のコメントが大いに参考になるところであろう。

http://diary.jp.aol.com/ganko/530.html#comment

せんずるところ法蓮抄の仰せは、釈尊を一劫の間誹謗する罪よりも大聖人をほんの少しでも誹謗する罪のほうが百千万億倍の大罪だという御指南なのである。ゆえに、一劫の長さはそのことを説明するための材料に過ぎないわけであって、数値そのものにはあまり意味がないのではないかと思う。

よくよく考えてみれば、もし一千六百万年ないし三億二千万年に意味があるのならば、大聖人御自身がその数字を御書に残されたはずである。

やはりこの数字には、あまり意味はないのであろう。

2006/10/17

仏法は現代宇宙論と完全に一致するのか?  
階層構造も明示

さらに大聖人様は、三千大千世界について、大夫志殿御返事にかく仰せられている。
「三千大千世界と申すは、東西南北・一須弥山・六欲梵天を一四天下となづく、百億の須弥山・四州等を小千と云う、小千の千を中千と云う、中千の千を大千と申す」と。
このなかの「一四天下」とは、恒星を中心とした、太陽系のような惑星群をさす。この一四天下が百億集まったものを小千世界、小千世界が千集まったものを中千世界、中千世界が千集まったものを大千世界といい、この大千世界を「三千大千世界」というとの仰せである。
これは、銀河の構造を明かされると共に、宇宙の構造が階層になっていることを示唆されたものである。
すなわち銀河系も、宇宙の構造と同様、二千億個の星が均等にちらばっているわけではなく、数十万個の恒星が集まって球状星団をつくり、それらが集まって銀河系を構成しているといわれており、この御文はそのさまを説かれたものである。
そしてこの階層構造が、幾次元にもわたりながら、果ては超銀河団、泡構造となって何十億光年の彼方まで連なっていることは、これまでみてきたとおりである。
ここに仏様の知見は、完全に現代宇宙論と一致するわけであるが、何ゆえ電波望遠鏡もない時代に、仏様が大宇宙の立体的構造をご存じであられたのか、ただ不思議の一語に尽きる。


冨士三百三十九号所収の論文からである。

実は先ほど、篤志家より極秘情報(?)が寄せられた。
なんと、わたくしが数日前から取り扱っている話題は、過日の御大会式で浅井先生がしゃべっていた内容と一致するのである。これには驚いた。
あるいは本部関係者が疑心暗鬼に陥っているといけないのでちゃんと書いておくが、何もわたくしは先生の講演を知った上で書いているわけではない。たまたまの符合である。

むしろわたくしは、御大会式参加メンバーが当ブログを閲覧していないらしいこと、もしくは閲覧していてもコメントを寄せてくれないことにガッカリする思いである。というのは、一昨日の投稿の、次のくだりをご覧いただけばわかるであろう。

浅井先生も以前はしばしば日曜勤行において、三千大千世界について語ったものだった。しかし、近年はどうだろう、つぶさには確認できないが、どうもこの手の指導はとんとご無沙汰なのではなかろうかと思う。ゆえに後輩を指導する立場の幹部でも・・・ヘタすると隊長・区長クラスでも、説明できないかもしれないのである。

この二日前に御大会式が行なわれているわけであるから、隊長・区長クラスが当ブログをご覧になっていれば、何を書いておるものかと思うことだろう。コメント欄を使って教えてくれる人が一人もいないことをわたくしは残念に思う。

あるいは本部関係者は、これでさらなる疑心暗鬼に陥ったかもしれない。
ようするに、わたくしとしては先生の講演をいち早くキャッチした上で、わざと知らないふりして上掲のごとくに書くことも可能なのである。もしかしたら当日、本部会館にいたかもしれないのである。

まあ、心配はご無用である。ズボラな性格のわたくしがそこまでするわけがないのである。ただし、篤志家がいらして、情報を提供してくれるのは事実である。それがどの程度の情報であるかはご想像に任せるしかないが・・・

話が脱線してしまったが、富士川氏よりコメントを頂戴しているので、それを踏まえて話をまとめることにしよう。

そもそも“劫”を現代の年数換算にすることに無理があります。

これがもっとも常識的な思考なのであろう。
ようするに、何でもかんでも現代に当てはめようとするから無理が生じてしまうわけである、ゆえに比喩即真実がここでも援用されて然るべきなのだと思う。ただし、塵点劫とか無量劫みたいなものはまさに久々遠々の表現として理解できるが、二十九劫ともなるとかなりリアルな印象を受けざるを得ないので、どうしてもあれこれと数値をさぐりたくなるところではあると思う。

いずれにしても論文中の、「完全に現代宇宙論と一致する」云々は、さすがに言い過ぎであろう。

2006/10/16

地神二十九劫は地球の年齢を意味するのか?  
ウィンズさん、いつもながらありがとうございます。「根はやんちゃで好奇心旺盛な子供」というのはある意味、ほめ言葉のような気がします。わたくし自身、いつまでも好奇心旺盛でいたいとの思いを持っておりますが、はたしてその年齢に達した時にどうなっているか、ヘタをすればボケまくっているかもしれませんからね。
宇宙の捉え方においては宗門でもほぼ同様であるとのこと、うけたまわりました。
以下は昨日の続きです。


地球の公転を説く仏法

仏法ではすでに三千年前に、先のマテオ・リッチの言葉にあったごとく、地球が大宇宙のなかを動いていることをはじめ、現代宇宙論の銀河に相当する「三千大千世界」が無数に近い数存在していること、さらには宇宙の構造等に至るまで、説き明かしているのである。
キリスト教がつい先日まで天動説に固執していたのを思うと、そのあまりの懸隔に長大息のほかはなく、仏智の偉大さにただ低頭するのみである。
地球が大宇宙のなかを動いているということは、大聖人様の御書のなかにも拝することができる。
刑部左衛門尉女房御返事の
「我地神となること二十九劫なり、其の間大地を頂戴して候に頸も腰も痛むことなし、虚空を東西南北に馳走するにも重きこと候はず」
との御文がそれである。
このなかの「地神」とは、地球のことである。ここでは明らかに「地神」が「東西南北に馳走する」とある。すなわち太陽の回りを公転することが説かれているのである。


マテオ・リッチについては同論文の冒頭に出てくる。

十六世紀に中国を訪れたキリスト教の宣教師マテオ・リッチは、中国人の宇宙観について
「(中国では)空はただ一つではない、空はからっぽで詰まっていない、星は虚空のなかを動くので、われわれの知るように天に付着しているのではない」
と記しているが、この宇宙観が仏法に由来するものであることは、いうまでもない。


はたしてこの宣教師の言葉だけで、地球が動いていることを示唆することになるのかどうか、それは少しアヤシイ気がする。まあ、控えめに見積もって、彼は当時におけるキリスト教圏の宇宙観と東洋のそれとの差異を認識していた、と言うことはできるだろう。そしてどちらかといえば、東洋の宇宙観のほうが現代的ではあるのだろう。

この論文では一劫を一千六百万年であるとしている。これまた先日の一中劫と同様に、その数字の根拠をわたくしは知らないのだが、何らかの手掛かりがあってそのような数字を打ち出しているのだろう。

わたくしは上掲にある御書の地神二十九劫が気になる。

ようするに、地神とは地球のことであるという、すると地球の年齢は二十九劫となる、一劫の二十九倍であるから、一千六百万に二十九を掛ければ答えが出る。
一方、現代科学でも地球の年齢の推定値が示されている。

さて、両者の相違如何?

二十九劫=四億六千四百万年
現代科学=四十六億年

これはどうしたことだろう、一桁の違いが出てしまっている。もし一劫を一億六千万年にすれば、みごとに一致することになる。だが、そんな勝手なことはできない。
いずれにしもて、わたくしは数字に弱いので、あるいはどこかに勘違いがあるかもしれない。よって上記の数字を信用せず、おのおのが自分で計算することをお願いしたい。

それにしても大聖人の御書にある東西南北に馳走する地神の描写は意味深である。
これをもってただちに公転の意味だとするのはどうかと思うが、虚空を馳走するというのだからともかくイメージ的には空中に浮かんでいるのだろう。確かにすごい御指南だと思う。

2006/10/15

三千大千世界とは何か?  
宇宙望遠鏡がとらえた
   アンドロメダ銀河
「三千大千世界」とはこれ!


顕正新聞は毎月三回五の日に発行される。そして五日号は、たいてい総幹部会の記事が第一面に来る。
第1047号すなわち平成十八年十月五日号も、第一面には先月末に行なわれた総幹部会の記事が掲載されている。

そのこと自体は取り立てて言うこともないのだが、その下段に色彩鮮やかなアンドロメダ銀河の写真が載っていて、それがひじょうに印象的である。

見出しの文言は上掲のとおりである。そして本文中には、次の文言がある。

この銀河の中には数千億個の恒星や、星団、ガス星雲などが含まれているが、これらの銀河こそ、仏法でいう「三千大千世界」に相当するといえよう。

平成九年の一国諫暁書の表紙には、その年、地球に最接近した彗星のカラー写真が出ている。これは単に読者の興味をそそる写真だからという理由で載せたわけではなく、仏法上の理由があってのことである。
ゆえに今回の写真もまた、それなりの意味があるはずなのだが、それは何であろうか?

顕正新聞の記事は不親切である。初心者がこれを読んでもよくわからない。三千大千世界がどうのこうの、何のことだろう?ってなものである。
ともかく信心とは関係のないことを取り扱わない、それが顕正会流である。ましてや第一面に載せているのだから、信心の話と大いに関係があるはずである。

これは知る人ぞ知ることであろう、実は浅井先生は存外に宇宙のことが好きなのである。

冨士の二百九十七号には、「UFOは果たして存在するか」というテーマで、なんと十四ページにわたる記事が掲載されている。また、三百三十九号には、「仏法から見た最新の宇宙構造論」と題する特別研究レポートがあって、こちらは十ページを割いている。
これらは先生が書いたものではないが、当時の一級教学部員が執筆している。当然のことながら先生の意を受けてのことだろう。
三千大千世界のことは、この二つの論文の中に出てくるのである。つまり、これを読んでいる人には冒頭のアンドロメダ銀河のこともそれなりに理解できるわけだが、初心者には何がなんだかさっぱりわからないはずなのである。

浅井先生も以前はしばしば日曜勤行において、三千大千世界について語ったものだった。しかし、近年はどうだろう、つぶさには確認できないが、どうもこの手の指導はとんとご無沙汰なのではなかろうかと思う。ゆえに後輩を指導する立場の幹部でも・・・ヘタすると隊長・区長クラスでも、説明できないかもしれないのである。
このあたりにもレベル低下の一端があらわれているような気がする。

さて、今日のところは冨士三百三十九号に引用されている御書とその解釈を、簡略に紹介しておきたい。

我地神となること二十九劫なり、其の間大地を頂戴して候に頸も腰も痛むことなし、虚空を東西南北に馳走するにも重きこと候はず

これは地球の公転を意味する御文なのだそうである。

三千大千世界と申すは、東西南北・一須弥山・六欲梵天を一四天下となづく、百億の須弥山・四州等を小千と云う、小千の千を中千と云う、中千の千を大千と申す

なんとこれは銀河の構造を意味する、さらには宇宙が階層構造になっていることを示唆する御文なのだそうである。

はたしてそうなのだろうか?

正直なところ、わたくしにはよくわからないのであるが、ともかくこれを第三者がどのように見るのか気になるところである。また、宗門や創価学会ではどのように解釈しているのか、それもひじょうに気になるところである。

明日は冨士の当該論文をもう少し詳しく紹介しようと思う。

2006/10/14

須弥山はヒマラヤなのか?  
あまりまじめな事ばかり書いていると、つまらないので、(以下省略)

いったい何を言っておるものかと思えば、折伏理論書を熟読している人間は一割未満であろうと・・・

ようするに、この一割の根拠は何かと聞かれたら、さしたる理由はない、ゆえに冒頭のごとくに断りを入れているのだろう。
現在顕正会は百万人を公称しているので、その一割ならば十万人だから大したものであるが、おそらく富士川氏は実勢会員数の一割未満であると言っているのだろう。そうすると実勢会員数はいくらかが問われるが、それもまた明確な根拠を示すことは難しいであろう。ゆえに不真面目なコメントであることをにおわしているのだと思われる。

大聖人様は仏界の中の仏界に在わし、一人一人の事を常に御照覧遊ばされいて、臨終の後には現れて手を引いて下さる

これはウィンズ氏の指導教師がおっしゃったことだというが、折伏理論書にも同様の記述があるので紹介しておこう。

いっぽう、三大秘法を清らかに持つ者は、御本尊の守護により、本来人間にとって何よりも恐ろしく苦しい臨終も安らかに、そして死後の生命は仏界へと導かれる。
「所詮、臨終只今にありと解りて信心を致して南無妙法蓮華経と唱うる人を、『是の人命終せば、千仏手を授けて、恐怖せず悪趣に堕ちざらしむ』と説かれて候」(生死一大事血脈抄)と。
臨終の時「千仏」が手をさしのべて、死を恐怖させず、また悪道に堕とさしめない、とある。「千仏手を授けて」とは、末法救護の御本仏・日蓮大聖人が御守護下さるということである。ゆえに、
「中有の道にいかなる事もいできたり候はば、日蓮が弟子なりとなのらせ給へ」(妙心尼御前御返事)
また
「御臨終のきざみ生死の中間に、日蓮かならずむかいにまいり候べし」(上野殿御返事)と。
死より中有に入らんとする時、大聖人が仏界へと導いて下さるとの仰せである。なんと有難いことではないか。


法華講員がこれを読んでどう思うか、それは知ったことではない。

まあ、しかし、バランスを考えて折伏理論書にツッコミを入れておこう。

無間地獄の寿命は一中劫とされている。一中劫とは約三億二千万年に相当する。

これの根拠を知らないが、何かしら手がかりになる数字があるわけであろう。

だったら「由旬」はどうか?

つまり、時間の単位としての「劫」を上掲のごとくに現代の数値で示せるのだから、同様に距離の単位である「由旬」もできるはずなのである。
折伏理論書には等活地獄が一千由旬、無間地獄が二万由旬であることが載っている。実は同書にはもう一つ重要な手がかりが載っているのである。

譬えば、天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮かび、雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞こゆ。

天月は間違いなく月のことである。月までの距離をわたくしはよく知らないが、その手のサイトをさがせばすぐにでも判明することであろう。つまり、天月の四万由旬にその数字を代入すれば、おのずと無間地獄の二万由旬も現代の数字に置換することができるわけである。
計算の得意な人はやってみたらいい。無間地獄を地の下に求めるのはけっこうであるが、どうやら地球の裏側まで突き抜けてしまいそうである。これは困った。

また、須弥山は十六万八千由旬であると御書に出てくる。

この須弥山を基準にすれば、地の下二万由旬はまあ妥当な線ではある。しかし、今度は天月四万由旬がおかしくなる。なぜならば、天月は須弥山よりもずいぶん低いところに浮かんでいることになるからである。

確か浅井先生は須弥山をヒマラヤだと説明していたような気がするのだが・・・

2006/10/13

霊山浄土の所在地はどこか?  
元会員のお二人は、地の下云々を比喩であると認識していたようである。だが、安心はできない。瑠璃堂氏のコメントにあるごとく、後輩から質問されて珍回答を繰り出す幹部も各所に見られたという。やはり折伏理論書の全面的な見直し作業が求められているのではないかと思う。

それはさておき、ウィンズ氏のコメントには一瞬だけ迷った。十字御書のことはK氏が紹介しているのである。ところがウィンズ氏はそれをご覧になっていないようなのである。氏は携帯を使って閲覧しているらしいのだが・・・

わたくしも携帯電話を使って閲覧してみた。
なるほど、本文を読むだけでも大変である。ましてや一々のコメントまで開くのはなおさら大変な作業であろう。ゆえにこれをもってウィンズ氏を責めるわけにはいかない。

そういうわけなので、改めて御書の引用をさせていただくことにする。

夫浄土と云ふも地獄と云ふも外には候はず、ただ我等がむねの間にあり。これをさとるを仏といふ。これにまよふを凡夫と云ふ。これをさとるは法華経なり。もししからば、法華経をたもちたてまつるものは、地獄即寂光とさとり候ぞ。

文永二年の上野殿後家尼御返事である。そして次が弘安四年の十字御書である。

抑地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば、或は地の下と申す経もあり、或は西方等と申す経も候。しかれども委細にたづね候へば、我等が五尺の身の内に候とみへて候。

誤解のないように書いておくと、浅井先生は日曜勤行の折にこの御文を拝読したことがある。ゆえに知らないわけではないし、都合が悪いというわけでもないのである。

他に関連する御書としては一生成仏抄の次のくだりなどであろうか?

又衆生の心けがるれば土もけがれ、心清ければ土も清しとて、浄土と云ひ穢土と云ふも土に二つの隔てなし。只我等が心の善悪によると見えたり。衆生と云ふも仏と云ふも亦此くの如し。迷ふ時は衆生と名づけ、悟る時をば仏と名づけたり。

また、少々長い引用になるが、守護国家論の次の一段も重要であろう。

問うて云はく、法華経修行の者何れの浄土を期すべきや。答へて曰く、法華経二十八品の肝心たる寿量品に云はく「我常在此娑婆世界」と。亦云はく「我常住於此」と。亦云はく「我此土安穏」文。 此の文の如くんば本地久成の円仏は此の世界に在せり。此の土を捨てゝ何れの土を願ふべきや。故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思うべし。何ぞ煩はしく他処を求めんや。故に神力品に云はく「若しは経巻所住の処ならば、若しは園中に於ても、若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧坊に於ても、若しは白衣の舎にても、若しは殿堂に在っても、若しは山谷曠野にても、乃至当に知るべし、是の処は即ち是道場なり」と。涅槃経に云はく「若し善男子、是の大涅槃微妙の経典流布せらるゝ処は当に知るべし、其の地即ち是金剛なり。是の中の諸人も亦金剛の如し」已上。 法華涅槃を信ずる行者は余処に求むべきに非ず。此の経を信ずる人の所住の処は即ち浄土なり。

このように初期の御書から御晩年に至るまで、大聖人の御指南は一貫性が保たれている。

しかし、御書に詳しい人は思うだろう、御書には死後に霊山浄土へ参る意味の記述がたくさん出てくるのである、これはどういうことなのかと。

実はわたくし自身、あまりよくわかっていない。あるいは念仏宗に即応する意味での為人悉檀なのだろうかとも思うが、確信はない。

これについてはとりわけK氏のご意見をうかがいたいところである。

2006/10/12

相互理解のススメ  
最近は日々、戦々恐々たる思いである。

ぶっちゃけ申せば、法華講員から何を言われるかわからんので、ウカツなことは書けないのである。どうも当ブログへの風当たりが強くなってきたような気がする。そろそろ撤収の時期か?


富士川氏の自画自賛をお借りして、次のような方程式を導き出してみた。

日興上人が身延を御離山になられたからこそ、今日の大石寺がある。妙信講が解散処分になったからこそ、今日の顕正会がある。

「日興一人本師の正義を存じて、本懐を遂げ奉り候べき仁に相当って覚え候えば」であるからして、さしずめこれは「浅井一人御遺命の正義を存じて」云々となろうか?

ああ、こりゃまた、何を言われるかわからん・・・


K氏より質問が寄せられた。わたくしの師匠は誰なのかと。

また、ヘタなことを書くと大変なことになりそうだが、わたくしの師匠は浅井である。まさか日顕上人であるとか日如上人とは書けまい。ますます話がややこしくなる。

しかし、K氏の質問の意味は、いわゆる小師の存在を問うているのだろう。その意味では、残念ながら師はいない。とりわけ現在は顕正会の組織からも離れているので、ようは無所属みたいなものである。

まあ、何を言われても仕方がない。ともかく質問への回答はくだんのとおりである。


K氏とこれ以上、地獄の話を言い争っても仕方がないのであるが、ご意見を踏まえて建設的なことを申し上げれば、次のようになるだろう。

顕正会では大量の入信者がいる。この人たちはさしあたって折伏理論書を学ぶことになる。そこには地獄の説明があって、地獄は地の下にあると記述されている。
この人たちにアンケートを取るのである。地獄はどこにありますか?
はたして地の下と答える人がどのくらいいるのか、これはひじょうに興味深いデータとなることだろう。もっともアンケートを実施することは困難であるが・・・

アンケートが実施されたと想定しよう。その上でアンケートの結果を想像してみると、けっこう不安になる。

現在の顕正会員の教学レベルでは、ひょっとしたら地獄は地の下にあると答える人が圧倒的多数を占めるかもしれないのである。もしそうであれば、K氏の主張が正しいことになるだろう。なんだかものすごく不安になってきた。

わたくしは思う、顕正会の首脳部は極秘にでもこのリサーチをするべきである。

どういう意味かと言うと、折伏理論書は日蓮大聖人の仏法を学ぶための入門書として、いわば決定版のような、そういう意気込みで出版されたものなのである。それは初版の前書きを読んでもわかることだ。
しかし、文中に田中角栄がどうのこうのとあったりして、今日的にはややミスマッチのような記述もないわけではないのだ。そういう部分はどんどん改訂をしていってもいいだろう。また、時代に即応する意味とは別に、大聖人の仏法に対するアプローチとして最新の成果を反映させることも必要であろう。換言すれば、従来の説明でいいのかどうか、今一度見直すべきなのである。

折伏理論書の記述は、必ずしも地獄を地の下にあると断定するものではない。だが、重要なことは、初心者がこれを誤解して受け取ってしまう可能性があることなのだ。もし大半の人間が誤解してしまうとすれば、それは説明が悪いからである。つまりは浅井先生の書き方が悪いことになる。
その意味では、K氏のご紹介くださった法華講員の基礎教学のほうがはるかに平易であり、誤解の生じにくい、すぐれた説明ということになるだろう。

わたくし個人は、ご紹介の範囲での判断であるが、法華講員の基礎教学よりも浅井先生の折伏理論書のほうがすぐれていると思う。しかし、いわゆる最大公約数的に読者がどのように理解するか、それが重大問題なのである。ゆえに現在の読者の理解度に応じて、それ相応の改訂が要求されているのではないかと思うのである。

早い話、新入信者が折伏理論書を読んで、地の下・一千由旬がどうのこうの・・・なんじゃこりゃ?ってことで早々に退転していくとしたら、大変な損失であろう。

K氏の心配はそこなのである。(意味不明?)


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