2006/10/17

仏法は現代宇宙論と完全に一致するのか?  
階層構造も明示

さらに大聖人様は、三千大千世界について、大夫志殿御返事にかく仰せられている。
「三千大千世界と申すは、東西南北・一須弥山・六欲梵天を一四天下となづく、百億の須弥山・四州等を小千と云う、小千の千を中千と云う、中千の千を大千と申す」と。
このなかの「一四天下」とは、恒星を中心とした、太陽系のような惑星群をさす。この一四天下が百億集まったものを小千世界、小千世界が千集まったものを中千世界、中千世界が千集まったものを大千世界といい、この大千世界を「三千大千世界」というとの仰せである。
これは、銀河の構造を明かされると共に、宇宙の構造が階層になっていることを示唆されたものである。
すなわち銀河系も、宇宙の構造と同様、二千億個の星が均等にちらばっているわけではなく、数十万個の恒星が集まって球状星団をつくり、それらが集まって銀河系を構成しているといわれており、この御文はそのさまを説かれたものである。
そしてこの階層構造が、幾次元にもわたりながら、果ては超銀河団、泡構造となって何十億光年の彼方まで連なっていることは、これまでみてきたとおりである。
ここに仏様の知見は、完全に現代宇宙論と一致するわけであるが、何ゆえ電波望遠鏡もない時代に、仏様が大宇宙の立体的構造をご存じであられたのか、ただ不思議の一語に尽きる。


冨士三百三十九号所収の論文からである。

実は先ほど、篤志家より極秘情報(?)が寄せられた。
なんと、わたくしが数日前から取り扱っている話題は、過日の御大会式で浅井先生がしゃべっていた内容と一致するのである。これには驚いた。
あるいは本部関係者が疑心暗鬼に陥っているといけないのでちゃんと書いておくが、何もわたくしは先生の講演を知った上で書いているわけではない。たまたまの符合である。

むしろわたくしは、御大会式参加メンバーが当ブログを閲覧していないらしいこと、もしくは閲覧していてもコメントを寄せてくれないことにガッカリする思いである。というのは、一昨日の投稿の、次のくだりをご覧いただけばわかるであろう。

浅井先生も以前はしばしば日曜勤行において、三千大千世界について語ったものだった。しかし、近年はどうだろう、つぶさには確認できないが、どうもこの手の指導はとんとご無沙汰なのではなかろうかと思う。ゆえに後輩を指導する立場の幹部でも・・・ヘタすると隊長・区長クラスでも、説明できないかもしれないのである。

この二日前に御大会式が行なわれているわけであるから、隊長・区長クラスが当ブログをご覧になっていれば、何を書いておるものかと思うことだろう。コメント欄を使って教えてくれる人が一人もいないことをわたくしは残念に思う。

あるいは本部関係者は、これでさらなる疑心暗鬼に陥ったかもしれない。
ようするに、わたくしとしては先生の講演をいち早くキャッチした上で、わざと知らないふりして上掲のごとくに書くことも可能なのである。もしかしたら当日、本部会館にいたかもしれないのである。

まあ、心配はご無用である。ズボラな性格のわたくしがそこまでするわけがないのである。ただし、篤志家がいらして、情報を提供してくれるのは事実である。それがどの程度の情報であるかはご想像に任せるしかないが・・・

話が脱線してしまったが、富士川氏よりコメントを頂戴しているので、それを踏まえて話をまとめることにしよう。

そもそも“劫”を現代の年数換算にすることに無理があります。

これがもっとも常識的な思考なのであろう。
ようするに、何でもかんでも現代に当てはめようとするから無理が生じてしまうわけである、ゆえに比喩即真実がここでも援用されて然るべきなのだと思う。ただし、塵点劫とか無量劫みたいなものはまさに久々遠々の表現として理解できるが、二十九劫ともなるとかなりリアルな印象を受けざるを得ないので、どうしてもあれこれと数値をさぐりたくなるところではあると思う。

いずれにしても論文中の、「完全に現代宇宙論と一致する」云々は、さすがに言い過ぎであろう。


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