2006/10/31

御遺命守護の戦いと歴史認識  
アステカ民族が野蛮だというだけで責め滅ぼしたキリスト教圏のコルテス

ウィンズ氏のコメントからである。
不勉強のわたくしには何のことだかわからなかったが、あるいは次のことと関連があるのかもしれない。

いまから五百年前、コロンブスがアメリカ大陸を発見した。これからいわゆる「大航海時代」が始まった。大航海時代なんていうと格好いいが、実は白人による植民地争奪の侵略戦争が始まったのです。

これは過日の男子部臨時幹部会における浅井先生の講演である。

いわゆる歴史認識の問題というのがあって、日本は近隣諸国との間で衝突している。実際には日本側が弱腰であり、相手にナメられてしまっている状況にある。
しかし、日本にだって気骨のある人物がいないわけではない。戦後半世紀にわたって席巻してきた自虐史観を、今こそ見直そうじゃないかという人たちが、けっこうな勢力を有していると思われる。もともと安倍首相にしたって、その代表的な人物だったはずである。けれども実際に総理になってしまうと、少々腰が引けてしまっているところがなきにしもあらずのようである。

いずれにしても、浅井先生に言わせれば、ダメなのである。

先生は、皇国史観だとか階級闘争史観、そして自虐史観などを並べ立てて、早い話が全部ダメで、何がいいかと聞けば、それは仏法史観だと言うのである。

明治以降の戦争は侵略戦争ではない
 引きずり込まれたこと自体が謗法の罰


これは顕正新聞第1048号に出ている見出しの一つであるが、ちょっとヘンだと思う。上下の文章・・・新聞では左右だが、それがチグハグな感じを受けるのである。本文を読めば意味はわかるので、まあ、これは見出しをつけた編集部のミスとするべきだろう。
もし修正するとしたら、二行目の頭に「だが」を入れるべきだと思う。

ちなみに侵略戦争ではないとするのは、何も仏法史観というほどのことではない。その次の謗法の罰こそが仏法史観ということなのだろう。
そうすると、先生は講演の中で多くの時間を割いて歴史認識を説明しているわけだが、その大半は仏法史観でも何でもないことになる。謗法の罰以外は借り物の歴史認識なのである。
もちろん、わたくしのような不勉強の者からすれば、先生の講演はひじょうに内容の充実したものであって文句のつけようがないのであるが、あえて言わせてもらえば歴史認識のいかんにかかわらず同じことが結論付けられるのではなかろうかと思うのである。

すなわち侵略戦争だった、そして敗戦に終わった・・・侵略戦争などという馬鹿げた行為をするのも謗法による判断能力の欠如の結果であるし、敗戦もまたしかりであると。

どっちに転んでも、同じ結論になるのではなかろうか?

わたくし自身は歴史認識について必ずしも定見があるわけではない。
ゆえにそれなりの論者に説得されれば、どちらの説もそれ相応に納得してしまいかねないと思っている。あたかも御遺命守護の戦いにおける双方の言い分のごときものである。

けだし、御遺命守護の戦いそのものが、いわゆる宗門における歴史認識の問題なのであろう。

浅井先生は歴史認識が好きなんだなあ・・・

というか、御遺命守護の戦いで苦労したものだから、自然と同じような問題に関心を寄せるようになったのかもしれない。


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