2006/12/31

愚見継続  
曾谷入道殿許御書に、「嘉祥大師捨三論宗天台為弟子」という御真蹟の御文があります。これは天台の弟子と為ると読まなければ、天台を弟子と為すではおかしいことになります。この例から言っても、観心本尊抄の「本門釈尊為脇士」は「本門の釈尊の脇士と為り」と読むべきで「本門の釈尊を脇士と為し」と読むのではないと思います。他の御遺文の文章例から、そう考えられるということです。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/3171/1110981541/51

この「本門の釈尊を脇士と為す」という読み方は、漢文の例から言ってもそのとおりなのです。『観心本尊抄』の前文の中に、「正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為(な)し、権大乗並びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す。」(御書654ページ)とあるように「脇士と為す」という文が2例あるのです。『観心本尊抄』の原文は漢字体で、送り仮名は付いていません。したがって前2例このところも「為脇士」となっています。これを「為ス(二)脇士ト(一)(脇士ト為ス)」と前2例で読むのは当然ですから、このところも「本門の釈尊を脇士と為す」というように読むのが、正しい読み方です。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~shibuken/PAPER/753/662.htm#9

本尊抄の読み方は日蓮宗と日蓮正宗で大きな相違がある。どちらが正しいかということで、わたくしは昨日、どちらも正しいと書いた。優柔不断である。
しかしながら、わたくしは、大聖人に一種の韜晦があるのではないかと睨んでいる。あえて意図的にどちらの読み方も可能なようにあそばされたのではないか?
ともかく釈尊と四菩薩の関係を本仏本脇士とするのが一般である。それを逆転させることは困難をきわめる。そこをあえて逆転させるには用意周到なる準備が必要であろう。本尊抄にはそうした仕掛けが所々に施されていると思うのである。

上掲の二つの引用ではどちらに蓋然性があるか、それは言わずもがなであろう。日顕上人の御指南が有力である。
文章の読み手は過去からの脈絡で意味をさぐるのである。未来を先取りすることはできない。
しかし、書き手は未来を先取りして、仕掛けを施すことが可能である。

其の本尊の為体、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士上行等の四菩薩、文殊・弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く、十方の諸仏は大地の上に処したまふ。迹仏迹土を表する故なり。是くの如き本尊は在世五十余年に之無し、八年の間但八品に限る。正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し、権大乗並びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す。此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか。

この一段、前半部分は曼荼羅本尊、後半部分は一尊四士、この両種の本尊を御指南あそばしておられる・・・という拝し方をする人もあると思う。
前半部分に釈尊の脇士上行等の四菩薩とある。後半部分においては、小乗経の釈尊は・・・を脇士と為し、権大乗等は・・・を脇士と為す、とある。この脈絡からすれば、まさに寿量の仏は四菩薩を脇士と為すこと、疑いようのないところであろう。

しかし、ここで大聖人はそれを明言あそばさない、まさに、これが仕掛けなのである。

すでに書いたごとく、読み手は前の文章を踏まえて理解していくわけである、すると、どうなるか?

此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。

前の文章を踏襲して読むならば、この書き下しのごとく、釈尊を脇士と為す、と読めてしまうのである。しかし、読者の理解としては、逆のはずである。それがどういうわけか、釈尊を脇士と為すと読めてしまうのだ。あれ? なぜだろう?

これこそが耳目驚動、惑耳驚心ということだろう。

此の書は難多く答へ少なし、未聞の事なれば人の耳目之を驚動すべきか。

意外性が読者を魅了することは、どのような分野の文章でも共通であろう。大聖人におかれても、そのような効果をじゅうぶんに考慮あそばしておられたに違いないのである。

2006/12/30

愚見大爆発  
此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。

此の時、地涌千界出現して本門の釈尊の脇士と為りて、一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。

愚見シリーズもいよいよ佳境に入ってきた。数日前より本尊抄について、思うところを書いている。それでいて、これを避けて通るようでは、まったく意味がない。
引用部分は言わずと知れた本尊抄の代表的な争点である。上段が平成新編、下段が日蓮宗現代宗教研究所、どちらの読みが正しいのか、それが大問題なのだ。

わたくしは漢文が読めないものだから、このことについては今まであんまり考えたことがなかった。また、ネット上で拝見する限り、法華講員などはあまりこの話題に触れないようである。おそらくは、おもに創価学会員との対論が多いので、争点にはならないのだろう。本尊抄の読みについては、創価学会と日蓮正宗にさしたる争点はないからである。

さて、ここでわたくしの見解を示しておこう、当該御文における読みはどちらが正しいか?

どちらも正しい・・・これではダメなのだろうか?

わたくしは、必ずどちらか一方でなければならない、という考え方に拘泥するのではなく、第三の選択肢として、どちらもアリとする考え方もあっていいのではないかと思う。
その決定的な理由は最後に書くとして、まずはそれぞれの問題点を考えてみたい。解釈がマップタツにわかれるのはそれぞれに一長一短があるからだろう。それに目をつぶってはいけない。

釈尊を脇士となす、釈尊の脇士となる、自然なのは後者である。なぜならば本尊抄には次の一段が存するからである。

其の本尊の為体、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士上行等の四菩薩・・・

ここで明確に、釈尊の脇士上行等の四菩薩、と御表現あそばしている以上、この整合性からすれば、釈尊を脇士にするわけにはいかないだろう。
おそらくは曼荼羅本尊の相貌すなわち中央主題に対して釈迦多宝が脇士となる、というのが釈尊を脇士と為すことの意味であると、このように正宗側は主張していると思われる。確かに、ほぼ同時期の諸法実相抄には、妙法蓮華経こそが本仏であるとの御教示があって、ツジツマがよく合っている。しかし、欲をいえば、本尊抄にこそ妙法蓮華経が本仏であるとの一文を入れてくだされば、われわれがこれほど悩む必要はなかったのである。

さらに四菩薩造立抄を拝見すると、よりいっそう後者が有力のように思えてしまう。

一、御状に云はく、本門久成の教主釈尊を造り奉り、脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼ねて聴聞仕り候ひき。然れば聴聞の如くんば何れの時かと云云。

今末法に入ぬれば尤も仏の金言の如きんば、造るべき時なれば本仏本脇士造り奉るべき時なり。


いわゆる一尊四士を御指南あそばしているわけであるが、ことに本仏本脇士との御表現は象徴的である。
これをそのまま本尊抄にスライドさせれば、どうひねくったところで釈尊を脇士と為すわけにはまいらないだろう。ひじょうに困ったものである。

いちおう本尊抄を、曼荼羅本尊の御指南と拝すれば釈尊は中央主題に対して脇士となるが、仏像本尊とりわけ一尊四士の御指南であると拝するならば、釈尊を本仏として上行等を本脇士としなければツジツマが合わないだろう。曼荼羅正意か否か、これが重要なポイントなのである。

さて、ここまでは、どちらかといえば正宗側に不利なことを書いてきた。
しかし、本尊抄はそんな簡単な御書ではない。もっと詳細に、論ずるべきことがたくさんあるのだ。この程度で安易に結論を出すわけにはいかない。
わたくしは「出現」こそが本尊抄における重要なキーワードだと思っている。
仏像が出現するという、また、四菩薩が出現するという。仏像出現とはいかなる意味か、四菩薩出現とは・・・
出現の意味からすれば、仏像を勝手に造立すべきではないだろう。まさに出現を待つべきなのである。また、四菩薩出現・・・これは間違いなく、人格的な意味での出現である。ホンモノが出現するのだ。もう、こうなると、四菩薩を造立して終わる話ではないのである。
つまり、大聖人の御構想からすれば一尊四士は、あまりに卑小すぎるのではないかという気がするのである。何しろホンモノが出現するというのだから・・・

いちおう、大聖人がその本物の出現者なのだろう、そして大聖人があらわされた御本尊が本尊抄に御示しの一閻浮提第一の本尊なのだろう。
これがいちばんわかり易い結論のようである。

寿量品の自我偈に云はく「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」云云。

一心に仏を見る、心を一にして仏を見る、一心を見れば仏なり。


本尊抄とほぼ同時期の義浄房御書である。
大聖人はこのように複数の読み方をあそばす。これより類推して、漢文体御書においてはあえて複数の意味を含意せられたとしても、不思議はないであろう。

2006/12/29

愚見爆発  
わたくしは一昨日の投稿で、大聖人の御立場は末代幼稚であられる、と書いた。

顕正会員であればこれを、御本仏を貶める大謗法の言葉と受け取ったかもしれない。
あるいは多少なりとも教学の身についている人であれば、いわゆる御謙遜の表現として、もしくは示同凡夫の辺として、理解しているかもしれない。そういう人にとっては言わずもがなのことであるが、まあ、初心者向けという意味ではわたくしの書くことにも多少の価値はあるだろう。
わたくしは日蓮本仏信者である。ゆえに大聖人を貶めることなどするわけがないのである。

生仏一如ないし凡聖一如という言葉がある。
本尊抄にそのままの言葉があるわけではないが、本尊抄の前半部分において御教示あそばす事柄は、まさにそれなのである。

問うて曰く、十界互具の仏語分明なり。然りと雖も我等が劣心に仏法界を具すること信を取り難き者なり。今の時之を信ぜずば必ず一闡提と成らん。願はくは大慈悲を起こして之を信ぜしめ阿鼻の苦を救護したまへ。答へて曰く、汝既に唯一大事因縁の経文を見聞して之を信ぜざれば、釈尊より已下の四依の菩薩並びに末代理即の我等、如何が汝が不信を救護せんや。然りと雖も試みに之を云はん・・・

・・・十界互具之を立つるは石中の火、木中の花、信じ難けれども縁に値ひて出生すれば之を信ず。人界所具の仏界は水中の火、火中の水、最も甚だ信じ難し。然りと雖も竜火は水より出で竜水は火より生ず、心得られざれども現証有れば之を用ゆ。既に人界の八界之を信ず、仏界何ぞ之を用ひざらん。尭舜等の聖人の如きは万民に於て偏頗無し、人界の仏界の一分なり。不軽菩薩は所見の人に於て仏身を見る、悉逹太子は人界より仏身を成ず、此等の現証を以て之を信ずべきなり。


我等が劣心に仏法界を具する
尭舜等の聖人の如きは・・・人界の仏界の一分なり
不軽菩薩は所見の人に於て仏身を見る
悉達太子は人界より仏身を成ず


先日も紹介したとおり、大聖人はこの文脈中において、御自身を「末代理即の我等」と仰せになられるのである。
本尊抄の冒頭には「夫一心に十法界を具す」とある、これはまさに生仏一如、あるいは法界一如ということだが、大聖人はそうした中で御自身を最下位に置かれていらっしゃる、それが理即の意味である。
あるいは「予が如き者」とも仰せられる。これまた、然於病者ないし而謂不美の文脈から御規定あそばすのである。

これらは御謙遜ないし示同凡夫と言われるが・・・わたくしはもっと平たく、大聖人は高いところから見下ろしているのではなく、われわれとまったく同じ場所にいらっしゃる、凡夫の目線で実相を御覧あそばされている、ということではないかと思っている。
これはとりもなおさず皆成仏道を意味するのだろう。御自分を最下位に置く、自分より下はない、その自分が成仏できるのだから成仏できない人などいるわけがない・・・

日蓮が流罪は今生の小苦なれば、なげかしからず。後生には大楽をうくべければ、大いに悦ばし。

開目抄のいちばん最後のくだりである。
御自身のことを仰せになられていることが注目されるところで、ひるがえって本尊抄の最後を拝すれば、自ずと共通項が見出せるはずである。

一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ。四大菩薩の此の人を守護したまはんこと、太公・周公の文王を摂扶し、四皓が恵帝に侍奉せしに異ならざる者なり。

さらに撰時抄の末文も心して拝したいと思う。

霊山浄土の教主釈尊・宝浄世界の多宝仏・十方分身の諸仏・地涌千界の菩薩等、梵釈・日月・四天等、冥に加し顕に助け給はずば、一時一日も安穏なるべしや。

大聖人が末代幼稚であられることは疑いないところである。そして御本尊の相貌を拝すれば、その末代幼稚がど真ん中に位置することも、疑いようのないところであろう。


ワラシナ氏のコメントは辛辣である。わたくしに対してではなく浅井先生に対してであるが、さらに厳しく言うならば、佐渡以南に位置する顕正会の会館・事務所は冷暖房を撤去すべき・・・とするのが道理であろう。
佐渡に会館が建ったとして、そこだけ冷暖房を入れないのはおかしな話だと思う。佐渡よりも寒いところは大目に見るにしても、佐渡よりも暖かい地域であれば、暖房設備など言語道断であるはずなのだ。
しかし、わたくしはそこまでする必要はない、というか、大聖人のお振る舞いをマネするにしても、そんなことまでマネすることを大聖人が望んでいらっしゃるわけがないと思うのである。
示同凡夫の辺として大聖人は凡夫のお振る舞いをあそばしているが、それはタワムレで凡夫のマネをしたというようなことではなく、そこに法義上の重要な意味があったわけである。逆にわれわれが大聖人のマネをする場合、それが単なるモノマネであってはいけないはずなのだ。
もっとも、そこまでガチガチに考えず、もっと単純に考えて、あんまり暖かいところで勉強しても身に入らない、ということはあるだろうから、御書を学ぶ姿勢としてはわりと合理的なのかもしれないと思う。

2006/12/28

ご隠居さんの威厳はいつまで有効か?  
ウィンズ氏の発見された資料が何かはちょっとわからないが、おそらくは義浄房御書の一心欲見仏云々のくだりであろう、もしかしたら合宿研修会の時の講義ではなかったろうか?
佐前佐後ということは、三沢抄に拝することができる。つまりは大聖人御自らの規定であって、後世の人が勝手にこさえたものではない。しかし、問題は具体的に何がどのように変化したのか、それが必ずしも明確ではないことである。ゆえに解釈がいろいろある。人によって意見がマチマチなのである。
このテーマはまた別の機会にやりたいと思う。

れん氏の異流儀蛇の足は、足の生えた蛇がうごめいている図が想像されて、ひじょうに気持ち悪い。ところが文章を読むとそうでもないのである。
どうやら意味合いとしては、サービスのようなことなのだと思われる。

諫暁八幡抄において釈尊を相対化・・・

いきなり切り札を出されたようなアンバイであるが、この相対化というのはいわゆる種脱相対と呼ばれるものである。
だが、れん氏の場合は必ずしも日蓮正宗系列で主張するところの種脱勝劣を取らないで、釈尊上行同体本仏を言うのだった。まあ、しかし、これもまた、産湯相承などに見られるところであるから、必ずしも日蓮正宗から完全に逸脱するわけでもなさそうである。

種脱相対という意味では、まさに本尊抄にその文証を拝することができる。

在世の本門と末法の初めは一同に純円なり。但し彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり。

相対化しているのは確かである。ゆえに種脱相対であると・・・

しかし、はたしてこれを種脱勝劣と言い切れるのかどうか、それは定かではないように思う。なぜならば、在世の本門と末法の初めは一同に純円、だからである。

ただし、末法適時という考え方からすれば、ただ題目の五字なのである。まさに余経も法華経も詮無しということになる。その意味では勝劣なのかもしれないと思う。
そうすると脱仏すなわちセミの抜け殻という考え方も自ずと生じてくるように思うのだが、それはダメなのだろうか?

釈尊は霊山に隠居・・・

これはおそらく曾谷入道殿許御書に出てくる御指南であろう。

2006/12/27

愚見炸裂  
れん氏のコメントを拝すると、必ずしも異流義というほどのことではないように読めるのである。一部を修正すれば、そのままで純然たる正宗信徒と何ら変わるところがないのではあるまいかと思う。

いわゆる与奪の二義ということがある。この場合は与の義・・・すなわち、与えて論ずれば、ということであるが、正宗側にしても使う論法ではないだろうか?

ようするに、よしんば二箇相承がなかったとしても・・・という話の組み立て方である。

さて、今日もまた昨日に引き続き、本尊抄について書くが、いよいよ本領発揮というべきか、ますます異流儀度を強めることになるだろう。何を隠そう、わたくしは相当のヘソマガリであって、教科書どおりの勉強が大嫌いなのである。ゆえに大脱線するであろうことを、あらかじめお断りしておきたい。

一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ。

顕正会員のよく知る御文である。
ここでの仏は大聖人であり、まさに大聖人が末法の全人類のために御本尊を授与してくださるのだと・・・このように顕正会では教わっているはずである。
しかし、本尊抄を拝する限り、大聖人を仏であるとする直接の根拠は見当たらない。ゆえに、当該御文における仏を大聖人とするのは、いわゆる結論ありきの論である。わたくし自身、日蓮本仏信者なるがゆえに、この結論はひじょうに具合がいい。法義上の整合性もそれなりに感じられるところである。
ただし、繰り返しになるが、本尊抄には大聖人を仏であるとする直接の根拠は見当たらないのである。

では大聖人の御立場はどうなっているのか?

いわゆる上行菩薩の再誕か?

実は本尊抄における大聖人の御立場は、仏でも菩薩でもないのである。いわゆる御本仏ではない。また上行菩薩でもない。では何か?

問うて曰く、十界互具の仏語分明なり。然りと雖も我等が劣心に仏法界を具すること信を取り難き者なり。今の時之を信ぜずば必ず一闡提と成らん。願はくは大慈悲を起こして之を信ぜしめ阿鼻の苦を救護したまへ。
答へて曰く、汝既に唯一大事因縁の経文を見聞して之を信ぜざれば、釈尊より已下の四依の菩薩並びに末代理即の我等、如何が汝が不信を救護せんや。


大聖人は釈尊より已下であると仰せあそばす。大聖人の御立場は仏ではない、御文のごとくならば釈尊よりも下位概念なのであろう。
そして問題は次である。四依の菩薩並びに末代理即の我等・・・ここでの「我等」はどこまでを意味するのか、それが大問題なのである。「四依の菩薩並びに末代理即」なのか、それとも「末代理即」だけなのか・・・わたくしは後者だと思う。
だとすると、大聖人は御自身を理即であると規定されていることになる。通常では名字即ということが言われているけれども、ここでは末代理即であると仰せになられていることになる。これは何を意味するのだろうか?

次の御文もまた、ひじょうに示唆的である。

已前の明鏡を以て仏意を推知するに、仏の出世は霊山八年の諸人の為に非ず、正像末の人の為なり。又正像二千年の人の為に非ず、末法の始め予が如き者の為なり。「然於病者」と云ふは、滅後法華経誹謗の者を指すなり。「今留在此」とは「此の好き色香ある味に於て美からずと謂ふ」の者を指すなり。

予が如き者の為なり

前掲御文の「我等」は四依の菩薩を含まない、末代理即だけを意味する、と書いた理由はこれがためである。

ゆえに本尊抄における大聖人の御立場は末代理即ないし末代幼稚であると、このように拝するのが文脈上の正解だと思う。今一度、結文を再掲しよう。

一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ。四大菩薩の此の人を守護したまわんこと・・・云々

ここでの大聖人は、仏でもなく、四大菩薩でもない、末代幼稚である。

2006/12/26

愚見開陳  
瑠璃堂さん、重ね重ねのコメントありがとうございます。それからウィンズさん、他門からも二箇相承を認める学者が出始めているとのこと、これはひじょうに興味深い話ですね。

さて、わたくしはこれまで、観心本尊抄についてはあまり多くを語ってこなかった。それはまさに分不相応なるがゆえである。
しかし、たまにはハメを外して、思い切って書いてみようと思う。わたくしがトンチンカンなことを書いたところで大勢には影響ないだろうし、それがまた独白ブログの面目でもあるからだ。

日蓮本仏論から曼荼羅正意への流れで本尊抄を拝する・・・これが法太郎氏の斬新さと思われるが、わたくしはこれまで逆に考えていた。
本尊抄を拝する限り、大聖人を御本仏とする直接の根拠は見当たらない。本尊抄は曼荼羅正意である。そして、その曼荼羅をあらわす御方は大聖人に他ならない。ゆえに大聖人を御本仏と仰ぐのではあるまいかと・・・

しかし、本尊抄をただちに曼荼羅正意と断定することは案外に難しいようで、わたくしの場合は大聖人を御本仏として拝しているものだから、そこから自然と曼荼羅正意に読めてしまうという傾向があるのかもしれないと思う。そうするとまずは大聖人を御本仏であると確定させないことには、曼荼羅正意には至らないことになる。なるほど法太郎氏の着眼はひじょうに鋭いものがある。
いちおう開目抄から御本仏との結論が導き出せるものとして、そこから本尊抄に入っていけば自ずと曼荼羅正意に結びつくものだと考えよう。これがいわゆる人本尊開顕・法本尊開顕という教学的な結論となるものと思われる。

しかし、わたくしの実力では本尊抄を拝しても法本尊開顕のことが容易には見えてこない・・・それは当たり前といえば当たり前なのであるが、わたくしには別のことが強く迫ってくるのである。おそらくはそれが、往いては法本尊の何たるかを示すものなのだろう。

本門の四依は地涌千界、末法の始めに必ず出現すべし

本尊抄には「出現」というキーワードが繰り返し出てくる。仏像出現も悩ましい御表現であるが、それ以上に四大菩薩の出現は悩ましい。本尊抄の後半においては、この四大菩薩の出現がことさら強調されている。
大聖人の御書を順番に、すなわち年代順に拝読していくと、いわゆる佐前佐後に大きな変化を見つけることができる。どうも大聖人は上行等の四菩薩について、初期においては意識的に触れないようにしておられたのではと勘ぐりたくなるくらい、ほとんどその御記述を拝することはできない。そして、ここに来て、ようやく本尊抄に至って、上行等の出現に言及あそばす・・・ゆえにものすごくインパクトがあるのだ。

これがわたくしの偽らざる感想である。

地涌千界出現のイメージが強まるにしたがって、思わぬ錯覚を生じるようになった。あるいはこれこそ大聖人の御計算ないし術中(?)なのではと思うのだが、はたして一般には次の御文をいかように拝するものであろうか?

地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属なり

己心の釈尊とはわれわれの己心に住する釈尊・・・いわゆる人界所具の仏界であろうと思う。
わたくしには、地涌千界はわれわれの眷属なのだと、地涌千界がこの現実の世界に出現してわれわれを守る働きをするのだと、このように思えて仕方がないのであるが、どうであろうか?

しかし、文脈上は必ずしもそうはなっていないわけで、ここでの菩薩は己心の菩薩とするべきが一般なのかもしれない。ともかく地涌千界の出現を明かされるのは後段のことだから、初めて読んだ場合にはこの段階で出現に思い至ることは絶対にあり得ないのである。ようは繰り返し拝読しているうちに、そのような錯覚が生じてくるわけである。

大聖人はそこまでの効果を期待して本尊抄を構成あそばした・・・

わたくしはじゅうぶんにあり得ることだと思っている。

2006/12/25

日蓮本仏信者  
瑠璃堂さん、どうもです。

フローリングはわたくしの脚色でして、板敷き、もしくは板の間と聞いたと思うのですが、現代ではフローリングのほうが通りがいいと思いまして、そのように書きました。
先生の開目抄講義・・・そうでしたか、ちょっと、わたくしの記憶にはないですね。
自分が顕正会員になったのは十一月のことでして、今でいえば一年の締めくくりの最終法戦だったわけですね。その翌月が教学推進の月であり、年明けには教学試験が待っているわけですが、当時はわけもわからずに顕正会の流れの中に入っていったのです。
ゆえに、例の話はわたくしを折伏してくれた人から聞いたのが最初でして、あたかもその人自身の経験を語っているように聞こえたのでした。ところが他の人も同じ話をしている・・・これはどういうわけだろうってことでしたが、なるほど浅井先生の口真似をみんながしていたわけですね。
今になってみれば、たいていのことは先生の口真似であって、顕正会幹部にはオリジナリティがないってことをわたくしもよく承知していますが、当時は気がつきませんでした。
逆に、この経験則からすると、右も左もわからない新入信者はそれ相応に感動する仕組みになっているのではないかと・・・特に若年層がそうなんでしょうね。ちなみにわたくしも当時はまだ未成年でした。

さて、昨日の続きというわけではないが、やや関連がある話題を書こうと思う。

日蓮本仏論の後に、曼陀羅正意を論ずべきで、観心本尊抄における「本師の娑婆世界云々」を文証とし、本師たる日蓮大聖人の直上に宝塔(南無妙法蓮華経)が無い本尊は未究境であり、文永から弘安期にかけて除々に「日蓮」との御名と「花押」が近づいて弘安期になると宝塔と日蓮との御名、及び花押が一直線になり、はじめて観心本尊抄の御文に依る本尊が現出するのである。

これは法太郎氏の文章のごく一部を引用させていただいたものである。
彼は現在、石山太平記なるものを連載しているが、ひじょうにマニアックな内容である・・・いや、というか、わたくしにはかなり難解なテーマであって、実はほとんど読んでいないのである。はっきり言ってトッツキニクイのだ。
まず、大正時代の資料が原文で出てくる、すでにこれがわたくしには読めないのである。日本語にもかかわらず読めない。なぜなら旧字体だからである。慣れていないものだから、通読することすら困難なのである。これではお話にならないだろう。
そして、必ずしも書かれている内容というのは、後世のわれわれを想定して書かれているわけではない、私信みたいなものは背景などもじゅうぶんに理解していないと意味がつかめない、そういう資料もたくさん出てくるわけである。
さらには教学上の問題などが絡んでくるものだから、わたくしのような初級者には何がなんだかサッパリわからないような状態なのである。

つくづく思うことは、法太郎氏は他の追随を許さない仕事をしておられる、並みの人にはとうていマネのできない、ひじょうに困難な作業をしているのであろう・・・と。
少なくとも並の法華講員にはできないことである。なぜならば、彼は御歴代上人すらも批評の対象にしてしまっている・・・もちろん批判ではないが論評してしまっているのは事実であろう、普通なら一在家のブンザイで怪しからんと一喝されてオシマイのはずなのである、それが彼の場合は通ってしまうのだから並ではない。
また、ひと頃のような掲示板での悪ふざけをしなくなって、ひたすら研究に専念している姿勢がコウゴウしい・・・神々しいと書くとマズイかもしれないので、コウゴウしいとしておくが、ともかくこれもまた常人とは一線を画すところだろうと思う。

で、上掲の引用部分であるが、なるほどこういう拝し方ができるとは知らなかった。

本師の娑婆の上・・・は、まさに御本尊の為体・相貌に見事に符合する。なるほど、日蓮在御判と御題目との関係が直下・直上であるものを究竟とすることは、本尊抄に基づくことだったのである。

問題はここでの本師を大聖人と同定するまでのプロセスである。

当然に釈尊のことだと主張する人たちがいるわけで、これをクリアするのは簡単なことではない。わたくしのような日蓮本仏信者にとってはまったく問題ないのだが、そうではない人たちをどこまで納得させられるか、それが大問題なのである。

2006/12/24

復習?  
わたくしは学習能力がきわめて低い。人から何かを教わってもすぐに忘れてしまう。あるいはその内容を正確に理解できないで、勝手に間違った理解の仕方をしてしまうこともある。
ゆえにこれから書くことは、人から教わったことではあるが、すでに相当の時間を経過していることもあって、はたして正確な理解であるかどうか、自信はない。

倶舍宗・成実宗・律宗の云はく「四阿含並びに律論は仏説なり。華厳経・法華経等は仏説に非ず外道の経なり」と。

法華取要抄の一節であるが、なんとこれは大乗非仏説論への反論を示唆する御指南なのだそうである。

大聖人の時代は法華経にイチャモンをつける人がいなかったから、そのような議論は起こらなかった・・・と思いきや、法華経は仏説に非ずという主張がすでに大聖人の時代に存在していたのである。

いくら法華経最第一といっても、法華経そのものが非仏説だったら無意味ではないか?
現代ではすでに非仏説が有力とされている。ゆえに法華最第一を主張した大聖人の仏法は間違いである・・・と斬り捨てる人もいる。
しかしながら、上掲のごとくならば大聖人は非仏説の主張を紹介していらっしゃるわけであるから、その具体的な反論を御用意であられたと考えるのが至極当然だろうと思う。

では、具体的にはどのような御指南が存するか?

我が門弟委細に之を尋討せよ。

法華取要抄の同じ段にある最後の御文がこれである。
どうも同抄には、今日的な意味での大乗非仏説論に対抗するだけの御説明は存しないようである。ようするに、上に書いたごとく、法華経にイチャモンをつける人はあんまりいなかった、ごく少数だったのであろう、ゆえに御説明あそばさなかった。いわゆる対機説法の辺においては自然である。当時の法華経批判の中心は、千中無一であるとか理同事勝だったからである。
それを踏まえて我が門弟云々を拝すると、まさに後世の弟子に大乗非仏説論への破折を託されたものではないかと、このように受け止めることもあながちに間違いではないような気がする。

現実問題として、大乗非仏説はほぼ定説化しているようである。そうすると、法華最第一の大聖人の仏法は、現代に通用しないのであろうか?

今、末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。

大聖人御自身は、かねてこれを承知せられて、法華経すらも否定する御文を残されているのであると・・・

一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名づく。

一品二半以外は邪教とまで仰せになられているではないかと・・・

一品二半とは詮ずるところ内証の寿量品であり、いわゆる文底下種の寿量品・・・これが大聖人の仏法である。ゆえに法華経の仏説・非仏説には左右されないと・・・

大体こんな話だったと思う。

わたくしにはなおも不審がある。

最初の法華取要抄の御文は当然ながら現代の大乗非仏説論とは関係がない。ゆえにこの御文だけで判断してよいものかどうか悩むところである。わたくしの知る限りはどうも他に類文が見られないのである。これをどう考えるか・・・
類文繁多であれば、それらの御文からの類推で、より正確に大聖人の御意を拝することができるだろう。しかし、一文しか存在しないとすると、判断が難しいのである。
もちろん、たった一例だけだからといって軽く見るべきではないし、法華取要抄という御書の重要性からしても、無視できない御指南である。
ともかく、それをどのように拝するべきか、その判断が困難をきわめるのである。

今、末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。但南無妙法蓮華経なるべし。かう申し出だして候もわたくしの計らひにはあらず。釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御計らひなり。

上野殿御返事を少し長く引用した。わたくしの計らひではないと仰せられている。

此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付嘱したまはず、何に況んや其の已外をや。

所詮迹化・他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず。

本尊抄から二文を引用させていただいた。前掲御文の一品二半云々と考え合わせるとひじょうに悩ましいものがある。

わたくしの思うに、釈尊からの付嘱ないし授与がなければ成立しないのが大聖人の仏法である、そしてそれは法華経に基づく付嘱である・・・だとすると法華経が非仏説であったら成立しないことになるのではないか?

現時点でのわたくしなりの結論は、釈尊を基準に考えると大乗非仏説はひじょうに困る、大聖人を基準にすればさしたる問題ではない、ということになるが、しかし、これで満足できるのかといえば、とてもじゃないけど不満足なのである。

ちなみに平成新編御書検索の誤字として、末得道教、付属、さしあたってこの二つに気がついたので指摘しておく。

2006/12/23

緊急速報と遥か昔の思い出  
ワラシナ氏より重要なコメントを頂戴した。

http://diary.jp.aol.com/ganko/593.html#comment

顕正会を語る上で、御遺命守護完結以前・以後という視点はきわめて重要であり、わたくしもこれまでいろいろ書いてきたし、これからも折に触れて書いていこうと思っている。しかし、今日のところはさしたる準備もないので言及を避けたい・・・というのは、けっこう重大な問題なるがゆえに、いつもながらの思い付きだけで書くのはひじょうに危険だからである。

そこで今日は緊急速報を申し上げる。

いや、それほど大したことではない、ようは十二月度総幹部会についての情報提供があったので、それをちょっと書こうと思っているのである。
普段はたとえ情報をいただいても顕正新聞の出来までは言及を避けていた。これも危険回避の意味がある。しかし、今回はわたくしのほうにミスがあったので、それを訂正申し上げないといけない。

わたくしは、十八日のブログにおいて、浅井先生は十一月の逮捕事件を黙殺している、と書いた。
ところが、今回の総幹部会でそれが覆されたのである。
すなわち、逮捕された当事者の登壇が二題あったこと、それから浅井先生も逮捕事件に触れている・・・

・・・ゆえに、わたくしの記述は間違いである。

いや、厳密には前後関係からして問題はない。うがった見方をすれば、わたくしの記述を見て急遽変更したとも想像できるが、まあ、それはウヌボレであろう。ともかく十八日の時点では、先生はまだ逮捕事件について言及していなかったので、それでわたくしは黙殺云々と書いたのである。

いずれにしても今回の総幹部会において言及した。これについては顕正新聞に記事が掲載されてから、より詳しく書きたいと思うが、さしあたって簡単に触れておこう。

逮捕拘留は八日間に及んだ。だが、どうやら不起訴処分のようである。
先生はただちに弁護士を派遣した。・・・そうすると、どうなんだろう、弁護士は複数なのか? 四人が逮捕された、それぞれ別の警察署に拘留されていた、さすがに一人の弁護士だけでは間に合わないのでは?
先生いわく、微罪にも当たらない、と。
お守りを切った行為は認めている。しかしながら、あくまで相手の同意を得てのことであるから云々・・・ゆえに無罪を主張するのだろう。
だが、同時に次のようなことも言っている。これは興味深い。
すなわち、謗法払いは正当な行為である、だが逮捕の口実を与えないためにも顕正会員は用心堅固でありたい、よって原則的に謗法払いは本人自身が行うべきである、と。

いちおう上記は、わたくしの視点ないし所感を交えた文章であることを、お断りしておきたい。

昨日、床暖房について何か書くそぶりをしていて、ついに書かなかった。それを今から書こうと思う。かなり昔の思い出話である。

今もあるのかどうか知らないが、顕正会版の開目抄がある。そしてかつては教学試験で開目抄が出題範囲となっていた。わたくしの先輩に当たる人が前年だかに開目抄を学んで、その時のことをベースにいわゆる指導をしてくれた。御書を学ぶ姿勢についてである。いわく・・・

開目抄を拝読してして佐渡雪中にまします大聖人の御尊容が彷彿としてきた、なんだか暖房の効いた部屋で拝読するのは申し訳ない気持ちになってきた、そこで暖房を切り、フローリングにじかに正座して拝読を続けた・・・

もちろん、これはわたくしが文章をまとめたもので、そっくりそのままの発言ではない、大体こんなようなことを言っていたというくらいに理解していただきたい。

もう話は見えただろう、床暖房なんて怪しからんじゃないか、ということを言いたかっただけである。まあ、しかし、これはアゲアシ取りのようなものであろう、わざわざ大聖人のマネをする必要はない、というか、真冬に板敷きのところに正座するなんて身体にいいわけがない、決して大聖人はそんな追体験を望んではおられないであろう。

もう一つ、付け加えておくと、わたくしは当時、どういうわけか他の幹部がまったく同じ話をしているのを何度も聞いているのである。いったいどうなってんだと思った。誰かが言い出したことを、口真似で言っているだけなんじゃないか、ということを思ったものである。

2006/12/22

書きなぐりブログ  
ウィンズさん、恐れ入ります。

建物自体は地味で小さい・・・ええ、そうでしょうね、顕正会の実力を物語るところだと思います。
しかし、床暖房というのは、畳敷きに床暖房はあり得ないでしょうから、ようは廊下などに暖房が施されているのでしょうか・・・まあ、これについては最後に少し触れたいと思います。

昨日は四者の公式サイトについて書いた。それは数日前のニュースが念頭にあったからである。

小泉内閣メールマガジンだとか首相官邸ホームページなどの五年間の費用が、なんと二十五億円も掛かっていたのだそうである。一年当たり五億円、報道によっては七億円としているところもある。問題はその大半が随意契約だということである。よく知らないがようは入札を経ないで誰かが業者を決めてしまうのだろう。こうなると談合どころの話ではない、もっと悪質である、という見方もできるのだと思う。
いくらなんでも、そんなには掛からないだろう、もっと安く上げられるはずだとシロウトながらも思う。ここに利権ということが見え隠れしているような気がする。
しかし、今のところ、それほど大騒ぎしている様子はない。これから話が盛り上がっていくのだろうか?
もしかしたら、これとは比較にならないくらいの巨大な利権が他にたくさんあるのかもしれない、ゆえに大した問題ではないと・・・

以上はニュース報道にわたくしなりの勝手な憶測を交えて書いてあるので、そっくりそのまま信用してもらっては困る。必要な人はニュースサイトなどを確認されたい。

会社でもなんでも、自社の公式サイトを社員に作らせれば、金は掛からない、普段どおりの給料を払ってさえいればいいのである。外注に出すから金が掛かる。もちろん、餅は餅屋であるから、ウェブサイトの専門業者に頼めばいいものができるだろう、しかしながら、どれほどの費用対効果が見込めるかは未知数である。

顕正会の公式サイトはおそらく本部職員の誰かが作っているのだろう。
もし年間五億ないし七億円を掛けて業者にサイトを作ってもらったら・・・などと考えるのは荒唐無稽に違いない。
しかし、以前のことであるが法の華という宗教団体があって、連日のように一般紙に広告が載っていたことがある。その費用も馬鹿にならないことであろうが、おそらくはそれなりの効果が見込まれたのであろう、でなければ本当の馬鹿である。
顕正会にしても一国諌暁の時には全国紙どころか全国津々浦々の地方紙に至るまで広告を打っている。なるほど広告の宣伝効果をそれなりに理解している・・・いや、それなりどころではなく、よく理解していることになるだろう。

同じことがインターネットにも言えるはずなのである。
わたくしは何も業者に頼んでサイトを作るべきだと言っているわけではなく、本部職員が作るのでも構わないから、ともかく今よりももっと力を入れるべきだと言いたいのである。
時代は明らかに変化している。ところが変化に対応できていない、それが顕正会なのではなかろうか?

また先日は、個人サイトの多寡がその組織の実勢を物語る、という意味のことを書いた。
これもまた重要な意味を多分に含んでいる。例えばいわゆるネット御書と呼ばれるものがいくつかあるが、nb氏のサイトなどは間違いなく個人サイトである。しかも氏は御書だけでなく、富士宗学要集などの入力も行なっていて、わたくしも大いに活用させていただいている。個人でここまでやるのは、たいへんなことだと思う。まさか金をもらってやっているわけではないだろう、いわゆる無償の奉仕だと思われるのである。これほどの労作業を何の見返りもなしに行なうこと・・・まさにそれは信仰の力に他ならない。

また、顕正会でよく言われている自発の信心ということも、個人サイトにこそ、その反映を見ることができるのではないか?

ようするに普段の顕正会は自発ではないのである。言われて、尻を叩かれて、それで活動しているようなところがある。こんなのは自発でもなんでもない。結局、組織の内部ではどうしても使役させられているような、もっと言えばコキ使われているような、そういう構造にならざるを得ないところがあるのだ。そして、そこですべてを消耗し尽くして、サイトを立ち上げる元気すらも失ってしまっているようなフシが感じられるのである。

ゆえに顕正会員による個人サイトがなかなか立たない。裏を返せば、自発の信心に立脚している人がいない、ということになる。

しかし、わたくしもなんだかグチっぽくなってきたものである。おそらく今日の話はこれまでの話の蒸し返しで新鮮味がないことだろう。こういうのをグチというのだ。

床暖房の話は面倒臭くなったのでやめた。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ