2006/12/15

個人サイトの消長  
書きたいことがたくさんあって、困っている。

十二月に入ってから俄然、茶寮掲示板の一階が賑わってきた。二階は法華講員と思しき人々に圧倒されているが、これはまあ、仕方のないところであろう。一階はいちおう会員専用ということになっていて、ひと頃はあまり投稿がなかった。ところがここに来て、あるいは折伏法戦が終わったことも関係しているのかもしれないが、現役会員と思しき人々の「はじめまして」という投稿がたくさん寄せられているのである。

バスタータイムズは八月以来、休止状態が続いている。もはや事実上の撤退ということになろうか?

個人のブログは更新を止めてしまえばオシマイである。掲示板は放っておいても勝手に独り歩きしていく場合があるけれども、ブログの場合はそうはいかない。ゆえにコンスタントに更新していく必要がある。もともとブログの意味はネット上における個人の日記なのだろうから、まさに当事者がサボればそれまでなのである。
バスタータイムズは複数のメンバーで運営していたはずであるが、しょせんは創価学会本体とは別の非公式での活動ゆえに、その中心者がズッコケテしまえばそれまでなのだろう。あるいは創価学会から中止命令が出たとか?
だったらサイトそのものを残しておく必要はないだろうから、それとは別の理由があるのかもしれない。

実は十月頃から個人ブログとして、「一念信解!!」なるものが顕正会員によって開始された。このサイトはおもに、浅井先生の指導を忠実に再現することに力を入れていて、日曜勤行など活字になることのない指導を丁寧に書き起こしていたものだから、わたくしはひじょうに注目していたのである。
ところがなんと、十一月三日の更新を最後に、消滅してしまったのである。
更新が止まったまま、というわけではなく、サイトそのものが消えてしまったものだから、驚きだった。

その理由は不明であるが、あるいはわたくしにも責任の一端があるかもしれない。

http://diary.jp.aol.com/ganko/547.html

これは十一月二日の拙稿である。
じゃっかん浅井先生を批判している気味が感じられるかもしれないが、わたくし自身はそれほどでもないと思っている。なぜならば他の機会に、これよりも遥かに辛らつなことをたくさん書いているからである。
しかし、まじめな顕正会員であれば、これくらいでもけっこうショックなのかもしれない。ようするに、自分が日曜勤行を書き起こしたがために、先生に恥をかかせてしまった、まさに万死に値すると。それでサイトを自主的にやめてしまった・・・

それとも本部から中止命令が出たのだろうか?

わたくしの思うに、茶寮掲示板のように組織に対する不平不満を吐露できる、そういう場も貴重であるが、それと同時に純粋に顕正会側に立つ個人サイトもまた貴重である。
日蓮正宗にしても、創価学会にしても、あるいは正信会にしても、いわゆる公式サイトがある。顕正会にもある。それどころか今の時代、あらゆる宗教団体がサイトを持っているのである。それが時代の必然であろう。
そして公式サイトとは別に個人サイトが無数にある。法華講員の運営するサイト、あるいは創価学会員のそれ、その他もろもろである。
これは必ずしも組織本体が個人サイトを推奨しているわけではなく、まさにそれぞれが個人的な判断に基づいてサイトを運営しているのである。

つまり、ある意味では個人サイトの多寡が、その教団の実勢を如実に示しているとも考えられるのだ。

実際のところ、法華講員や創価学会員の運営するサイトは無数にあるが、失礼ながら正信会員のそれは少ない、顕正会はどうかといえば、やはり少ないのである。まさに実勢を反映しているのではないかと思われる。

貴重であることのもう一つの意味は、顕正会の主張が世間に通用するのかどうか、インターネットはそれを試験する機会でもあると思う。
いわゆるバーチャルという言葉がある。実践を重んじる顕正会では、インターネットはバーチャルの世界だから役に立たない、というふうに見ているフシがある。もちろん、そういう面は否めないのであるが、必ずしもすべてが否定されるべきものではない。現実にあらゆる階層にわたって普及しているわけだから、むしろここから目をそらしたら、かえって世間に背を向けていることになるだろう。
現在の顕正会はある意味で言論が封殺されている。これは角度を変えて見れば、顕正会だけでしか通用しない言論に成り下がってしまっているとも言い得るのではないか?
ゆえにインターネットで活躍する顕正会員の登場を貴重だというのである。ここでは遠慮会釈はいらないわけで、もろに批判の矢が飛んでくる、これに応戦できるか否か、顕正会の論理が通用するかどうか、それが問われているのである。

ようするに、顕正会の組織の実勢を示す一つの指標となること、それから顕正会の主張が本当に通用するものかどうかを知る手立てとなること、それが個人サイトの存在に掛かっていると思われるのである。


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