2007/1/31

青年会館最後の日  
青年会館はこの後、どうなるか?

わたくしの予言(?)を書いておくと、おそらくは解体撤去されるに違いない。まず九分九厘、この見通しで間違いないだろう。

詳しいことは、予想が当たった段階で書きたいと思う。


さて、水無月氏にはたびたびコメントを頂戴してありがたい限りであるが、わたくし自身は特別な情報網を持っているわけではないので、質問されても困ることのほうが多い。常識的な範囲でしかお答えできない。

第二青年会館はどこにできるか・・・それは明日から当面の間、駐輪場として使われる土地が予定地のはずであるが、いつ着工されるものかは不明である。あるいは大幅に遅れる可能性もあるだろう。
もともと青年会館だけでは間に合わないほどに人があふれてしまっていた、ゆえに第二の青年会館を建てることにした、しかし青年会館は今日でオシマイになる、となると今度の建設計画は設計からして大幅な変更を余儀なくされたかもしれないのである。単純に、今まで三階建てを計画していたとしたら、それを六階建てにでもしないと間に合わない、というような事態になってしまったと想像されるのだ。

札幌事務所と新富士事務所の耐震強度については、さしたる心配はない、とわたくしは思っている。

平成七年に阪神淡路大震災があって、その後、浅井先生は宗門に建白書を提出した。
ようするに、正本堂は危険だから戒壇の大御本尊を御遷座せよ、ということを主張していた。正本堂の屋根は二万トンあるという、確かにこれはギョッとする重量である。もし大地震が発生したら屋根が崩落するかもしれない、戒壇の大御本尊の御安危にかかわる一閻浮提第一の大事である、よってただちに御遷座せよ、ということだった。

昨年あたりから世間を賑わしている、いわゆる耐震強度偽装問題・・・何が問題かといえば、鉄筋コンクリートの建物は自重だけでもベラボウな重さがある、ゆえに耐震強度が弱ければ、外見はどれほど立派なビルであっても易々と倒壊してしまう、その危険性が指摘されているわけである。世の中には不正がいっぱいあるけれども、とりわけ人命にかかわる問題ゆえに大騒ぎしているのだろう。食品会社の不正もまた同様である。

巨大な正本堂とか強度不足が心配されるマンションなどと比較すると、しょせん顕正会の建物はカワイイものである。せいぜい三階建て、地方会館などは平屋建てが多い。ちょっとやそっとでは倒壊しようがないだろう。

唯一の心配は床が抜けることである。ここが普通と違うところだ。

大石寺の地域には大雪の心配はない、せいぜい屋根にカラスが留まるくらいである。マンションなども核家族の現代では心配に及ばない、家財道具にしても高が知れている。ようは強度が基準を満たしていれば、何にも心配ないのである。

ところが顕正会の場合は、その使用条件が過酷をきわめる。ゆえに通常の基準値よりもさらにハードルをあげているものと推測されるのである。

横浜会館などは中古のビルを買い取ったものである。おそらく外部の人間には知られていないことだろうが、この会館は途中で耐震補強工事を施している。それでブザマにも、部屋の中に柱が建っている。
外から見て、そんなベラボウに大きなビルではない、それが横浜会館であるが、それでもわざわざ補強のために柱を追加したのだ。ようは三階の床が抜けないようにしているのである。

そんなわけで、わたくしは札幌にも新富士にも行ったことはないけれども、心配することはないだろうと思っている。おそらく床が抜ける心配が生じるようになる頃には、自ずと新会館を建てる状況になっていることだろう。

2007/1/30

青年会館閉鎖の影響  
青年会館 二月以降使用中止
  耐震強度診断により決断

 一月度総幹部会において浅井先生が発表されたごとく、青年会館が耐震強度不足のため、一月いっぱいで閉鎖されることになりました。
 これに伴って同会館内の芙蓉茶寮も閉鎖されますが、急きょ臨時(設備は本格的)の厨房・食堂が従来の駐輪場(地図参照)に建設されることになり、三月中旬にオープンいたします。
 なお駐輪場は二月一日以降、第二青年会館建設予定地(地図参照)に当面変更されます。
 また新青年会館が建設されるまでの間、本部会館における一部集会は、次のごとく参加制限が設けられます。
 二月より、日曜勤行の第一回は子供連れの方々は参加できなくなりましたので、第二回または第三回に参加して下さい。
 婦人部班長会においては、二月度より子供連れでの参加はご遠慮下さい。
 本部会館と青年会館の連絡通路も二月から閉鎖となります。


顕正新聞第1057号の一面右下に上掲の記事がある。それから文中に地図参照とあるごとく、新聞には地図が載っている。しかしながら当ブログでは割愛させていただく。

ともかく、ひじょうに不便になることが、よくわかる文章である。

突貫工事で臨時の茶寮をこさえる、これは臨機応変の適切なる処置だと思う。しかし、駐輪場が当面変更される・・・この当面が気になった。ようするに第二青年会館改め新青年会館の建設が始まってしまうと、またどこかに変更しなければならなくなる。右往左往とはこのことだろうか?
それから集会の参加制限というのも、やむなき処置ではあるのだろうが、子連れの参加者は子供を預けることができないから連れてくる場合が多いと思われるので、今回のことで集会への参加を断念しないといけないことにもなりかねない。

顕正新聞では先号まで、「子連れのお母さんへ」という連載をやっていた。この中に、子育て中は無理して集会に参加しなくてもよい、という意味のことが書かれていて、ひじょうに画期的な指導だと思った。ブログに書くつもりでいたのだが、ともかく書くことがいろいろあってすっかり忘れていた。
けれども今考えると、これは今回の件に連動しているようにも感じられるところである。まあ、たまたまタイミングがよかっただけかもしれないが、最終回のいちばん最後の言葉はひじょうに意味深である。

・・・この連載が生かされたら有難く思います。(終)

それから新通路・・・いやいや、連絡通路のことであるが、実は当ブログでは最初の頃に、新通路について書いたことがある。ようするに連絡通路は一昨年の七月頃につくられた、そして、それよりわずか一年半後には閉鎖されることになってしまった。何とも皮肉な運命である。
大標識は移築するにしても、通路はどうしようもない。

そんなこんなで、今回の青年会館閉鎖はそちこちに不都合が生じてしまって、どうにも釈然としないのである。

これについて、水無月氏からコメントを頂戴しているが、はっきりとした見解をお持ちではなく、やはり謎だらけ疑問だらけといったアンバイのようである。
それにしても、休業中のホテルを顕正会で購入したとか、それもまた菱屋会館の所有であるとか、よくご存知である。ちなみにわたくしはまったく知らなかった。ホテルがあるのは知っていたが、それが休業中だとはまるで知らなかった。もう何年も参詣していないので無理もないが・・・

それから富士川氏から、きわめて専門的なコメントをたまわった。
もちろん、ありがたいことであるが、いかんせん、わたくしには専門的過ぎてわからない。わたくしとしては契約破棄の場合どうなるのか、それを知りたいところであるが、おそらくそれは公正証書に書かれている文言がどのようになっているか、それがわからないと判断できないことなのだろう。

2007/1/29

青年会館閉鎖の真相はいかに・・・  
瑠璃堂氏よりトラックバックを頂戴した。
鳥インフルエンザより怖いもの・・・という意味深なタイトルをつけていらっしゃるが、いったい何が怖いのか、それについては具体的に書いていない。これは読者に考えさせる手法と思われる。高度なテクニックだ。

茶寮掲示板を読むと、今般の青年会館使用中止について、あれこれと書かれている。

どうも平均すると、浅井先生の発表を素直には受け取っていないようである。
あまりにも急過ぎる話なので、何か裏があるに違いない、というふうに疑っているわけである。しかし、具体的にどのような疑いを持っているのか、そこまで詳しく書く人はいない。ただ単に漠然と何か別の理由があるのではと疑っている人が大半と思われるが、なかには何やら真相を知っているような口ぶりの人もいる。いずれにしても思わせぶりな態度を取っているだけで、明確に発言するわけではない。

わたくしは公正証書のことが気になった。

現時点では誰も指摘していないようであるが、青年会館の賃貸契約は公正証書によるものだと、かつて先生自らが言っていたのである。
この公正証書ということ、実はわたくしはよく知らないのである。あるいは詳しい方が後からコメントを下さるかもしれないのでそれを期待したいが、ともかくこれは通常の賃貸契約よりも重い意味があるのだと思う。
おそらく先生としては、本部会館の付属施設として長く使用するつもりで、公正証書を交わしたのだろう。自宅拠点レベルでは苦情が殺到して使えなくなる・・・ようは大家さんから追い出しを食らうようなことがしばしばある。いわゆる地方事務所なども同様である。ゆえに自前の会館を建設せざるを得ないという事情もあって、顕正会では建築ラッシュというか、多造塔寺の様相を呈しているのである。
いずれにしても、本部の付属施設の意味を担う以上、途中で解約になるような事態を避けないといけない。それが公正証書による契約の意味ではなかったかと思う。

逆に言うと、顕正会側の一方的な理由で解約するとなると、これは相当額の違約金を要求されてもおかしくないのではあるまいか?
また、返還する場合には、いわゆる原状回復義務が生じるのではないのか?

つまり、中途解約はさまざまの意味で損なのである。

単に金銭的な損得ばかりが問題なのではない。すでに茶寮掲示板でも取り沙汰されていることだが、あの大標識をどうするかが大問題なのである。青年会館の敷地にあるわけだから、撤去しなきゃいけないことになるだろう。この撤去はさして難しい工事ではないが、そういう問題ではないのだ。
ようするに、あれは百万達成のモニュメントなのである、その意味からすると顕正会にとってあれを撤去することは屈辱的なことに違いないのである。

ゆえに壊すのではなく、移設するべきであろう。本部に持っていくか、それとも新青年会館に持っていくか、それはわたくしの知ったことではないが、ともかくあれを壊してしまったらいけないと思う。

公正証書の話に戻って、場合によっては先方から解約を申し入れてきた可能性もある。

すなわち本年初頭の本部捜索が理由である。
この場合、先方に違約金の義務は生じないと思われる。反社会的な団体には貸せないというのは正当な事由になり得ると思う。
しかし、そうすると先生の耐震審査というのは、真っ赤なウソになるだろうか?

逆に、改めて建物の審査をしたところ違法建築であることが発覚した・・・というのであれば、顕正会側からの中途解約はじゅうぶん認められるものと思う。

この辺もまた、詳しい方のコメントを待ちたい。

最後に平成十一年の十月度総幹部会における会長講演を、参考資料として引用しておく。

 さて、きょうは大事な発表をいたします。
 実は、顕正会の本部を、埼玉県の大宮市に移したいと思っております。

(中略)
 そしてもう一つ。この新本部会館の地続きの隣地に、「菱屋会館」という結婚式場をやっていた地下一階・地上三階建ての立派なビルがある。このオーナーから「ぜひ顕正会で借りてほしい」との話がありました。このビルは新本部会館の機能を補う付属的建物として適当なので、借りることにいたしました。借りる期間は二十年。公正証書による契約をすでに交わしております。
 建築面積は七百七十坪、耐震強度も十分ある立派なビルです。

(中略)
 この会館は新本部会館に付属する会館として、名称は「顕正会青年会館」としたい。

顕正新聞の第814号である。

2007/1/28

新型インフルエンザに備えて  
食糧と日用品の備蓄をしよう

鳥インフルエンザの拡大が止まらない。人から人へ感染する「新型インフルエンザ」が発生すれば、日本国内で最悪210万人の死亡も推測されている。
先般の総幹部会で浅井先生は「顕正会員こそ用心深く、食糧等を備蓄し、強き信心でこの災難を乗り越えていこう」と述べられました。では、何を準備すべきかを、国立感染研究所で新型インフルエンザの研究をしている岡田晴恵氏の近著「パンデミック・フルー」から挙げてみます。


顕正新聞第1056号からの引用である。

水無月氏は、

地震についてはあまり触れなくなったものの、鳥インフルエンザについて12月総幹で懇切に説明してました

と書いておられるが、懇切に説明・・・というのはやや遠慮気味の表現だかもしれないと思った。
浅井先生の講演は、まるで恐怖心をあおるかのように、これでもかこれでもかと、最悪の事例ばかりをあげつらう、そういう傾向がある。あたかも人々の不安心理を巧みに利用しているかのようである。これはいまや多くの批判者たちの指摘するところでもある。
ゆえに、懇切に説明していたというよりは、執拗に、もっと直截に表現すれば、シツコイくらいに、とするべきだろう。誰が聞いてもそのように感じられる講演だったと思う。

さらに編集部に命じて、上掲のような記事を書かせているわけだが、しかし、これはずいぶんとお粗末な記事だと思った。

●食糧(長期間保存できるもの)の例
●日用品・医療品の例


この二項目にわたって、いろいろな品目が列記されている。一々あげるのが馬鹿らしいような内容である。いちばん最後には何が書かれているか・・・

多少の現金

日用品・医療品の例のいちばん最後に、多少の現金と書かれているのだ。
なんじゃ、そりゃ、ってなもんである。別にこれは言われなくたって、誰もが持っているのではないだろうか?
いまや電子マネーの時代になりつつあるというが、わたくしの知る範囲では現金を一銭も持たない人はおらない。それこそ無一文というものである。いったい何を考えているのかと思う。

ちなみに今回の記事は岡田氏の著書を参考にしているわけであるが、何もわたくしは氏に文句をいっているのではない。ようするに引用の仕方が悪いのである。切り文みたいなものだ。
これでは作者だってガッカリするのではないか・・・いや、本の宣伝をしてくれているだけでも嬉しいかもしれない、しかし、どうだろう、やっぱり不本意ではないか?
これはかつて某地震研究所が研究の成果を顕正会に利用されて、迷惑がっていたことに似ているかもしれない。

水無月氏のいわく、地震についてはあまり触れなくなった、と。

新型インフルエンザに備えて食糧と日用品の備蓄をしよう・・・というのが今回の記事であるが、そもそも顕正会では大地震に備えて備蓄を行なっていたのではなかったか?

大地震によって、鉄道・道路などの交通網がズタズタに分断されてしまい、流通ができなくなる。スーパーやコンビニに行っても何も置いていない。当然、何も買えない。云々かんぬん。
それで各会館にも食糧の備蓄があるというし、会員にも相応の備えをするべきことを指導していたはずである。

ゆえにお粗末なのだ。

先の食糧の例ないし日用品・医療品の例などは、その大半が大地震の備えと重複するのである。いや、それ以前に、非常時の備えとしてではなく、文字どおり日用品として当たり前のように常備してあるものがけっこう含まれている。

何を今さら・・・と思う。

でも、今日はちょっとケチをつけ過ぎたかな?

2007/1/27

絶好のシチュエーション  
一昨日、わたくしは水無月氏のことを、タダモノではない、と書いた。それはさすがに大げさだったかもしれないが、氏の昨日のコメントを拝見すると、やはり端倪すべからざる人物と申し上げる以外にないと思う。氏は長いこと顕正会をウォッチングしているのである。

わたくしの思うに、「外側から見た顕正会」という視点は貴重である。しかも、それが長期になればなるほど価値が高くなる、そういうものだと思う。

わかり切ったことだが、内側から見るのと外側から見るのとでは、見え方が異なるものである。ましてや顕正会の内部に長いこといれば、感覚的に麻痺してきて見えなくなってしまっているものがたくさんある。すでにわたくしは顕正会の内部にいるとは言い難いけれども、しかし、それでもまだ感覚的には顕正会から抜け切れていないところがある、ゆえに盲点がたくさんあると思われる。
だからこそ、わたくしは外側から顕正会を見つめてきた人の存在を、貴重に思うのだ。現役顕正会員にとってもけっして邪魔な存在ではないのである。顕正会の首脳はこれに気がつかないといけないだろう。いっそのこと、アドバイザーとして招聘したらどうか・・・

ふざけたことを書いているようだが、そうではない。
企業などでは外部の意見を吸い上げる仕組みを持っている。政府もそうである。いわゆる有識者会議などがそれであろう。
理想は、御隠尊と御当代、それから正信会の代表とか創価学会の名誉会長・会長などにも来てもらって、顕正会のためにいろいろ意見を述べてもらう、これが実現すればいいのだが、まあ、無理だろう。

ようするに見えていないことがたくさんあることに気がつかないといけない、そして自分では見えなくても見える人がいれば教えてもらう、その謙虚さが大事なのである。


さて、このところ茶寮掲示板がひじょうに盛り上がっている。あまりにも投稿が多いものだから読むのに苦労して、ややもすれば頭が混乱してくるくらいである。
先般の逮捕ならびに本部捜索から投稿者が激増してきたように思うが、さらに今回の総幹部会での浅井先生講演を受けて、思いのたけを書きつづる人が続々と登場している。
確かに青年会館閉鎖などは、ひじょうに衝撃度の高い発表であり、その唐突さからしても不自然さが拭えず、いろいろと取り沙汰されている。
わたくしも思うところを書いてみたいのだが、もう少し時間を経てから書くつもりである。ちょっとわからないことが多過ぎて整理がつかないのである。


他の人がやらないことをやる、それがわたくしのモットーである。よって今日は、顕正新聞第1056号から、普通の人が読み飛ばしてしまうような些細なことを取りあげる。

いま感ずることは、浅井先生の戦いがついに一国をゆさぶる国家次元の戦いになってきたということ・・・国家的発言・・・ここ一年における先生のご発言の多くは、いずれも国家の根幹に関わる重大事

宗門諫暁の決着より先生の戦いは、国家次元へと大きくスケールを変え・・・

先生のご発言は、その一つひとつがあまりにも重く、先生の戦いがいよいよ国家的段階に至っていることを強く感じ・・・

上から順番に、壮年部副部長・総合婦人部長・第三婦人部長の発言である。

これらは昨年末に行なわれた各部の班長会での発言であるが、国家次元ないし国家的云々という表現がわたくしの眼を惹いた。

警察では事前リークということをする。ようは事前にマスコミに知らせて逮捕の瞬間だとか、捜索の模様を報道させるわけである。馬鹿なことを言うようであるが、もしかしたら警察は顕正会にも事前にリークしたのではないか? ようは逮捕予告ないし本部捜索予告である。

すでに班長会の段階で、本部の首脳は知っていた。

この文脈で読むと、上掲の文章はひじょうにわかり易いのである。ようするに、先生の戦いは国家レベルの戦いに突入した、ゆえに国家レベルの弾圧が起きて来たと・・・

考え過ぎかもしれない。

しかし、ひじょうに都合がいいというか、タイミング的にはうまいのである。国家的な戦いゆえに、いよいよ国家的な弾圧が始まったのだと。これは顕正会にとって、ひじょうに好都合のシチュエーションなのだ。

おそらくは現時点で、全国の各会館・拠点などで幹部が、そのような意味の指導をしているのではないかと思うのだが、さて、実際はどうであろうか?

2007/1/26

浅井式終末時計  
一週間ほど前に、世界終末時計なるものがニュースを賑わしていた。

人類の滅亡まで、あと五分になったという。

わたくしは世間知らずのものだから、今までこの時計のことを知らなかった。ゆえに一瞬あわてふためいて、あとゴフンかよ、これは大変だ、浅井先生の言ってたとおり、今年は人類滅亡の年だったのだ・・・などと思った。
しかし、五分などあっという間のことである、五分経とうが十分経とうが何の変化もない、すでに一週間が経過したけど大丈夫だ、あれはガセネタだったのだ。

いや、途中からは冗談である。すぐに終末時計の意味は理解した。ようするに、通常の時間の概念ではなく、切迫感をあらわすための譬喩のようなものなのだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Doomsday_Clock

この説明によれば、いちばん最初の設定があと七分、すなわち七分後には終末を迎えるとされていたのだが、米ソの水爆実験が行われた年には、あと二分になってしまった。それが米ソの国交回復だとか禁止条約の締結を見て、再び七分になり、さらに十二分になり、それがまた、米ソ間で軍拡競争が激化して、あと三分にまで縮まったかと思うと、ソ連崩壊の年には十七分になっている。いったいどうなってんだ、これは・・・

通常の概念では、時間は逆行しない。しかし、これは人類滅亡の危機をあらわすための譬喩であるから、許されるのだろう。実際に一般紙で広く報道されているわけだから、この終末時計は世間一般に受け入れられている、コンセンサスが取れているのである。

それにしてもこれって、アレに似ていないだろうか?

まさしくアレである。そう、浅井先生のあと何年というヤツだ。

世界終末時計は世間的に是認されている、だったら先生の終末論も許されるのでは・・・というのが今日の話のオチである。
普通なら、あと十有余年としていたものが突如として五十年の前半(=あと二十五年?)となれば、おかしいではないかと文句をつけなきゃいけない。しかし、終末時計と同じ原理であると説明されたら、文句はいえないのではないか?
おそらく二十五年後も、あと何年と言っていることだろう、これも終末時計の原理に基づけば許されることになる・・・

いや、しかし、それとこれとは違うだろうな、何しろ会員は本気であと十有余年と信じて熱心に活動してきたわけだから、それが延びたとなれば、ガッカリせざるを得ないだろう。

先生は、歴史は逆行しない、歯車は確実に回っている、という意味のことを言っちゃってるから、やはりダメだろうな・・・
よって先生の発言は無責任きわまるというのが結論である。


そういうわけで第二新潟創価氏の、十年後に法華講は壊滅状態になる、というのも疑問であろう。さすがに大地を的とするのはどうかと思う。顕正会の病気(?)に感染してしまったのではと心配申し上げる。


それから富士川氏のおっしゃる会員の実数は、わたくしもつい先日、同様の数値をはじき出しているので、そのとおりだと思う。ただ、それが局地的に集中していて、新潟などは創価学会にとって看過できない勢いを有している、ゆえに脱顕なる運動を展開しているのだろうと思われる。全国的に見れば、地域によっては顕正会員など一度も見たことがない、というような創価学会員も少なくないわけで、当然そこでは脱顕運動を必要としない。まあ、そういうようなことだと思う。


如月氏は初登場のごとくであるが、おっしゃるとおり現在の顕正会員は御書について語るべきナニモノもない。何しろ御書を持っていない人が多いのだから、お話にならないのである。
わたくし自身、大したことないレベルである。本格的に御書を学ぶようになって五年足らずであるから、わからないことのほうが多いくらいである。
いちおう、研鑽の成果らしきものが過去の投稿になくもない。それは左側の検索窓を使って、各々がお調べになるしかない。当ブログはカテゴリ分類をしていないので・・・


その他、種々コメントを頂戴しておりますが、ちょっと対応し切れない意味もありますし、れん氏のアドバイスにしたがって独白スタイルを堅持したいとも思いますので、これにて失礼します。

2007/1/25

脱顕サンバ?  
まず、脱顕運動であるが、新潟においては昨年、一千を達成したという。わたくしはてっきり昨年までの累計なのかと思ったのだが、なんと昨年だけの数字だそうである。これはすごい。

第二新潟創価氏は特殊な任務に就いているらしい。
わたくしの思うに、水無月氏もまた、タダモノではない。

顕正新聞の「正義にめざめて」はほとんどが学会より移籍した人(まれに法華講や他宗もあるが)

カッコ内の、まれに法華講や他宗・・・この他宗というのがなかなかすごいことで、現役顕正会員でも不勉強の人は、あれっ?と思うに違いないのである。
ようするに、正義にめざめてというのは御遺命の正義にという意味であって、おもに日蓮正宗系の他団体から顕正会へ入会してくる人の体験発表なのである。だから他宗は該当しない。
ところが過去には他宗から顕正会に入ってきた人が、正義にめざめてと題する発表をしているのである。これは顕正新聞のどこかに載っているはずである。面倒臭いので調べていないが・・・
水無月氏はこのことをご存知なのだから相当のものだと思う。

しかし、水無月氏と第二新潟創価氏は仲が悪い。
落ちぶれ顕正会員のブログのコメント欄で、いったい何をやっておるものか、創価学会員が同士討ちしてどうするのかと思うが、よく読めばこの二人からは共通項を抽出することができる。

ある意味、顕正会員が学会に入会するとは、あれだけの強烈なMCを受けていれば考えにくい

学会には、入会させませんよ。只、辞めさせるだけです。

上が水無月氏で、下が第二新潟創価氏だが、視点が異なるだけで、言っている意味はほぼ同じだと思う。

当ブログは顕正会員に人気がない。そりゃそうだろう、という声が聞こえてきそうであるが、しかし、おそらくは顕正会側の閲覧者も多数いるに違いない。
今回の一件から、脱顕運動をしているグループの存在が明らかになってきた。顕正会内部でよく言っている、創価学会は組織防衛に躍起になっている、というその事実の一端が見えてきた。その意味では当ブログも多少の貢献をしたことになるだろう。

しかし、創価学会では顕正会員をやめさせるのがやっとの状況で、創価学会に入会させることは考えていない、いわゆるマインドコントロールが強くて無理であると・・・

このことは、いろいろの問題をはらんでいる。
顕正会側の問題としてはすでに多くの人の指摘するとおり、ようはいい加減な折伏をしているのである、だから定着しないわけである。創価学会ならずとも、他に組織的に脱顕運動をする存在があれば、おそらくはそれでもかなりの成果が見込まれるであろう。

わたくしは創価学会側の問題として、ではなぜに顕正会から法華講に行く人がたくさんいるのか、それを真剣に考えないといけないと思う。

失礼ながら、この答えが見出せなければ、脱顕運動などは徒労であろう。
顕正会をやめさせることには、あたかも暴走族をやめさせるような社会浄化の意味がある。創価学会ないしその会員は社会的な貢献をしていることになるし、第一にそういう理念を持っているのだろう。このこと自体は立派だと思う。
だが、顕正会員が法華講員になることは、あたかも暴走族が暴力団になるようなものである。それを阻止できなければ意味がない。ゆえに脱顕運動は徒労だと書いたのである。

わたくしの見るところ、どうもこの辺が創価学会の弱点のような気がする。
もちろん脱顕運動以上に脱講運動に力を入れているのだろうが、暴走族からの人材供給を見落としているというか、案外に盲点になっていることなのだろう、このルートを断たない限り、暴力団の根絶は不可能に違いない。

なお、今日の話を法華講員が読めば、怪しからんと思うかもしれないが、あくまで譬喩として申し上げるものであって他意はまったくない、少なくともわたくしが顕正会よりも法華講を上位に置いていることは認識していただけるものと思う。

顕正会員にはもともと嫌われているので特に弁明しない。

2007/1/24

ざっくばらんに  
厳虎さん 実は、全部ぜーんぶあなたの自作自演ってことはないですよね。

今日はざっくばらんに書く。おそらく大した内容にはならないので、忙しい方は読まないほうがいいだろう、それをあらかじめお断りしておきたい。

上掲のコメントは、うれしい誤解である。
パソコンでご覧の方は左側にある過去ログを確認されるとよい。最初の頃はほとんどコメントがついていない。下野正信という人がいろいろ書いているが、その日付を見ればわかるとおり、ずっと後になってからコメントを入れてくださったのである。ゆえに最初の頃は正真正銘の独白だった。さらに申せば、アクセスが一日当たり平均一人だった・・・ようするに自分がカウントされるだけだったのである。
それが三ヶ月くらい続いただろうか、それから徐々にカウントが上がっていき、コメントがたくさん寄せられるようになったのは翌年からだったと思う。
いずれにしてもコメント欄の登場人物は、今となってはちょっと数えるのが面倒なほどである。もしそれを、わたくし独りだけで自作自演しているとしたら、それはものすごい才能であろう。そこまで人間を書き分けられるとすれば、もうそれだけでメシを食っていけるのではないかと思う。
残念ながら、わたくしにそこまでの才能はない。


ズラ系氏いわく、責任を取れていない云々と。

わたくしはまったく気にしていないので、何か気のついたことがあれば、気兼ねなくコメントされればいいと思う。ただ、氏がよく承知しているように、わたくし自身は大したことないけれども、どういうわけか凄腕の方々が睨みを利かせているので、ヘタなことは書けない、そういうブログなのである。
わたくし自身もいつツッコミが来るかとヒヤヒヤしながら書いている。ある意味、その緊張感が大事なのだろう。


小野氏にはよきアドバイスをたまわった。
わたくしは案外に気の小さい人間なので、コメントを無視するのは難しいことだと思っている。タイトルに独白を掲げているのはそのためでもあるのだ。
それでいて、ネタに困った時にはコメントを題材に文章を書いているのだから、ワガママもいいところである。今日も何を書こうかと思っていたが、コメントの中に質問のようなものがあったので、それを都合よく利用しているわけである。
そんなわけで小野氏の、テキスト勝負あるのみ、というほどには、わたくしは腹が据わっていないのである。


富士宮ボーイのほうで、マグマグ氏が謝罪文のようなものをお書きになっておられるが、わたくしとしてはまったく気にしていないので、別にそこまで気を使われなくてもけっこうである。ヘンな話、宣伝してくれてありがとう、と申し上げてもいいくらいに思っている。
今回のことは、マグマグ氏の文章力と富士宮ボーイ掲示板の影響力を示して余りある出来事だと、つくづく思ったものである。
個人サイトを開いている人にはそれぞれの思惑があるのだろうが、平均すればそこには自己顕示欲があると思う。ゆえにどうやったらアクセス数が伸びるか、それが多くの人の関心事でもある。わたくしもその例外ではないのだ。
欲を言えば顕正会員に人気のあるサイトになりたいのである。しかし、どうもうまくいかないもので、当ブログはわりと法華講員に人気がある、そして最近はニワカに創価学会員にも人気が出てきた・・・いや、本当はどうだか知らないが、ともかくマグマグ氏の好意的な文章が一役買っていることは間違いないだろう。わたくしとしては、うれしい出来事である。


厳虎氏も脱会してスッキリしてから顕正会ウオッチャーとして活躍したほうがいいんじゃないですか。

特に自分から積極的に脱会するつもりはない。
脱会するということは、他のどこかに移籍する場合と、無所属になる場合、あるいは無宗教になるという選択肢もあるが、わたくし自身は信仰を捨てるつもりはないので、どこかに移籍するか無所属かの選択肢となる。すると今現在、すでに無所属に近い状態なので、もし脱会という意思表示が必要になるとしたら、それは移籍の場合だろう。
さて、どうしたものだろうか?

創価学会には脱講運動とともに脱顕運動があるそうだ。新潟では昨年一千を達成したと。

これが一年間の成果なのか、昨年までの累計なのか、判然としない。もし一年間の成果だとしたらスゴイと思った。おそらくは累計なのだろう。
逆に新潟で創価学会から顕正会に入会したものが何人いるか、それを顕正会で公表したら面白いと思った。
いずれにしても、新潟顕正会は活発なので、創価学会との攻防も激しいに違いない。


どうしたら、勝てますか?

う〜ん、これは難問である。

2007/1/23

フェイクつながり  
今朝も早くからコメントがあった。もはや訳のわからない状態である。
水無月氏には、ありがとうございます、などとお礼を言われて、なんだか不思議なことになってきたが、今度は神無月氏が登場し、ヅラ系氏と水無月氏はフェイクであるという。わたくしはその言葉の意味をよく知らなかったが、調べてみるとニセモノくらいの意味があるらしい。
しかし、ヅラ系氏のこれまでのコメントをすべて読めば、どうしたって創価学会員であるとしか思えないはずである。
また水無月氏は富士宮ボーイなどにも投稿されているので、それを読めば疑いは一気に晴れることだろう。第一に、わたくしが顕正会批判の材料となることを書いて、それに礼を述べておられるくらいである、いったい何の意味があって創価学会員になりすます必然性があるのだろうか?

いずれにしても、わたくしの思うに創価学会は多士済々である、ようするに層が厚いのである。

話は前後するが、第二新潟創価氏いわく、フェイクよく手に入りましたね、と。

いやいや、原本は一度も見たことがなくて、わたくしの引用はすべてウェブ版のフェイクからである。ただし次のサイトには原本と思しき画像が掲載されている。いったい何部発行されているのか知らないが、ちゃんと紙に印刷されたものが存在するらしいのである。

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/bbs

フェイク 第799号 投稿者:チェオクの剣 投稿日: 1月11日(木)21時57分16秒
(発行=07.01.12)
神奈川県警が顕正会本部を家宅捜索


記事の内容はすでに出回っているので省略するが、わざわざ上記を貼りつけたのは気になることがあるからだ。
もう一つ、宿坊の掲示板からも引用してみよう。

フェイク 第799号 投稿者:宿坊 投稿日:01/11(木) 21:52 PC No.855

(発行=07.01.12)
神奈川県警が顕正会本部を家宅捜索


http://bbs1.on.kidd.jp/?0109/963852741

ようするに発行日は十二日なのである、どうしてその前日に掲示板への投稿が可能なのであろうか?
こういうことは、さしてめずらしいことではないのかもしれないが、これまでにも宿坊氏の正体についてはさまざまの憶測がとびかってきたので、ここら辺に何かヒントがあるのかもしれないと思った。チェオクの剣なる人物についてはまったくの不明である。

記念すべきフェイク第800号は、またしても顕正会ネタだった。

顕正会の話題を続けざまに取り上げるのはめずらしいことである。ここでは、いきなり平成十一年の事件を蒸し返している。これには驚いた。今さら何を言うかと・・・

昔の話でお茶を濁しているようでは、自らネタ切れを証明しているようなものではないか?

けれども、それはわたくしの短慮であった。詳しくは各自でお読みになられるといいだろう。
ようは昔から神奈川県警と顕正会には因縁がある、ゆえに今回の本部捜索は県警にしても生半可な覚悟で行なったものではなく、相当の決意を固めた上で踏み切ったのである。ぶっちゃけ言えば、警察をナメんなよ、ということなのだ。
こうした過去からの因縁がある以上、ことは簡単に収まらない、顕正会さん、ヘタは打てませんよ、どうするんですか・・・というようなプレッシャーを掛けている、もちろんフェイクがである。

いうことで、今度の総幹部会の会長講演が注目されるところで、おそらくはフェイクでも注目しているだろうし、後日また記事を書くものと思われる。

そういえば総幹部会は今晩ではなかったか?

2007/1/22

再び小学生レベルの計算を試みる  
さまざまの方面からコメントが入ってきて収拾がつかなくなっている。というか、わたくしの場合はもともとコメント欄には介入しないことにしているので、別に収拾がつこうがつくまいが関係ないのである。こんなブログもめずらしいことだろう、しかし世の中は広いから、あるいは他にも似たようなブログがあるかもしれない。

介入しないといっても、皆さんのコメントはすべて、ありがたく拝見させていただいている。

一般の方からのコメントがあった。いわく、創価学会批判が多いと。
わたくしはそれほどでもないと思うのだが、しかし、人それぞれの感じ方があるのだろう、世の中にはそのように感じる人がいてもおかしくはない。
また、いわく、絶対に顕正会には入会しない近寄らない、と。
これは顕正会サイドとしては、ひじょうに困ったことである。そもそも一般人がなぜ、このブログにたどり着いたか、それは先日の逮捕事件の報道がきっかけであるという。確かに最近になって初登場の方が増えた気がする。なるほど、ニュースの影響が大きいのだろう、でなければ一般人がこのようなブログを閲覧するはずがないし、ましてやコメントを残すわけがないのである。
わたくしの文章を読んで、顕正会には絶対に入会しないとの思いを強くしたということは、当ブログは顕正会にとってマイナス作用をもたらしていることになる。これは困ったことである。顕正会としては読ませたくないサイトのひとつとなるだろうか?

結論としては逮捕されないことである。
顕正会の話題が盛り上がれば、それに比例して当ブログの閲覧数も上がるのだ。そしてわたくしの文章を読むと、ますます顕正会にゲンメツしてしまうらしいのである。
だったら事件を起こさないように、マスコミにつつかれないように、静かにしていないとダメではないか!


第二新潟創価氏は紳士的な方だと思った。そしてやや良心的というか、控えめな見解を示されている。いわく、顕正会は百万といっても実際はその十分の一であると。

一年近く前に、小学生レベルの知能で顕正会の実数を計算すると・・・などというものを書いた。この時の計算では七万人という数字が出た。ゆえに氏の示された数字は、わたくしよりも良心的なのである。

わたくしの場合は相変わらず小学生レベルであるが、今回は別の計算を試みたので、それをこれから披露したいと思う。

顕正会員の実数は、四万一千人から五万八千人くらいであろう。

まず顕正新聞の第1056号に大分会館の写真が出ていて、そこには大型バスが写っている。元旦勤行に九州全県から参集しただろうことが想像される。その人数が千二百五十人である。
第1055号には全国会員の列島分布図が載っている。九州全県の顕正会員数は三万五千八百二人。
この二つの情報から九州における実働会員の比率がわかる。これがおよそ三分五厘。

全国の実働会員の比率を九州と同じであると仮定すれば、名目上の全国会員総数は百十八万三千九百四十二人であるから、その三分五厘が実働会員となる。

それがおよそ四万一千の根拠である。

しかし、これだけだと真面目な顕正会員からツッコミが入るだろうから、甘めの補正値を出す必要がある。
というのは、九州における元旦勤行の会場は大分会館だけではなく、顕正新聞第1054号にその会場が掲載されていて、大分会館以外に五会場ほどある。しかし、いずれも自宅拠点レベルのようである。はたして、そこに何人が集まったか、思いっきり甘くして百人ずつとしよう、すると最初の計算に五百人分を加味する必要が出てくる。

この場合の実働会員比率は、およそ四分九厘となる。

そしてここから全国実働会員数を割り出すと、およそ五万八千になるのだ。

結論として、顕正会の実働会員は四万人、甘く見積もっても六万人弱となろうか?

しかし、何しろ小学生レベルの知能であるから、もしかしたら計算ミスがあるかもしれないし、あるいは計算方法そのものが間違っているかもしれない。その時はご容赦を。


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