2007/7/18

ネタの少ない回転寿司ほどツマラナイものはない?  
http://diary.jp.aol.com/ganko/806.html#comment

れん氏にしてはめずらしく、ずいぶんとアバウトなコメントである。わたくしとしては、然らば浄土観は如何? ということをご教示願いたかったのである。

事情のまったくわからない人のために、過去の拙稿を紹介しておこう。

http://diary.jp.aol.com/ganko/524.html

昨年十月十日からの数日分を順番に読んでいただければと思う。どうやらプロバイダのほうで機能を拡張したらしいので、それほど面倒な作業ではないだろう。上部の右側をクリックしていけば、順番に閲覧できるはずだ。
ようするに、地獄観にしても二通りの説明があるわけで、己心に地獄を説くというのが一つ、それから地の下にあるというのが一つである。では、浄土観はどうなのか、というのがけっこう難問であって、魯ひと氏によればいまだに明快な会通を見ない、ということらしいのである。
ことに大聖人は御晩年になればなるほど、霊山浄土への言及を多くあそばしておられるわけで、なるほど念仏宗のほうから、だったら同じではないか? というツッコミがあっても不思議ではない。
ただし、れん氏も書いておられるように、十字御書は最晩年ともいうべき時期の御執筆であられるから、これはこれでひじょうに重要な意味が存することではある。
問題はそれと「霊山往詣思想」との整合性をどのように考えるかであるが、わたくしには今のところ名案はない。為人悉檀で片付けられれば簡単でいいのだが・・・

そういうわけで、れん氏には引き続きご教示をお願いしたいと思う。


山門氏からはひじょうに興味深いサイトをご紹介いただいた。

わたくしは思った。もし寿司の起源が大聖人以後だったとしたら・・・つまり、大聖人の時代にはまだ寿司は存在しなかったとしたら、どうなるのかと。

おそらく御書の真偽を研究している人は、こういった些細な手掛かりも見逃さないに違いない。ゆえに、もし大聖人の時代に寿司が存在しなかったことが確実ならば、秋元御書は偽書である、ということの理由の一つにあげられることになるのだろう。
だが、寿司の起源はもっと古いということなので、一安心である。

そういえば、このところ波木井殿御書の真偽が話題になっている。どうやら沖浦氏がその火付け役のようであるが、わたくしの知る範囲では富士宮ボーイの諸賢がこれに関していろいろと論じておられるようである。
それでわたくしも読んでみたくなった。ところがネット上にはそのテキストデータが見当たらない。そこで面倒ながらも国会図書館で出している「日蓮上人御遺文」の画像を閲覧してみた。
前半部分は種々御振舞御書や撰時抄などの抄録のような体裁であり、ある意味ではこれが偽書の理由かとも思った。ようするに見本を見ながら書いたような印象が拭えないのである。もし大聖人ならばもっとアバウト(?)にあそばすに違いない、というのがわたくしの実感である。

しかし、後半部分にスゴイ記述を発見した。以下、書き写してみよう。

その後、身延山に分け入って山中に居し、法華経を昼夜に読誦し奉り候へば、三世の諸仏・十方の諸仏菩薩もこの砌におはすらん。釈迦仏は霊山に居して八箇年、法華経を説き給ふ。日蓮は身延山に居して九箇年の読誦なり。伝教大師は比叡山に居し、三十余年の法華経の行者なり。然りと雖も彼の山は濁れる山なり。我がこの山は天竺の霊山にも勝れ、日域の比叡山にも勝れたり。

原文はもっと漢字がたくさん使われているけど、適宜改めさせてもらった。なお、「おはすらん」の「お」が判読不能だった。多分は「お」ないし「を」だと思うが、間違っているかもしれない。

それはさておき、この文章はほとんど日蓮本仏論だと思う。何しろ、天竺の霊山にも勝れるのだから、たいへんなことである。


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